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第58話(下):祭り始まり

 バトルパート!!

『ルカー選手場外! 勝者、メアリー・メーン!』


「はぁあ?」


 準決勝第二試合は一瞬で決着がついた。

 高速で斬りかかってきた対戦相手をメアリーが剣で受け止め、そのままバッドのようにフルスイングして強引に場外まではじき飛ばしたのだ。

 ちなみに、リングの大きさは目算15 m四方である。

 そのほぼ中央から場外までノーバウンドでぶっ飛ばした。


『メアリー強かったねー。解説のミリアはどう思った?』


『水は、身体強化が、得意』


 全然喋ってなかったけど、ミリアは解説だったんかい。

 物静かで文系なミリアをそこに呼んだのは明らかにキャスティングミスだと思うけど、それはさておき、今はメアリーだ。


「いや、おかしいでしょ。なんなのあの女、ゴリラなの?」


「ゴリラ……というのはよく分からないが、メアリーは並外れて力強いぞ。ミリアの言ったとおり、水属性は魔力による身体強化と相性がいい。特にメアリーは魔力量が多く、身体を動かすセンスもある。その相乗効果で、あの細腕からは想像も出来ないほどの怪力を発する。単純な力ならセレストを越えて学園一だろう」


 唖然としているわたしに、ローランが解説をはじめた。メアリーってばりばり武闘派のセレストさんより腕力有るんだ……。


「フォローをするようだが、相手だったルカー・アンバーサ三年生もけして弱いわけではない。メアリーとの試合がはじめてだったことが災いしたな。見た目と力のギャップに上手く対応出来ていなかった。ルカーはカルバン殿下と似た、そして殿下より熟達した『軽化』の魔法使いだ。メアリーの力が分かっていれば、組み付かないように立ち回ることも出来ただろう」


 立て板に水だった。

 普段は寡黙な男なのに、戦闘のことになるとこうも良く喋るのね。前世の世界にいたらプロレスとかミリタリーとかのオタクになってそう。


「『軽化』ってことは吹っ飛んだのも軽くなってたから?」


「いや、彼女ほどの使い手なら剣を交える瞬間には魔法を解除して自重を元に戻せるはずだ。場外まで持っていったのは単純にメアリーの実力だよ」


「ふーん……」


 メアリーはルカーと握手を交わし、決勝の準備のために脇へと引っ込んでいく。

 ノエルとミリア、ついでに放送部員としてその場にいるらしいテオフィロが雑談めいた話で場を繋ぐのを聞きながら、わたしはちょっと考え事をしていた。


 わたし、今まで結構メアリーを叩いたり怒鳴ったりしてきたんだけど……。


「ねえ、ローラン。わたし、もしかしてとんでもない奴に手を出してた?」


「……まさか、自覚がなかったのか」


 彼は眉を少し寄せて微妙な顔をする。


「自分を一捻りに出来る相手によくあれほど高圧的になれるものだと、感心すらしていたのだが……そうか、自覚がなかったのか……。キメラを彼女一人で食い止めたことは知っていただろう?」


 メアリーがキメラを足止め出来たのは、やられたらすぐに回復するゾンビ戦法のおかげだ。だが、キメラを相手にしても吹っ飛ばされず戦えたということは、回復力以前に最低限キメラに近い膂力があったということになる。ローランを前脚で吹っ飛ばしたキメラに近い膂力(パワー)が。

 それはそう、なんだけど……。


「あいつが実際に戦ってるの見たことなかったから、実感がなくて……」


「そうか……」


 ローランとの間には気まずい空気が流れ、そのまま二人とも口を噤んでしまった……。


────────────────


『お待たせしました! トーナメント女子の部、決勝戦がはじまるよ! 決勝の舞台に立つ一人目は、前年度のチャンピオン! 戦場を舞うワルキューレの異名を持った風の魔法使い、セレスト・リリシィだ!』


 細い木剣を佩いたセレストさんがリングに上がると、拍手と歓声が降り注いだ。

 そのにぎやかさに影響されたのか、ローランが再び口を開く。


「時にエリザベット、トーナメントの敗北条件でもっとも気をつけるべきものは何だと思う」


「さあ。場外とかですか?」


 ルールはよく覚えてないので適当にさっきの試合の決着を言ってみたが、ローランは首を横に振った。


「じゃあ、ダウンとか?」


 確か、ボクシングよろしく10カウントか審判が続行不可能と判断したら負けになるルールだったはず。

 しかし、ローランは再び首を横に振る。


「もう、だったらなんなんですか?」


「俺が思うに最も注意すべきは──」


『セレストの連覇を阻めるか! もう一人の決勝進出者は、水魔法の身体強化はピカ一、メアリー・メーン……だけど、これは……?』


 闘技場中から疑問の声が上がる。

 メアリーは一回戦で使っていた木剣を持っていなかった。というか槍も杖も盾もない、何も武器を持っていないのだ。


「最も注意すべきは、武装解除だ」


 先のクイズの答えをローランは言うが、その言葉はメアリーが武器を持ってない理由のようでもあった。


「あの、ローラン? もしかして、メアリーに入れ知恵しました?」


「まあな。メアリーは貴女とカルバン殿下の所へ行けなかったから、その間にこちらはこちらでトーナメントに向けた訓練を積んでいた」


 なるほど。学園祭の運営が忙しいのかと思ってたけど、裏でそんなことしてたなんてね。

 セレストさんも特訓中はカルバン様に付きっ切りだったから、彼女に隠れて対策をするには丁度いい。


「でも、武器なしなんて許されるんですか?」


「許されないな。大会途中での武器の変更は認められているが、試合前には必ず使用する武器を申請することになっている」


『これ』


『メアリーの登録用紙だね。ありがと、ミリア。なになに、メアリー選手の武器は『ガントレット』だって!』


 籠手(ガントレット)

 指先から手の甲、前腕あたりまでを守る防具。厳密にはその中でも五指が分かれているものを指す。

 言われてみれば、メアリーの腕が少しごつくなっている。木製の籠手を着けているようだ。


「あれ、武器なんですか?」


「微妙なところだが、大会の運営は生徒会が中心だからな。多少の無理は通せる」


 ルールを作る人間が強いというのは、元の世界でもここでも変わらないらしい。

 ローランは先ほどの続きを語る。


「トーナメントは戦闘続行不可能と見做された時点で敗北となるが、その判定基準の一つに『武器を手放すこと』が定められている。回復魔法で粘り強く戦えるメアリーであっても、例えば、前の試合のように剣を使う場合、剣先を強く打たれて剣を手放せばその時点で敗北となる。ガントレットではリーチを捨てることになるが、武器を弾き飛ばされるリスクを失くせることはメアリーにとっては大きな利点だ」


 説明の中で、『回復魔法で粘り強く』というのが少し引っかかった。


「そういうゾンビ戦法はいけないんじゃありませんでした?」


「ゾン? まあ、程度の問題だな。致命傷でなければおおよそ許容される」


 そういうものか、と思っている内にリング上の二人は構えを取っていた。

 セレストさんは剣を抜いて半身に構え、メアリーはなぜか柔道家のようなどっしりとした構えを取っている。


『それでは、決勝戦』


『はじめ』


────────────────


 先手を取ったのはセレストさんだ。

 風のような速さでメアリーに接近し、そのまま連撃を浴びせる。攻撃は回るような横薙ぎが多いが、身長差のために攻撃の軌道は上から叩き下ろすようになっていた。メアリーはその場から動くことも出来ない。


『開幕からセレストの猛ラッシュ! メアリーは防戦一方か!?』


『でも、防げてる』


 ミリアの言うとおりだ。メアリーは確かに固められて防戦一方だけど、急所を狙った攻撃は上手く籠手を合わせて防御している。


「急所以外は身体強化と回復魔法で受けられるとはいえ、実践できるのは胆力が強い証拠だな。急所狙いの攻撃を的確に見極め、合わせられるセンスと動体視力も素晴らしい」


「あんまりあの女を褒めると、セレストさんに言いつけますよ」


 というか、この男。交際中の彼女であるセレストさんをほったらかしてその対戦相手であるメアリーに肩入れするなんてどういう了見なのかしら。


「……それよりも、そろそろメアリーの目がセレストの動きに慣れて来た頃合いだ。戦況が動くぞ」


 はぐらかされたわね。まあ、いいでしょう。

 戦ってる二人に意識を戻すと、確かに少し様子が変わっていた。


「受け止められたときにセレストさんの剣が跳ねてる?」


「ああ、ただ籠手を置いて受け止めるだけじゃなく、ぶつかる瞬間に力を入れ、弾けるようになって来ている」


 強く弾かれるようになったセレストさんは、それに対抗してより強く剣を振り下ろす必要がある。剣を振るストロークが長くなれば、攻撃を捌くメアリーにも少し余裕が生まれる。

 そして、


「そこだ」


 メアリーから見て左から彼女の胸を打とうとする一撃。今までは籠手に当てていたそれを、メアリーがすかした。次いで、流れていこうとする空振りした剣を、


「掴んだ!?」


 左手で沿うように剣を掴み、そのまま体を回しセレストさんの懐に入る。セレストさんの胸にメアリーが背中を当てる形になった。

 変則的ではあるが、相手の勢いを利用して投げる、その技はまさしく、


「一本背負い!」


 まさかこの世界で柔道技を見るなんて……。

 柔道だったら畳に叩きつけるんでしょうが、メアリーはセレストを高く、遠くへと投げ飛ばした。


「あいつ投げるの上手いわね……」


「いや、違う」


 このまま場外になりかねない軌道だったが、空中はセレストさんの領域だ。


「投げ飛ばされる最中に魔法で干渉したな。『加速』の魔法によって軌道を上へと引っ張り、姿勢を立て直す猶予を作った」


 彼女は投げられて逆さまになった姿勢から空中で縦に半回転、悠然とリング上に舞い戻る。

 『軽化』の魔法を使って同じような動きの訓練をしていたカルバン様を見た今なら分かる。他人に投げ飛ばされながらこんな動きが出来るのはセレストさんも大概化け物だわ……。


 リング上、距離が空いた二人は少し話をしているようだった。

 何を話しているかまでは分からないけれど、好戦的ではあるけれども笑っているその表情を見るに、互いの健闘を讃えているとかそんなんだろう。

 二人は再び構える。

 しかし、二人ともさっきとは構えが違っていた。

 セレストさんは腰を軽く落とし、剣は上段に。メアリーは肘を少し開いて両こぶしを顔前におき、フットワークを軽く踏んでいる。今度はボクサーの真似事かしら。


「メアリーは自力ではセレストに劣る。珍しい籠手を武器に選んだのも一つだが、基本的には奇策で攻めていく必要がある。構えを変えるのもその一つだが、これは……」


 ローランは手を口に当て考え込むが、観客席のわたしたちには舞台上の戦いをどうすることも出来ない。

 戦乙女(ワルキューレ)が、飛ぶ。

 大上段に剣を振り上げセレストが迫る。

 メアリーはそれを受け止め、カウンターを叩き込まんと拳を構え、神経を研ぎ澄ます。

 両者が遂にぶつかり合う、その寸前。


「え?」


 メアリーが倒れた。

 同時にセレストさんは急制動をかけ、メアリーにぶつかる寸前で無理矢理停止する。体勢を崩して尻もちを付いたものの彼女はすぐに立ち上がった。

 メアリーは立ち上がらない。


『メアリーダウン! 意識がないっぽいねー、これは決着かな? でも、一体なにが起きたんだー!?』


「脚だ」


 疑問符で埋め尽くされた会場の中で、ローランは一人冷静に呟く。


「脚?」


「ああ、セレストがメアリーの顎を蹴り上げた」


 脳震盪……!

 顎を強く打たれると繋がっている頭蓋骨が大きく揺れ、中にある脳に意識障害を引き起こすほどの深刻なダメージが発生する。

 いくら魔法で回復出来るとは言っても、魔法を使う意識が刈り取られてしまったらどうしようもない。脳震盪で一気に気絶させてしまうのは、なるほど、メアリーを倒す最善策かもしれない。

 セレストさんえげつない。


「でも、メアリーの目もセレストさんの速さに適応出来てたのよね? なんでクリーンヒットをもらったんです?」


「セレストは試合が始まってからずっと打ち下ろし気味に剣を振っていただろ? 最後の上段は露骨なくらいだったな。そうして上からの攻撃に意識を向けさせ、注意が薄れた下から蹴りを入れた」


 最初のラッシュ。あそこからセレストさんはこの決着を描いていたようだった。

 経験の差ね。メアリーは試合の組み立てで完全に負けていたわけだ。


「セレスト曰く、脚は他の部分よりも『速度』が乗りやすいらしい。地を蹴り走る脚は速度の象徴だからな、相性がいいんだ。今まで慣れた攻撃よりも更に早い一撃が意識外から撃たれる。避けられる道理はない」


 審判がメアリーに意識がないことを確認し、セレストの勝利を告げた。

 会場は困惑を残しながらも、徐々に今年のチャンピオンの誕生を祝うムードになってきた。

 彼もゆっくりと拍手をしている。その表情は愉快そうだった。


「協力したあいつが負けたのに随分と楽しそうね?」


「まあ、仕方ないさ。メアリーとセレストでは積み重ねが違う。元より勝率の低い戦いだった。だが、これだけいい試合になれば、セレストも少しは楽しめただろう」


 ああ、そういうこと。

 そもそもなんでローランがメアリーに協力してるんだと思ってたけど、彼はセレストに試合を楽しんでもらうためにメアリーを強化したんだ。去年優勝してしまった彼女が、今年の大会で退屈しないように。

 これもローランなりの愛だろうか。

 当て馬にされたメアリーはちょっと不憫だけれど、ローランの協力がなかったらもっと惨敗していただろうし、文句はないでしょ。


「メアリーに勝ち目があったとすれば剣を掴んだ時だな。投げに移行せずにあのまま剣を放さずに戦うべきだった。剣を使わせず、体を密着させていれば、ガントレットで殴れるメアリーの方が優位に立ち回れたはずだ。もっとも、その場合でもより激しく抵抗して抜け出そうとするセレストを抑え込まねばならないから、簡単に勝てるわけではないが」


 今気づいたんだけど、この解説もしかしてセレストさんを自慢する変則型の惚気(のろけ)なんじゃないかしら?

 面倒なのに捕まったかもしれない、とそう思ったとき。


「いた」


「うお!?」


 後ろから肩を掴まれた。

 解説として放送部にいたはずのミリアだ。彼女はわたしとともにローランの肩にも手を置いている。


「ローラン、貴方の方が、適役、だね。来て」


「いや、俺は……」


 有無を言わさぬミリアの姿勢にローランは渋々立ち上がった。そして、ミリアはわたしの肩もまだ放していない。


「エリザベットも」


「なんでわたしまで……」


「実況席なら、カルバンに、声を届けられる、よ?」


 はい、行きます!

 一週間毎日更新達成!

 とはいえ、第3章が終わるまでは毎日更新を続けたい所存です。

 次回の更新は明日の昼12時頃になります。(分路)

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