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第59話(中):魔法大試合、決勝戦

『がんばれー! カルバン様ー!!』


『わぁい! 今日の実況もカルバン贔屓でお送りするよー!』


 ノエル・アンファンとエリザベット・イジャールの騒がしい実況と彼らに手を振る弟を、俺はなんともなしに見つめていた。


「いいのか? アレを放っておいて。(おおやけ)に好意を広められると後が面倒だぞ?」


「構いませんよ。それと、訂正を。“アレ”ではなく私のフィアンセです」


「そうか。悪かった」


 我が弟はエリザベット・イジャールとくっついたらしい。悪くはない相手だ。家柄、人柄、人脈、何よりもカルバンに心酔しているのがいい。彼女なら弟を裏切ることはないだろう。

 しかし、そうか。カルバンは結局彼女に押し負けたのか。


「なにを笑っているのです」


「笑っていたか? 気にするな。身内に彼女が出来たのだ、実にめでたい。そういうときには笑顔の一つも浮かべるものだろう」


 作り笑いを貼り付けながらも目の笑っていないカルバン、彼をよく観察する。

 目立つ装備は銀のランスと朱のマントだ。

 マントには金糸や金属糸が織り込まれていた。防具としての機能を持たせるためか、あるいは魔力を通しやすい金属を使用して術式を仕込んでいるのか。どちらにせよ、長大な鉄の塊であるランスは当然のこと、あのマントも相当な重量物だ。

 『軽化』を活用しているのは一目瞭然だった。


「彼女に伝えてやれ。『貴様が口を滑らさずとも弟の魔法程度見れば分かっていた』、と」


「いえ、お気遣いなく。『それでも勝った』と結果で彼女には報いるつもりですから」


「フッ」


 言いおる。

 試合の開始が近い。愛嬌を振りまいていたカルバンだったが、審判に促されて試合の開始位置に向かっていた。

 その様子を見ながら、思う。

 エリザベット・イジャールの好意に応えたのもそうだ。俺の真似をするのをやめて、適性の高い『軽化』をメインにしているのもそうだ。

 俺の意固地な愚弟は、幾分か素直になったようだった。


 お前の仕業か? メアリー・メーン。


『それでは、トーナメント男子の部、決勝戦!』


 まあ、いい。彼女たちが何をしていても、我が弟にどんな変化があっても、俺のすべきことは変わらん。

 俺はただ、己の性能を示さなければならない。


「はじめェっ!」


 魔方陣を展開すると同時、カルバンがはじけ飛んだ。


────────────────


 ランスを腰だめに構え、カルバンが真っすぐ突き込んでくる。

 速い。

 迎撃、いや、間に合わない。

 魔法は撃てるが高速で動く相手には照準が定められない。

 ならば。

 右下に展開した魔方陣に魔力を込め、炎弾を放つ。

 カルバンを狙う暇はない。故に方向は、下だ。


『暴発!?』


 地面が爆ぜる。

 軽く曲げておいた膝をクッションとして、爆風に逆らわず転がる。突進の軌道からは抜けた、後は、敵がどうなったかだ。


『上手いな。私もそうだが、魔法で補助した高速アタッカーは移動中の妨害に弱い。特に『軽化』は身体を軽くする都合上爆風に煽られやすいんだ』


 転がりながら地面を掴み体を反転させる。

 カルバンはランスを武器に選んでいた。

 抱えて前進するだけで攻撃として成立するランスは爆発的な加速を行える彼には適した武器だろう。

 だが、その選択は『突っ込むことしか出来ない』未熟さを自白しているようなものだ。ここ一ヶ月ほど、カルバンは生徒会に姿を現さなかった。この戦い方はその間に学んだものと考えられる。

 つまり、付け焼刃だ。突撃中の妨害には対応出来まい。


『そうだね。まあ』


 突進してくるカルバンの鼻先で魔法を暴発させ、爆風で上へとカチあげた。大きく軌道は乱れ、上手く行けばそのまま場外、悪くても大きく姿勢を崩しているはずだ。

 そう期待し、カルバンの姿を視界に捉える。

 しかし、


『そんな分かりやすい欠点は対策済みだけどね』


 カルバンは確かに行き過ぎ、スタジアムの端まで行っていた。だが、強引な不時着をした様子はなく、しっかりと体を立てられている。

 俺も立ち上がり、後退しながら敵を見る。

 彼の額には汗が浮かんでいて余裕がない。魔法の練度が低いという読みは外していない。

 ならば何故、不意の姿勢の制御が出来ているのか?


「マント……。ノエル・アンファンとミリア・ローリーか」


『頑張った』


 マントが魔力光を伴って不自然に広がり、裾からは陽炎(かげろう)が上がっていた。


「ええ、ランスと共に二人の設計です。直接術式を刻んだのは私ですが、私だけではとても作れない逸品ですよ」


 汗をぬぐいながらカルバンが言う。すぐに再突撃しないのは、マントの補助の限界だろうか。


「他人の助力を得ていることを卑怯だと思いますか?」


「いや、民に支えられてこその王だろう」


 問答の間にも、カルバンは次の突撃に向けて姿勢を整え魔法の準備を、俺は魔方陣の再展開をしている。


『まずいな。初撃で決めきるのが勝ち筋としては最良だったんだが』


『で、でも、ロミニドを初めて動かしたんだし、カルバン様も行けてるわよね?』


『今まで一歩も動かず勝利してきたことへの未練を感じさせない、判断の速さも素晴らしいですね』


 動かず勝利してきたのは、実際、それが一番効率的だったからだ。移動すると試合開始時に展開した魔方陣を捨てなければならない。

 故に、勝つために他の行動が最善であれば、動くことに躊躇いはない。それだけのことだ。


 十分な数の魔法陣が完了した。

 次の先手は俺だ。


────────────────


 機先を制されましたね。

 ()は突撃のために構えていたランスを迎撃しやすいように持ち直す。

 前に出ようとしたその瞬間、ロミニドの周囲に展開した魔方陣が火を噴いた。装備は耐火仕様であり、私自身も火属性の魔法使いとして火に耐性があるが、そんなもの気休めにもならないほどの火力だった。

 あの中を突き進むのは不可能だ。

 ランスを持つ手に魔力を込める。円錐状のランスに沿って炎の螺旋が浮かんだ。


「ほお」


 迫りくる炎弾をランスで防ぐ。

 強く振る必要はない。添えるように当てるだけで炎弾はランスの傾斜に沿って逸れて行く。


『ロミニド対策』


『そう。同じ炎は親和性があるから、ただ槍で弾くよりも炎に沿わせた方が簡単に軌道を変えられるんだ。メアリーの渦盾から着想を得たギミックだよ。マントに比べるとランスにはあんまり複雑な機構は仕込めなかったんだよねー』


 ノエルがいい加減なことを言っている間にも、火の雨は止まない。

 すごい。

 ロミニド一人で撃つ弾幕は、ノエルとセレストが二人がかりで作ったのと同じかそれ以上の密度で襲い掛かってきていた。

 前に出ること能わず、ただ愚直に凌いでいく。

 息継ぎをせずに声を出し続けることは出来ないように、魔法にもいつか切れ目があると信じて、ただ只管に捌き続ける。

 そして、


「今だ」


 わずかに出来た弾幕の隙間。針の穴を通すような刹那の機会。

 一歩、踏み出す。


────────────────


 カルバンが前に出る。

 弾幕の密度が下がった隙を突かれた。


「ちっ」


 原因はワンドのオーバーヒートだ。

 低級のワンドに高負荷をかけ続けた弊害だった。核に使われている宝石、ガーネットが魔力飽和を引き起こしかけたために出力を下げざるを得なかった。

 紅金のマントをたなびかせ、カルバンが迫ってくる。

 最初ほどのスピードは出ていない。

 その代わりに、滑らかだった。

 出力を下げたといっても並みの兵士なら数人まとめて焼ける程度の炎を放っている。

 事実、カルバンは全ての攻撃を避けられているわけではない。

 頬を焼いた。止まらない。

 肩を打った。止まらない。

 マントごと背を穿った。衝撃で姿勢を崩すがマントを脱ぎ去て、駆ける。

 止まらない。


「あああああぁあああ!!」


 我武者羅(がむしゃら)だった。

 髪を振り乱し、不格好な姿でときに炎に押し返されながらも前進する。王子としての体裁を常に気にする優等生な弟らしからぬ執念がそこにあった。


「ハッ」


 口元に笑みが浮かぶ。

 そうだ。

 そうでなくては面白くない!

 ガーネットが悲鳴を上げている。右手のワンドはもう限界だ。

 真っ当に迎撃するのは最早不可能。

 ならば、誘導だ。


「!?」


 あと一歩でカルバンの槍が届く。その直前、撃てるだけの魔法を右に寄せた。

 おそらく、走行に注力して訓練を行ったのだろう。

 カルバンの走りは見事だった。だが、槍捌きには未熟さが見える。

 故に、突きこまれる軌道を限定すれば、読める。


「取った」


 ワンドの空隙、杖と宝石の間の隙間でランスの穂先を絡めとった。


────────────────


「はぁはぁ」


 足が止まる。

 全力で駆けた。なりふり構わず、全力で。

 それでも兄へと槍は届かず、逆にワンドで絡めとられてしまった。

 抜けようともがいても、ランスは外れない。

 私はランスが振れねば攻撃できないが、兄はこの状態からでも魔法を撃てる。このままでは私の攻撃は届かず、兄の魔法で一方的に焼かれるだろう。

 詰みだ。


「はぁ、はあ、ははっ」


「何がおかしい」


「いえ、まさか」


 カルバンの口の端が上がる。


「まさかこれほどに。ノエルの思い通りになるなんて」

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