12話 宝の代償
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猫塚は坂本から本業の成果を問われ。場の空気が変わる。
ピリリとした緊張感の下に猫塚は斥候の成果を坂本に報告した。
「このコタンで分かったことは二つだ」
猫塚は以下の二点を上げた。
村長のものと思われる家の壁掛けがサロルンの鉢巻とよく似ていること。
その村長の家の中に入ってきたアイヌが「オンネパシクル」という単語を繰り返し言っていたこと。
そしてもう一つ気になることがあると言った。
「お前らの言っていたウタレというのはどういう意味だ?」
それを問われた坂本は顔を曇らせる。
「サロルンの前では言いたくなかったんだけど、うーんどうしようかな」
「同胞のことをそう言うが、他の意味もあるのか?」
サロルンはそう言って目を丸くしている。
坂本は迷っていたが、迷った末に言うことにしたようだ。
「僕たちの言葉で言うと奴隷、下僕に当たるものがウタレと呼ばれてるようだね」
驚いて否定しようとしたサロルンを手で制して坂本は続けた。
「世間ではアイヌには争いが無いと思われてるかもしれないけど、実は違う」
「昔、樺太アイヌと対立していたニブフ族は、応援としてモンゴル軍。元を頼った。彼らとの争いは長期間におよび、樺太アイヌ側が毛皮を毎年納めることで決着し、和議が結ばれた」
「そして彼らと戦ったことに由来する山丹貿易では、ガラス玉などの貴重品と人間との交換が行われていた。そしてアイヌが代金を払えない時には、山丹人の下人として使うためにアムール川流域の山丹までアイヌを攫って行くこともあった」
「その交易により樺太アイヌは困窮し、最後には松前藩が始末をつけたようだね」
「人身売買の大本は彼らに倣ったのかもしれないけど、問題はそこじゃなくてね。そもそもアイヌ式の裁判の方法が存在するんだ。個人間の争いが無いわけない。その時に活躍するのがウタレさ」
猫塚は面食らっている。
「裁判に奴隷だと? なんでったってそんな違うんだ」
坂本は沈痛な面持ちでいう。
「和人の裁判は基本的に賠償金を払えば済む。その場で返せなくてもその分働けばいいだけだ。けどアイヌの裁判は違う。アイヌは国を持たなかったからなのか、それとも先に挙げた山丹人の影響なのか、貨幣というものを本質的に信用していないんだ」
「その状態で裁判に負けた側が賠償をしようとしたらどうなると思う?」
坂本のもったいぶった言い分に、猫塚はようやく事態を把握する。
そして最悪の想像は坂本の口から語られた。
「アイヌにとって裁判で賠償する方法は二つだ。一つは宝。宝剣や日本刀の鍔。そして玉などだ。そしてそれらを持たないものが選ぶのがもう一つの手段。人間だ」
「宝を持たない人間は自分の一族か、自分自身を差し出して賠償をしなければならない。そうやって裁判に負けたり、ほかの地方から流れてきて生活できず、他のアイヌの持ち物になったアイヌのことをウタレというんだ」
「この身分は一生変わらない。結婚だって自由に許されず、生まれた子供にも身分が引き継がれる。そして富める者であるカモイレンガイやニシパたちは、奴隷として差し出された人間によって生み出された富で宝を手に入れ、富むものはますます富んでゆく」
「アイヌは理想郷に住んでたと思われてるかもしれないけど、僕たち和人の社会とあまり変わり映えしないよ」
そう言われた猫塚は思わずサロルンを見る。
サロルンは目を伏せた。もしかして自分がコタンに入れないのは、奴隷の子供だからなのだろうか。
そう考えたのを読み取ったのか坂本は否定する。
「サロルンやサロルンの父がウタレということは考えにくいと思う。理由は二つだ。一つはサロルンのコートが貴重な海鳥の皮で編まれていること。その羽毛はアホウドリとウミガラスのものだけど、特にアホウドリの羽毛はこのあたりではもう手に入らない。だから大変高価だ」
「だから、そんなものを持つことが出来るほど高貴な身分であるとしか考えられない。そして二つ目は僕はオンネパシクルという名前に聞き覚えがある」
伏せた目を上げたサロルンに坂本は言った。
「コタンの長は決まった一族から選ばれるのだけど、オンネパシクルという名前の人物をこのコタンの、次の長にするという話があったはずだ。途中で別の人物に変わったんだけど、せっかくなら僕の方も経緯を詳しく聞いておけばよかったな」
そう言って頭をかく坂本に猫塚は言った。
「なら壁の布の模様も説明がつくな。サロルンの父は有力者の一族ではあったが、一度権力闘争に負けてコタンを追われた。そして今回帰ってこようとして刺客でも差し向けられ、娘を置きざりにして命からがら逃げたってとこか」
すでに死んでいる可能性もあったが、サロルンの手前あえてそれは口にしない。
猫塚の言葉を受けて坂本は言った。
「そう考えると筋が通るけど、まだ引っかかることが多すぎる。早合点はいけないよ」
結論を急ぐ猫塚を坂本やんわりと制した。
「君は参謀には向いてないようだね。狙撃の腕も諜報員としての腕も十二分なのに。天は二物を与えたけど三物までは無理か」
「うっせぇな。悪だくみはお前が得意なんだからいいだろ」
「まあそうだね。君を使いこなせる人間に拾われて良かったね。猫ちゃん」
「そいつは皮肉か?」
坂本は無言でにっこり笑い、会話を終わらせる。
今度はサロルンの方を向いて坂本は言った。
「さて、サロルン。急だけど商会に引き返そうか。これ以上探るのは身の危険が伴う。村長には他のコタンも回るって伝えたから刺客はそっちに振り分けられるだろう」
「もしこちらにもやってくるとしても、もうすぐ夜が来る。猫ちゃんがいる以上。僕たちには手出し出来ないはずだ」
猫塚がいる以上。その部分にサロルンは一瞬首を傾げたが、頼もしい味方であることは確かなので、こくんとうなづいた。
「途中に和人の民家があったはずだ。そこまで移動して泊めてもらおう」
「なら手土産が必要だな。道すがら何か撃ってやる」
坂本を先頭に、サロルン、猫塚の順で元来た道を歩き出した。




