第59話(下):魔法大試合、決勝戦
「まさかこれほどに。ノエルの思い通りになるなんて」
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俺のワンドと嚙み合ったまま、ランスの内でカルバンの魔力が膨れ上がる。
しかし、外見に変化はない。
次いで、カルバンが柄を捻り、穂へと押し込んだ。
穂と柄が一体ではないのか? なんのためにそんな構造を取る?
疑問する間にも、ランスの内で魔力と熱が高まっていくのを感じる。
分離出来る穂と柄、蓄積されていく魔力……! ランスの機構に想像が至る。だが、馬鹿な。
「飛ぶのか!?」
「ご明察です」
それしかない。
このランスは砲弾のように穂が飛ぶのだ。
まずい。
ワンドとランスは強く嚙み合っている。このままランスの先が強い勢いで飛べば、ワンドを持っていかれるだろう。武装解除で失格負けだ。
いや、だが、
「穂がないランスなど武器の役割を果たさん。先に貴様が」
武装解除で負けだろう、とその疑問に答える声があった。
『あ、ごめん、ロミニド。それ、ランスじゃなくて剣なんだ。ちょっと鞘が頑丈な、ね』
鞘が飛んでも剣として使えるのなら問題ない。
屁理屈だ、大体、カルバンの武器はランスだとそう言ったのは他でもない、ノエル自身で……。
ああ、そういうことか。
「ノエル・アンファン!」
『本当、ごめんね。でも、ちゃんと言ったよね『今日の実況もカルバン贔屓でお送りするよ』って』
嵌められた。
カルバンを見て、『ランスだー!』と叫んだ時からノエルの策略は始まっていたのだ。
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「カルバン! このランスはね。穂が飛ぶんだよ!」
最初にコンセプトを聞いた時、ああ、馬鹿と天才は紙一重、という言葉は真実なのだなと私は心の底から思っていた。
「原理としてはね、まず穂と柄を別で作る。建て前のための刀身──これは発射時のガイドにもなるね──を穂に刺して、土属性の術式で固定する。で、発射するときはまずカルバンの魔力で固定術式を焼きつかせて固定を甘くする。その後柄を捻って押し込めば内部の魔法陣が発射用に組み変わって発射術式を起動できるようになるから、後は魔力を込めるだけで……どっかーん!」
「な、なるほど。それで、再装填するときは飛んだ穂を回収して、土属性の……ローランかミリアに固定の魔法を掛けなおしてもらえばいいのですか?」
「え、何言ってんのカルバン」
ノエルはあっはっはと笑っていた。
「固定を解除するときに火の魔力で強引に焼きつかせるって言ったじゃん! そんなことした術式が再利用出来るわけないでしょ!」
「つまり、使い捨て」
「うん」
ランスはその立体的な形状から長剣以上に金属を使う高価な武器だ。騎士や従士といった階級でも金銭に余裕のない家系では新造せずに代々受け継いで使うこともある。
打倒ロミニドのために予算に糸目は付けないと言ったのは私だが、それにしてもランスを、しかも術式を刻んだハイエンド品を使い捨てにするのは狂気の発想だった。
「あ、当然練習も出来ないから、撃つのはぶっつけ本番ね」
「がんばって」
「…………」
この先輩とその彼女は紙一重で馬鹿なんじゃないかと、そのときは本気で思っていた。
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「天才、でしたね」
ノエルとミリアの評価を心中で改める。
肉薄したロミニドはワンドを外そうと動かしていたが、そう簡単に外れないのは先ほど確認した。
「詰みですよ。ロミニド様、手を放してくださいませんか? この穂──鞘がどれほどのスピードで発射されるかは私にも分かりません。危険です」
「馬鹿め。決着する前に勝負の可能性を手放す馬鹿がどこにいる」
ロミニドは、まだ諦めていなかった。
そうだろう。それでこその兄。孤高にして完璧なる王だ。
周囲に熱を感じた。
ロミニドの魔法、確認する暇はないが、何か手を打ってくるつもりだ。
その前に、勝負を決める。
十分に魔力が溜まったランスを、今まさに放とうと──
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「本当、ごめんね。でも、ちゃんと言ったよね『今日の実況もカルバン贔屓でお送りするよ』って」
いけしゃあしゃあとノエルが言うのをわたしは隣で聞いていた。
かわいい顔して、この先輩はとんだ詐欺師だ。
けれども、味方ならこんなに頼もしい男もいない。
彼の読み通りの展開で、カルバン様はロミニドにチェックメイトを掛けていた。
後は引き金を引けばカルバン様の勝ち、そのはずだ。
十年の悲願が、この一瞬にかかっている。
「お願い」
カルバン様がロミニドに降伏勧告をして、跳ね除けられる。
熱気にあふれていた闘技場が嘘みたいに静まり返っていた。
皆が固唾を飲んで見守る中、そのときが、来る。
嗚呼、神様、偉大なるレアノ様。
生まれて初めて、神様に本気で祈ります。一生の、いえ前世を含めて二生分のお願いです。
今、この瞬間だけでいい。
「カルバン様を勝たせてください……!」
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ごめんね。
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「え?」
今、何か、女性の声のようなものが聞こえた気がした。
しかし、そんな些細な幻聴は別の声によってすぐにかき消される。
「GRRRRRRR!!!」
獣の咆哮。
闘技場の外壁の上。
なぜ今まで誰も気づかなかったのか。嵐のように凶暴な存在感を放つモノがそこに在った。
「どうして!?」
メアリーが叫び、カルバン様とロミニドさえ戦いを止めてそれを見上げる。
それは三つの貌を持つ、せこの世界で、そして前世においても、世界一有名な神話の魔獣。
「嘘……」
キメラだった。
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次回も明日更新です。(分路)