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第61話:独りよがりと祭りの終わり

 夜の校庭の真ん中で、井桁(いげた)型に組まれた(たきぎ)が煌々と燃えている。

 薪の中には、この二日間を健闘した露店の建材や、装飾、看板なんかの木材がどんどん放り込まれては燃やされていっていた。祭りの熱狂を星空へと返しているようだわ、なんて、感傷的な気分になってしまう光景だった。

 後夜祭。

 長かったようで短かったような秋翠祭も最後のプログラムへと差し掛かっていた。

 貴族然としていた前夜祭に比べると、大きな焚き火の周りでみんなが思い思いに過す後夜祭は、如何にも学生らしかった。


「エリザベット様、見て下さい! キャンプファイヤ、キャンプファイヤ!」


 校庭まで一緒に来たメアリーが焚き火を指さしてぴょんぴょん跳ねる。

 本当は彼氏の、そう、わたしの彼氏のカルバン様と一緒に来たかったんだけれども、カルバン様はロミニドと共にキメラの件で事情聴取と今後の対応を決める会議に駆り出されていた。


「はしゃぎすぎよ。みっともない」


「えへへ、ごめんなさい。キャンプファイヤーって憧れだったんですよね……。()、校外学習に参加出来なかったので」


 少し寂しそうな顔でメアリーがこぼす。こいつが自分のことを『僕』と言うのは、決まって前世のことを話すときだ。そういえば、病弱で入退院を繰り返してたって言ってたっけ。

 基本的にメアリーアンチなわたしだけれども、そういう普通に可哀想な身の上を表に出されると無下には出来ない。


「あー、まあ、出来なかったことは、これからしていけばいいのよ。あんたらしくもない、終わったことより将来のことを考えなさいな」


 元気を出せと、メアリーの背中を平手で叩く。

 結構力が入っちゃったんだけど、メアリーの小柄な体は身じろぎもしなかった。流石の体幹ね。


「有り難う御座います。あ、じゃあアレやりましょう! マイームー、ベッサッソン!」


「いやよ」


「えー」


「いや、二人でやるもんじゃないでしょ、それ」


 それもそうですねと笑うメアリーに釣られて、頬がほころんでしまう。

 なんだかんだ言って、この場の特別な雰囲気に当てられているのはわたしも同じようだった。


「おーい、ミアー! こっちー! エリザベット様もー!」


 少し離れた焚き火の近くで、アイリスが手を振っていた。周りにはクラスメイトのクラリス・メイトやモブAことエーヴ・モブロワなどメアリーが普段よく話しているような女子連中と、テオフィロたち留学生組の男子がたむろしていた。

 お友達グループ、というやつね。


「いきましょう、エリザベット様」


「あー、わたしはいいや。疲れたし、外の方で見てる」


 火から離れたところにまばらに設置されている休憩用のベンチを指さす。

 あの中に混ざるのは、まだちょっとハードルが高い。


「そうですか……。じゃ、行ってきますね」


 メアリーは残念そうな顔をしたけれど、すぐに気を取り直して上機嫌でアイリスたちの元へ歩いて行った。

 「ふーふふー、ふふーふふーん」なんて、鼻歌まで歌っちゃってる。


「て、それはオクラハマミキサーでしょうが」


 マイムマイムじゃないんかい。




 焚き火のパチパチと爆ぜる音。青年たちの笑い声。

 三人くらい座れそうなベンチを一人で占領して、盛んに燃える炎の揺らめきと、炎が描くメアリーたちの踊るように揺れる影をぼんやりと眺めていた。

 蛍光灯に群がる蛾みたいね、と斜に構えた感想が思い浮かぶが、気分はそんなに悪くない。陽キャ、パリピ、そういう類いのむやみに楽しそうな人たちを見て、素直に自分も楽しげな気分になれている。

 自他共に認めるへそ曲がりな悪役令嬢にも随分と余裕が出て来たものだ。


「はぁ……」


 それだけに、嘆息してしまう。

 ここにカルバン様もいたらなあ。


「エリザベット」


 そう、カルバン様がいたらこんな風にわたしの名を呼んで、隣り合って、ロマンティックな雰囲気の中で静かに言葉を交わす二人だけの世界に浸るのだ。


「エリザベット」


 幻聴は繰り返し、募る想いのためか耳に聞こえる声は大きくなっていた。


 ……いや、幻聴じゃなくない?


 慌てて振り返ると、夜の暗さを背景にオレンジの炎が金の髪にキラキラと照り返す、星のように幻想的な美青年がそこにいらっしゃった。


「ああ、やっと気付いてくれました」


 カルバン様だ。

 少し困ったようにはにかむ表情がまた可愛らしくて素敵だった。


「お隣、よろしいですか?」


────────────────


「ど、どど、どうぞ」


 声をかけると、エリザベットは三人掛けのベンチの端まで大きく寄った。

 そんなに離れなくてもいいのにと思うが、私から距離を詰めるのも彼女を追い込んでいるようで印象が悪い。一人分の間を開けて、彼女とは逆の端に座る。


「あ、あの、会議は終わったのですか?」


「いえ、まだ続いていますよ。詳細がまだ公にされていないので、ここで内容を話すことは出来ませんが、今後の対応については中々定まりそうにありませんでしたね」


 あの分では今日中に終わるかどうか。まだ残っているロミニドやお偉方は大変なことだ。


「ですが、最低限の決定と情報収集は済みましたので、早々に抜け出してきました」


 エリザベットの方を向くと、彼女は顔を向けた意味が分からない様子で、キョトンとしていた。


「えっと、良かったんですか? 会議を抜けちゃって」


「ええ。会議は明日以降でも出来ますが、後夜祭の夜を彼女と過すのは今しか出来ないことですから」


 彼女は目を合わせたまま二三瞬きをすると、素早く顔を背けてしまった。


「そ、そうですか。それは、その……」


 縦にロールした横髪をいじったり、手で顔を扇いだりと落ち着かない様子だ。

 少し高い声色からすると、嫌がられているわけではない、と思う。


「あ、そうです! 魔法大試合(トーナメント)は、どうなったのですか?」


 彼女が誤魔化すように声を上げる。

 キメラの乱入により中止された決勝戦。その結果を如何にするのかは、会議前半の主要な議題だった。


「暫定的ですが、同率一位ということになりました」


「同率?」


「ええ。私と兄さん、二人ともが今年の優勝者ということに」


「それは……残念でしたね。もう少しでお兄様に勝てるところだったのに……」


 エリザベットは俯いて肩を落とし、我が事のように落胆している。だが、私はそこまで落ち込んではいなかった。遠く焚き火を眺めながら、軽い口調で言う。


「どうでしょうか? 案外、兄さんならあの状況からでもなんとかしてしまったかもしれませんよ」


 ランスの穂先ごとワンドを吹き飛ばす作戦は驚くほど上手く嵌っていたが、結局ちゃんと成功したのかは分からない。ランスの穂を飛ばす機構は奥の手だったが、裏を返せば、あの一発を凌がれればもう後はなかった。


「兄さんを追い詰められたのは才人たちの手厚いサポートと一回しか通用しない奇策の賜物です。ですから、そこまで執着するものでもありませんよ」


 ランスはもう使い切ってしまったし、魔法に被弾したマントも修理には時間が掛かる。決勝戦については再試合という案もあったが、そうなれば確実に私は負けるだろう。

 再現性のない勝利を自分の物と言い張るには、面の皮に厚みが足りない。


「ですが、得た物もちゃんとあります」


 再試合になればまず間違いなく兄さんが勝つ。それなのに同率優勝を認めたのは、兄さん自身があの試合は実質的な敗北だったと感じている証ではないだろうか。

 それほどまでに、私は兄を追い詰めた。

 他人の力を借りて、運が味方した結果であっても、それは確かな成果だ。

 見上げた夜空、星に向けて手を伸ばしてみる。

 その手に何も掴めなくても、以前のような焦燥はない。


「絶対に手が届かないと、そう思っていた人に指をかけることが出来ました。今は、それで十分です。とはいえ、『引き分け』という(いささ)か締まらない結果になったことは、支えてくれた貴女たちには申し訳ないところです」


「いいえ」


 引け目を吐露すると、エリザベットは首を横に振った。

 輪郭が際立つ焚き火の夜の中で、ゆらゆらと揺れるロールした髪の房が妙に目を引いた。


「カルバン様が満足の行く結果を得られたのなら、わたしにとってそれ以上の喜びはありません。まあ、血気盛んなセレストさん辺りは文句を言うかもしれませんけど」


 メアリーに怒鳴る普段の彼女からは想像できないほど、優しい声音だった。冗談めかした言葉を付け足したのは照れ隠しだろうか。暗くて表情がよく見えないのが残念でならない。


「有り難う御座います。そう言っていただけると、気が楽になります」


「はい、カルバン様のために、やりたくてやったことですから。報酬も気遣いも不要です」


 私のために、か。

 思えば、彼女と違って、私はずっと自分のことばかりだった。

 メアリーに告白したのも自分の手駒を増やすためだ。エリザベットに告白される前夜だって、彼女のことよりも自分が兄をどう思っているのかを悩んでいた。

 けれど、エリザベットはそんな私のために尽くしてくれた。

 私を助けたセレストたちも、エリザベットのために動いていた。

 皆、自分以外の誰かのために行動していた。

 私はその善意に救われ、おかげで兄に少しだけ手が届いた。

 そう、兄に勝つためにメアリーを欲していたのだが、結局、私が兄に迫れたのはエリザベットのおかげだったわけだ。


「私はいい人を……」


 選んだ、と言おうとして止める。

 何を勘違いしているのか、私が選んだわけではないだろう。


「どうされました?」


「いえ、いい人に選んで貰ったと、そう改めて思っただけですよ」


「……ん、はい」


 今度はゆっくりと、言葉の意味を咀嚼する時間をかけてから、最初と同じようにエリザベットはそっぽを向いた。

 近づいているような、そうでもないような距離間に、私は苦笑するしかない。


「エリザベット様ー!」


 焚き火の方から一人の女子が元気に手を振りながら近づいてくる。逆光で顔はよく見えないが、この声とシルエットは間違えようもなくメアリーだ。


「マイムマイムやってくれるって人を20人くらい集めたんですけど、よく考えたら私もマイムマイムエアプだったので、教えて下さい!」


「……凄いわね、あんた。誰もマイムマイムなんて知らないでしょうに、20人もどうやったのよ」


 『まいむまいむ』とやらのためにそれなりの人数を集めたメアリーに、エリザベットは素で感心していた。


「じゃなくて! あんたねぇ、今いいとこだったのがわっかんないの!? 邪魔!」


「え、あ! カルバン様!」


 彼女は今まで私に気付いていなかったようだ。周囲は暗く、同じ長椅子でも離れて座っているから無理もない。


「今晩は、メアリー」


「はい、今晩は、です。あー、その、いらっしゃったのですね……」


 メアリーは小さくなり、「お邪魔しました」とだけ言い残して戻っていった。

 一方でエリザベットは頬を膨らませたものの、メアリーが戻った焚き火の人集りと私の方をチラチラと交互に見ている。

 メアリーたちが気になるが、私の手前行きにくいと思っているのか、あるいは私とどちらを優先しようか迷っているような様子だった。

 だったら、


「えっ、と……?」


 椅子の上に空いた距離を埋めるように、手を伸ばす。

 彼女はその手の平をじっと見つめている。


「一緒に行きましょうか。『まいむまいむ』は存じ上げませんが、君と一緒なら、きっと楽しいと思うのです」


「……はい!」


 手の平と平が合わさる。

 合わせたまま、彼女とともに歩き出す。

 手を繋いで歩くのは慣れていなくて、彼女も、私も、少しぎこちない。


「ふふ」


「もう、どうして笑うんですか」


「いえ」


 恋人になってすることが手を繋ぐだなんて、幼子のような初々しさで、ちょっとおかしかった。

 幼い私は、兄を救いたかったらしい。幼い彼女はその優しさに惚れたらしい。

 けれども、今の私は兄をライバル視して嫉妬さえしている。そして、今の彼女はそんな私も好きだと、言ってくれた。

 幼いものは、いずれ違っていくものなのだろう。

 私たちの関係もきっと変化していく。


「あ、も、もしかして、わたしなんかおかしいですか? 灰が髪についてたり?」


「いえいえ、ちゃんと今も、君は素敵ですよ」


 それでも、悪いことにはならないでしょうと、私はとても楽観的に思えていた。


 握った手の中、何も掴めないと思っていたその手の中に、今は、確かなぬくもりがあるから。

 第三章、完結!

 本作の主人公たるエリザベットの恋が実り、次は作中作の主人公であるメアリーの──と行きたいところですが、ちょっと中編が入ります。

 そして、申し訳ないのですが、書き溜めを使い切ったことと先の展開を練る時間が欲しいことから、更新がしばらく止まります。

 次回の更新は九月になると思います。ご了承下さい。


 それでは、ここまで読んで頂き有り難う御座いました。

 悪役令嬢と主人公の奮闘にこれからもご期待下さい!


 評価、感想等を頂けると大変励みになります。よろしければこの機会にお一手間頂戴出来ると、とても嬉しいです。(分路)

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