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鉄血のユカラ  作者: 金鹿 トメ
カムイチュプのユカラ
10/28

9話 思わぬ妨害

*****


早朝に商館を出発した坂本、サロルン、猫塚はアイヌたちのコタンへと向かう。

釧路湿原の入口にあるコタンまでは半日程度の距離だ。

ついてこれるか心配されていたサロルンだったが、行商で鍛えた健脚で二人に遅れを取らずに進む。

和人の言葉が分かる人間がコタンにいて、コタンと坂本商会が取引があったこともあり、人をやって事前に話を通していたはずだった。

が、あってはならないことが起こった。

村の入り口で足止めされた坂本は焦りといらだちを隠さずに言う。


「どういうことですか? サロルンを入れられない?」

「ああ。部外者は入れられねぇな。うちの酋長はそう言ってる」


武装したアイヌの一人がそう言った。

武装した集団は、軍から払下げられた旧式の村田銃を構えながら言う。


「このコタンにはこのコタンのやり方があるんでね。嫌だったら引き取ってくれ」


(父親を探しに来たガキに、鉄砲向けて部外者呼ばわりか。穏やかじゃねぇな)

サロルンの前に立ち、弾除けになっている猫塚はそう思いながら聞いていた。

猫塚の方も三十年式の歩兵銃を構えてはいるものの、銃口と殺意は向けていない。

いまのところは。

猫塚は坂本に目配せをして今後の指示を仰いでいる。

坂本は言った。


「……わかりました。なら取引だけでもお願いできますか? それだったら坂本商会の代表者である僕が居れば可能なはずです」

「いいだろう。お前は入れてやる。おいそっちの軍人はどうする?」


猫塚が答える前に坂本が言った。


「彼にはサロルンについていて貰います。それならいいですよね?」


意味深に坂本が目配せする。猫塚は意図を理解しうなづいた。


「俺らは取引が終わるまで向こうの林で待たせてもらう。それで問題ないな」

「わかりゃあいいんだよ」


交渉は無事成立し、坂本は一人コタンに入る。

サロルンと猫塚はコタンから少し離れた林の中へ向かった。

木陰で休むためにサロルンが腰を下ろすが、猫塚はいっこうに座る気配を見せず、コタンの方向を見つめている。

懐から取り出した黒い筒。いわゆる双眼鏡を使い、猫塚はしばし何かを見ていた。

ちなみにこの時代。双眼鏡も高価な代物である。安いものでも15円ほど。

現在の価値で十五万円。

そんな高価な物品で何かを観察していた猫塚は唐突に言った。


「わりぃがちょっと出かけてくるぜ。坂本が帰るまでには用を済ませてくる」


そういって歩き出そうとした猫塚にサロルンはしがみついた。

ぎょっとして足元を見る猫塚にサロルンは言う。


「嫌だ! 置いていかないでくれ」

「おい。大声を出すな。すぐに戻ってくっから離せって」


そういって足を振って振り払おうとするも、小さな体は必死にしがみつく。

小さな少女と軍人の男の腕力の差は歴然だ。力づくで引き離すこと自体は可能だろう。

だが、そんなことをすれば、少女が暴走するのは目に見えているし、何より坂本に何を言われるかわかったもんではない。


「……しかたねぇか」


猫塚は諦めたように言うと、上着のボタンを上から順番に外していく。

黒い軍服の下のワイシャツが覗き、そのワイシャツのボタンを外す。

続いて素肌が覗くと、彼の首元に紐のようなものが見えた。

シャツのボタンをさらにいくつか外したのち、彼はおもむろにその紐を引き抜く。

紐の先にあったのはキリスト教徒が礼拝に使うものによく似た十字架のペンダントだった。

縦の木は白く輝く様な薄い色で真新しいが、横木は逆に黒ずんで凹凸があり、化石のようだった。

はた目から見れば古くなった十字架を無理やり修理して使っているかのように見えるかもしれないが、そうではない。

むしろ黒くゆがんだ木材こそがこの十字架の存在理由だ。

いや、そこまでは言い過ぎかもしれないが。

ともかく猫塚はサロルンにその小さな十字架を見せながら言った。


「こいつは俺の恩師から貰ったもんだ。肌身離さず身に着けとくように言われてる。この黒い横木は特別な素材でな。ほら、良い匂いがすんだろ? こいつは俺の命より大事な代物だ。こいつをお前に預ける。もし俺が約束を守らず戻らなかったら、好きに処分したらいい」


猫塚はそう言って、サロルンの首にその大切な十字架の紐をかけた。

サロルンは目を丸くしている。

だが、猫塚の真意は伝わったようで、大人しく足から離れて、元居た木の下に移動した。


「嘘はぜったいにつくなよ」

「当然だ。お前こそ無くすなよ?」


そう言って、持ってきていた三十年式の歩兵銃の点検をすると、目的地へ向かう。


(明らかに奴らの様子はおかしかった。坂本も口達者だが、まともにやっても口を割らんだろう。ここは俺の出番だな)


サロルンから十分に距離を取ると、猫塚は室内でも頑なに外さなかった軍帽をおもむろに外した。

すると髪が一部、まるで二本の触角のように持ち上がる。

それと同時に赤みを帯びた目が太陽の黄金に輝いた。

猫塚はつぶやくように言う。


「待たせたな坂本。今こそヤタガラスの真骨頂を見せてやるぜ」

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