13話 深淵を覗く目
夕方が過ぎ、日が落ちていく。足元がどんどんと暗くなっていく中。
坂本を先頭にサロルン、猫塚の三名は釧路湿原の南端にあるコタンから商会のある釧路方向へと歩みを進める。
サロルンが帰る道すがら横を見ると、茂みから抜け出した一羽のヤマシギがご機嫌なダンスを踊っていた。
体を何度も前後にゆすりながら、たまに一歩踏み出すという独特な動き。
実際のところこれはダンスではない。外敵に襲われにくくするための防衛行為なのだが、見ているサロルンはそんなことはどうでもよかった。
「坂本見てくれ。かわいいな」
声をかけられた坂本がそちらを向き、ヤマシギのダンスを見て言った。
「アハハ。ほんとだね。ダンスしてるみたいだ」
その瞬間。背後から銃声が上がる。
もうお分かりだろうが撃ったのは猫塚だった。
ヤマシギは哀れにもその場に倒れ、猫塚が走って回収しに行く。
戻ってきた彼を待っていたのは二人の冷たい目だった。
「なんで撃ったんだ?」
「猫ちゃん。君の腕が良いことはよく知ってるけど、今のは急すぎないかい?」
期待していた反応と違ったのか、猫塚は困惑している。
彼が次に言ったのは意外な言葉だった。
「こいつフランス料理だと食材だって聞いたんだ。なら手土産にはちょうどいいかと思ってな」
誰に聞いたんだ?
サロルンはそう言おうとしたが、坂本がその前に発言する。
「あ、僕も聞いたことある。高級食材なんだっけ?」
「ああ、あいにく口にしたことはねぇが」
「まあそういうことならいいか」
坂本はそう言うとくるりと向きを変え、また民家を目指し始めた。
サロルンはまだ見下すような冷たい目をしている。
かわいい生き物をいきなり撃ったからなのか。それとも単にアイヌではヤマシギを喰わないからなのか、それに触れる前に、民家にたどり着いた。
中にいた農夫との交渉は首尾よく進み、ヤマシギ一匹と交換に三人分の寝床が無事手に入る。
農業用の倉庫でもある離れにある部屋に無事通されると、猫塚は言った。
「俺が朝まで見張りをする。お前らは寝とけ」
そう言って銃を担いで出ていこうとした。
「ちょっと休んでから行ってもいいんじゃない?」
坂本が止めるが、猫塚は固辞する。
「いや。もし追手がいるなら、さっきの銃声で大体の位置はバレてる。あそこからこの民家まではそこまで離れてねぇ。今から対処しねぇと」
「そういうことか。ならせめて送らせてくれないかい」
「私もいく」
結局部屋に入るや否や、三人で再び外に出た。
もうすっかり辺りを暗闇が包む中。二人に背を向け、猫塚はおもむろに軍帽を取る。
「こいつはお前に預ける」
そう言って帽子を放ると、宙でくるくると回転し、狙ったように坂本の手の中に帽子が収まった。
例の二本の触角のような髪の毛が持ち上がる。
そして、あの黄金の目を発動させ、闇の中に駆け出そうとした時だった。
足に違和感を感じ、そちらを見るとサロルンが裾にすがりついている。
「お前、何してんだよ」
「何って。お前に寝ぐせがついてるから」
そう言ってサロルンが寝ぐせと見た二本の髪を直すために猫塚を見上げる。
そこにあったのはいつもの赤みがかった目ではなく、獣じみた黄金の目。
「ひぁっっ」
サロルンは声にならない悲鳴をあげると、尻もちをつく。
彼女は猫塚の尋常ならない様子に心底怯えているようだ。
猫塚は彼女の様子を見て、苦々し気に、言った。
「あーあ……。やっぱこうなっちまったか」
薄々わかっていたとも、違う反応を期待していたとも取れるような。ねっとりとした口調。
そして、しばし続いた沈黙の後、その猫塚はこう叫んだ。
「坂本! あとは頼んだ!」
そう言った猫塚は弾けるように闇に駆け出してゆく。
後に残された二人はそれを呆然と見送った。




