14話 罪の根源
猫塚が去った後、残された坂本とサロルン。
二人は気まずい中、無言でもくもくと小屋の中を片づけ、何とか寝られるスペースを確保した。
そして三人分の布団を敷いた後。各々の分に包まって横になっている。
疲れてはいるものの、さっきの出来事もあり、眠ることは出来なかった。
ついに焦れて口火を切ったのはサロルンだった。
彼女は言う。
「知っていたのならなぜ言わなかったんだ」
責めているかのような口調に坂本は溜息をつく。
「聞かれなかったから。まあ、君にそう言ったらきっと不満だろうけど」
坂本の予感は的中し、サロルンは激昂する。
「当然だ! そんなのは理由になってない! なぜ言わなかったのか答えてくれ」
サロルンの言葉に続いたのは、しばしの沈黙だった。
沈黙は金とでも言いたげに、坂本は答えない。
だが、これは沈黙を決め込んでいたわけではなく、慎重に言葉を選んでいただけだった。
その証拠に、焦れたサロルンが追撃を加える前に坂本は言った。
「もし君が同じ立場なら、猫ちゃんの目のことを他人に伝えるかい?」
サロルンから見て背を向けるように寝転がっていた坂本は、首を動かし、伺うように片目だけをサロルンに向ける。他人の部分に特にイントネーションを置いて言った坂本の真意。
サロルンはそれを汲み取った。
「お前にとって私が部外者だから言えなかったのか? 私がアイヌだから」
「部外者ってのはその通りだけど、アイヌだからじゃないよ。仮に君が和人や他の人種だったとしても僕はきっと伝えない」
冷静に部外者と言われたことに傷つきつつもサロルンは聞いた。
「なぜだ」
「――君ならもう予想つくと思うけど?」
坂本はらしくもなくとげのある言い方をし、また背を向ける。
また沈黙が辺りを支配した。
肌を刺すような沈黙に耐えられなくなったのか、たまらずサロルンは外に出ようとする。
それを背を向けたままの坂本が止めた。
「猫ちゃんの仕事を邪魔するようなことはやめてくれないか」
それでも渋るサロルンに坂本は一応の答えを与え、この話を終わらせることにした。
布団から起き上がると、彼女に向き直る。いつものような人好きのする笑顔をあえて作って、彼は言う。
「人間というのはね」
「本質的には、相手と同じであることに好感を持ち、相手との違いを嫌悪するものだ。これは和人でもアイヌでも、他の人間でも、例えば身分の違いだって同じことだ」
「だけど、猫ちゃんの違いは人種ではくくれない。他の誰よりも彼の違いは大きい。それを白日の元にさらすのは、太陽の下に闇でしか生きられない魔物を引きずり出すようなものだ」
「多数派による正義が、常識が、猫塚くんの。彼の存在すべてを焼き尽くそうとするのは想像に難くない。それこそ火を見るより明らかだ。彼が闇の生き物だったとしても、彼の体を焼き尽くす権利など誰にもないはずだ」
坂本の迫力に怯むサロルンに、彼はダメ押しの言葉を告げた。
「君もアイヌなら分かるんじゃないのかい? 君の存在価値さえ燃やし尽くすような理不尽な悪意。君がほんの少しだけ違うというだけで、無限の敵意を向けてくる人間がいることを、さ」
坂本はとある言葉をあえて避けて説明した。
あえてその言葉を口にしなかったのは理由がある。
たった漢字二文字に押し込められるものではないから。しなかったのだ。
例えばかつて土佐にあった上士と下士。弥太郎の先祖である坂本龍馬たち志士が抗った悪しき連鎖。
例えば今まさにサロルンを含むアイヌたちが受けている絶え間ない責め苦。
歴史上何度も繰り返された悲劇を生み出す種。
悪辣で卑劣な人間の悪意から、坂本は大切な友人を守ろうとした結果。沈黙を選んだのだった。
坂本は、いつもの様子に戻って言った。
「まあそういうことだよ。さて、今日はもう寝ようか」
そういって寝床に戻り、横になる。
普段と変わらない様子でいる弥太郎に、サロルンはまだ怖がって布団に入れずにいる。
見かねた坂本は言った。
「サロルン。知っていたらアイヌの昔話でもしてくれないか、固い床は慣れなくて寝れそうもない」
「し、しかたないな。ならホヤウカムイの話でもしてやろう。とても怖い蛇のカムイの話だ」
蛇はキリスト教では人間を楽園から追い出したことで原罪を象徴すると言われている。
憎いチョイスだなと思う。神謡という歌うように紡がれる物語が眠気を誘った。
坂本とサロルンは、そのまま眠りに落ちたのだった。




