奥様は元勇者!?
その昔、と言っても今から10年ほど前。
勇者といえば男と決まっていた時代。
どの勇者よりどの魔王より強い、最強の女勇者がいた。
カロリーナ・R・マロン。
全世界に名を轟かせた彼女には一つ、悩みがあった。
モテない。
美人でスタイルもよくて愛嬌だってある。
なのに。
モテない。
原因は....
強すぎるから。
その事実に気づいた彼女は、誰にも何も言わず、忽然と姿を消した。
それから10年。
小さな街の小さな一軒家。
慌ただしい朝のごくごく普通の風景。
「リリア、俺の帽子どこいったかな?」
「パパの書斎にないー?」
「ああ、あった。ありがとう」
「ママー! お腹すいたー!」
「テーブルにパンとハムエッグあるでしょー、一人で食べれる?」
「うんっ!」
洗濯物を干しながら、家族との他愛もない会話。
優しい旦那様に可愛い息子。
穏やかでほっこりする普通の日常。
コレよこれ!私が長年追い求めていたものは!
地位でも名誉でもお金でもない。
当たり前の女性としての当たり前のしあわせ。
リリアはしあわせを噛み締めながら、天を仰いだ。
だが。
平穏なしあわせな日々はそう長くは続かなかった。
コンコンコン。
来客を告げる音がし、はいはーい、と小走りに玄関へと向かったリリアは、勢いよく開けた扉を、勢いよく閉めた。
いや、閉めたつもりだったが、閉めるより先にするりと滑り込んだ人物がいた。
「いやあ、探しましたよ、カロリーナさん! 突然いなくなっちゃうんですもん。カロリーナさんに限ってと思いつつも心配したんですよー」
おじゃましまーす、なんて言いながら勝手に上がり込もうとする元同僚に、慌てて待ったをかける。
「ちょ、何勝手に上がろうとしてんのよ! というか、なんでここが…!?」
「だからー探したって言ったじゃないですかー。もう人海戦術ですよー。仲間内はもちろん使い魔やら魔物達まで総動員です」
それでも10年も見つからなかったんですから、正直諦めかけてたんですけどねー、と続ける来訪者に諦めてくれたらよかったのに、と内心毒づきながら改めて来訪者に向き直った。これだけは、これだけは言っておかないといけない。
「私が元勇者だって事は、旦那も子どもも知らないから! ぜーーーーーーったい言うなよ? 内緒にすると約束するなら、入れてやる」
「イエス、サー!」
わかってるんだかわかってないんだかよくわからない適当な返事を返してきた来訪者はさっさと家の中に上がり込んだ。リリアも慌てて後を追う。
「ママ、このおじちゃん誰?」
突然入って来た見知らぬ男性に子どもは驚いて母親を見た。
「おじちゃんじゃないですよーお兄さんですよー、こんにちわー」
「あ、あのね! ママが昔一緒に働いてた人なんだー。ちょっとママこのおじちゃんとお話あるから、いい子で遊んで待っててねー?」
「はーい!」
こどものおもちゃとおやつや飲み物、ついでに自分と招かざる客の分の飲み物を手早く用意し、おやつここ置いとくねー、子どもに声をかけると、来訪者を促し客間へと足を向けた。
「で? 10年もかけて探して何の用、エイブラム?」
客間に入ると後ろ手に扉を閉め、ここでの会話が外に漏れないようにシールドを張ると、手近な椅子を勧め、自身も椅子に腰を下ろした。
10年前と今では目的が変わっているんですけどね、と前置きし、エイブラムと呼ばれた男は語り始めた。
「最初は本当に心配して探したんですよ? カロリーナさんに限ってうっかり魔物にやられるような事なんてないとは思っていましたが、誰にも何も言わずに忽然といなくなっちゃいましたからねー。でもどれだけ捜しても見つからないし、それらしい遺体も見つからない。これはもうブラックホールにでも落ちたか異世界にでも飛ばされたかうっかり魔界に行っちゃったかじゃないか、って諦めてたんです、実のところ」
「そのまま忘れてくれたらよかったのに」
「まあまあ。この世界から足を洗っていたのならご存じないかもしれませんが。この10年で勇者事情も随分と変わりましてね。それというのも、最大最凶の魔王はあなたが倒してしまいましたし、後に残った魔物なんて大したことないですし。それで我々の仕事は町の治安を守る警邏隊ということになりまして。闘う相手がいないんじゃ仕方ないですからね。勤務も交代制で給料もそこそこいい、あまり危険がない、ということで若者に人気の職業なんです、が」
「....それって勇者って呼べるの?」
「そこなんですよねー。まあでも今までは平和だったのでそれでまかり通っちゃったんですけどね」
「だった?」
「はい。どうやらあの魔王の落し胤、というものが出てきまして。親父に代わって勇者を打ち倒し世界征服してやるとか息巻いてまして。魔界では勇者を倒す精鋭を集める為に武闘会なるものまで開催されているとかなんとか」
どこの世界に打倒勇者を掲げて切磋琢磨する魔物がいるんだよ、と内心毒づいて溜め息混じりに口を開いた。
「で? その魔王Jrを倒せ、って依頼だったら、お断りよ? 虫も殺せないか弱い奥さんで通ってるんだからね」
エイブラムはなんとも言えない表情を浮かべながら、まあ、とりあえず話を聞いてください、と切り出した。
「10年間たるみきった勇者組合はその噂を聞きつけて焦ったんですが、なんせ組合に残ってるのは闘いや冒険を知らない世代か御老体ばかりでして。古参の方々は寄る年波には勝てない、といった状態で、魔法等の威力はご健在ですが、流石に戦闘となると厳しいかと。そんなわけで、組合はこの度、より優秀な勇者を育てる為の学校を設立する事と相成りまして」
「は? 学校?」
「そうです。そこで、カロリーナさんには講師としてわが校で教鞭をとっていただきたく」
「え、ちょっと待って? 急な展開でちょっと理解が追いつかないんだけど」
「カロリーナさん。お子さんこれからお金かかりますよねー。パートとか考えてたんじゃないですか? これからまたお子さん増えるかもしれないですし、学校選びから何から大変ですよね− そこで! 講師陣のお子さまは入学金から授業料から全て免除! 勇者科以外の学科も設立予定ですし、お給料面でも高待遇でさせていただきます。講師という名目であれば御主人に気取られる心配もないですし、あなたが元最強勇者ってバレずに済みます。あ、通勤の事でしたらご心配なく! 正式契約の暁には、ご自宅の前から学園までのワープホールを設置させていただきますので、ひとっ飛びで通勤していただけますので、ご家庭にも支障はないかと!」
実演販売のおっちゃんよろしく畳み掛けられ、リリアの心が揺れ動く。
「いや、あのさ? 中堅どころはどうしたのよ。一緒にパーティ組んでたユラとかアーサーとか」
「みなさん勇者職に見切りをつけて、それぞれ違う職種で活躍中なんですよー。中には魔法学校で教鞭をとってる方もいらっしゃったりで。昔の仲間をつてに、引き抜いて歩いてるところなんです」
「で? あんたは? 講師でもやるの?」
「私ですか? 私は、学園長を任されましてねー。人材集めも一任されてまして。どうせだったら気心知れた仲間とやりたいじゃないですかー」
「へー。あんたが学園長とか世も末だと思うけど。まあ、そういう話なら、私の過去を隠し通してくれるなら乗ってあげてもいいんだけど…今の私は人妻ですからね。旦那様に確認してみないと」
「もちろんそうですよねー。ありがとうございますー。御主人の説得はお任せ下さい!」
そうして旦那様が帰宅するまで図々しく居座ったエイブラムは、どう説得したのか旦那様の了承を得て、ちゃっかり夕飯まで食べてホクホク顔で帰っていった。