16話 航海の始まり
その後、出航の日までは何事もなく過ぎる。
一行はひたすら準備にあけくれた。
サロルンは街に出かけるのをやめ、商館の内部でちょっとした手伝いをやっている。
相変わらず巡査からの情報はないが、まあそんなもんだろう。
そして何事もないまま出航の日を迎えた。
早朝。いつもは静かなはずの天龍丸の周りが騒がしくなる。
荷物を運び込んだ後、人足の一人が言った。
「社長。荷物はすべて運び込みやしたぜ。気を付けて行ってらっしゃい」
「ご苦労様。君たちも体に気を付けるんだよ」
例の盗賊団だった者たちにそう言うと、坂本は颯爽と船に乗り込んだ。
そのまま天竜丸の操縦室に行くと、サロルンと猫塚が待っていた。
二人が確かに乗り込んでいるのを確認し、坂本が船長として初めての号令をかける。
「さて準備はいいかな。目的地は北光社。北見に向けて出航だ!」
猫塚は合図とともに装置を動かして、錨を上げる。
坂本は声を張り上げた!
「面舵一杯! ヨーソロー!」
北海道を半周する長い航海の始まりだ。
***
まず向かったのは東。根室方面だ。
予定としてはこのまま東にある根室に向かい、目当てであるラッコの毛皮やエトピリカなどの珍しい鳥の毛皮等を取引した後、そのまま北に向かう。
そして北海道の北東にある網走港に船を停泊させ、そこから陸路で目的地である北見という町に向かう手筈となっている。
北見にあるのは目的地である例の北光社だ。
さて、釧路の港から出てうまく風を捕まえると小休止ができる。
坂本を一人船長室に残し、猫塚は甲板に出た。
力仕事をした後だからか、潮風が心地いい。
そして甲板には先客がいた。
一人海を見つめるサロルンが。
明らかに気落ちしている彼女に猫塚は何と言ったらいいかわからないながら、放っておけずに声をかける。
「おい」
「なんだ?」
「海に落っこちるなよ?」
「分かってる」
この男。不器用である。
さて、本筋にもどろう。サロルンの父親は未だ見つからない。
結局出航する朝になっても何の手がかりも無かった。
猫塚は職業柄、最悪の事態を覚悟していたが、坂本は異なる見解を持っていた。
「多分他のコタンに向かったんじゃないかと思うんだ」
猫塚は今朝がた坂本に言われた言葉を思い出す。
それもありアイヌが多く住むという根室に寄るのだろう。
まあ未だ結論が出ていない以上。生きている前提で動くのがいいだろう。
死体が上がってきたらその時考えればいい。
猫塚は坂本の元に戻る前にサロルンに言った。
「お前に一つだけ言っておく」
彼女の顔はとても嫌そうだったが、まあ仕方ない。
憎まれるのは慣れている。
「俺らはお前の親父の顔を知らん」
「だから何だ?」
「お前に死なれたらお前の親父の身元確認も出来なくなるってこった。そもそもお前自身もどこの誰かも分かってねぇ」
「それは」
釈明しようとするサロルンに、珍しくも言葉をさえぎってまで猫塚が言った。
「ややこしいことに巻き込まれるのはこれ以上は御免被るってこった。早まったことだけは考えるなよ。お前一人で背負うよりは坂本に任せた方が悪くねぇと思うぜ」
最後に早口で言うと、猫塚は船長室に向かう階段を足早に降りていく、その背を見送ったサロルンは言った。
「ありがとう」




