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第58話(上):祭り始まり

 心地よいまどろみの中からゆっくりと意識が浮上する。


「んん……」


 重たい目蓋を手の甲で擦る。

 目覚めたばかりの頭は霞がかかったようで、夢と現実の境にいる気分だった。


「お嬢様、お目覚めになりましたか」


 部屋の入り口にサラが立っていた。起こしに来たのかしら?


「おはよう、サラ。ふわぁ」


 あくびが出てしまった。

 頭がまだぼんやりしている。気持ちはふわふわだ。

 でも悪い気分じゃない。むしろ、なんだか無性に幸せだわ。

 脳裏に浮かぶのは紅薔薇と月と王子様の幻想的な光景。嗚呼、とてもいい夢を見ていたような気がする。


「ねぇ、ちょっと聞いてよサラ。わたしったらなんだかすごくいい夢を見ていたような……」


 サラが吹き出した。


「ちょっと、どうしたのよ」


 クール系の彼女が吹き出して笑うなんて珍しい。

 彼女は俯き口を手で覆って、まだ肩を震わせている。


「す、すみません。そうですね、夢と思われるのも致し方ないかもしれません」


 サラはやっと顔を上げた。その表情は、これまたはじめて見たくらいの親愛と嬉しさに満ちていた。


「では、僭越ながら私から申し上げます──ご交際おめでとう御座います、お嬢様」


────────────────


 秋翠祭(しゅうすいさい)に浮かれる非日常的な学園を、わたしはこれ以上ないほどの上機嫌で歩いていた。校舎の周りには学生の企画した出店や貴族狙いの商人たちが所狭しと並んでいて、活気が溢れている。

 空は清々しい秋晴れで、天辺におわす太陽が眩しい。


「うん! いい日ね!」


 太陽が高い、ということはもう昼だ。大体11時前くらい。

 どうもわたしはロングスリーパーらしく、起きたときにはもう昼前だった。祭りには出遅れたけれども、秋翠祭自体に然したる思い入れはないので構わない。

 大事なイベントはただ一つ。


「お、着いた」


 ぐるりと回った壁の中から歓声と熱気が漏れてくる。

 学園が誇る円形闘技場。魔法大試合(トーナメント)の会場、つまりはカルバン様の決戦の舞台だ。


 闘技場に入ると、既に席は観衆でほぼ満員だった。

 魔法大試合(トーナメント)は男子の部と女子の部に分かれている。と言っても、男女で規模は大きく違っていて人数の少ない女子の部は男子の部の余興のような立ち位置だ。出場数が少ないから一日目の午前中だけで全試合が終わる。一方で、その後に執り行われる男子の部は一日半をかける。3倍……いえ、勝ち残り(トーナメント)だから8倍かしら?

 まあ、なんでもいいわ。とにかく、カルバン様の出番はまだ先なので、わたしはこうしてゆっくりとしているわけ。


「にしても、結構人がいるわね……」


 この闘技場は全席自由席だ。女子の部の時間はまだ人も少ないと思っていたのだけれど、あてが外れたわ。さて、どうしようかしらと周りを見渡していると、


「エリザベット様ー! 応援ッスか!」


 いまいち締まらない妙な敬語でわたしを呼ぶ声がした。アイリスだ。

 前を横切られる観客に頭を下げながら向かってくる彼女は、お弁当売りのように売り箱を首に掛け、背中にも箱を背負っていた。


「ま、そんなところよ。貴女の方は順調?」


 アイリスの持つ箱からは冷気で白い湯気が立っている。アイスクリームの売り子をしているのだ。熱気に包まれた闘技場では彼女が側に来るだけで、心なしか涼しく感じた。

 カルバン様と会う口実にはじめたアイリスのアイス事業は、原材料の確保や氷魔法がないと製造・保存が出来ないなどの問題から、結局アイリス本人と他同系統の魔法を使える生徒数人が個人で売る形で落ち着いていた。


「はいッス! 結構強気な値段設定だと思ってたッスけど、飛ぶように売れて怖いくらいッス。お金って有るところにはあるんスね……」


 まあ、わたしのためにはじめさせた後ろめたさはあったし、儲かってるなら何よりだわ。


「あ、そうだ」


 売り子として闘技場の中を歩き回っている彼女なら残ってるいい席を知っているんじゃないかしら。


「ついでに聞きたいのだけれど、思ったより人がいてどこに座ろうか迷ってたのよ。貴女、いいところ知らない?」


「それなら丁度いいところがあるッスよ」


 アイリスは迷わず答え、すっとある一点を指さした。


────────────────


『勝者! セレスト・リリシィ!』


 目を離している内に決着が付いたらしい。勝者はお馴染みのセレスト先輩。

 ま、順当よね。セレストさんは学園の女学生の中でも頭一つ抜けて強い。


『前年度優勝の貫禄を見せつけ、堂々の決勝進出だー!』


 今行われていたのは準決勝だったようだ。

 風魔法で拡大された実況の声、それに負けないくらいの歓声が会場から沸き上がっている。というかこの声ノエルじゃない。実況も生徒会の仕事なのかしら?

 まあ、いいや。

 アイリスが指差した先に着く。そこには盛り上がる会場の中にあって微動だにしない堅物がいた。


「お一人ですか? 隣、よろしくて?」


「どうぞ」


 ローランだ。

 他の観客たちは手を叩き、振り、立ち上がっては声を上げ、思い思いにテンションを上げている。けれども、彼は座ったまま腕を組んで静かに試合を見守っていた。ライブハウスで後方彼氏面するタイプらしい。まあ、彼氏面というか本当にセレストさんの彼氏なんだけどね。

 ローランの態度のせいか、満員に近い観客席で彼の周りだけぽっかりと穴が空いたように無人だった。仕方ない。無愛想な筋骨隆々の巨躯の隣で観戦を楽しみたい人は、あまりいないだろう。


「貴方、お友達は? いないの?」


「友達はいる。だが、皆魔法大試合(トーナメント)の出場選手だ。今頃は午後の大会の準備をしている」


 類は友を呼ぶという言葉のとおり、ローランの友人は武闘派揃いで血の気の多い連中だった。そんな輩がこのお祭りを見逃すはずはなく、自分の試合の直前では女子の試合なんて見てる場合じゃないのでしょう。

 あれ? そういうことなら、


「ローランは出場しないの?」


「ああ。『出るからには優勝せよ』と家からのお達しでな」


「あら、優勝する自信がないんですの?」


 悪役令嬢心がくすぐられる言い方だったので、意地の悪い問いかけをしてやる。


「いいや」


 しかしローランは迷うことなく否定して、不敵に笑って見せた。


「俺が出てしまっては、カルバン殿下とロミニド殿下に兄弟対決をさせてやれないだろ。『今年は王家に華を持たせる』と家には伝えてある」


 『出れば勝つ』と、言外ににじませる物言いだった。


「ふふっ」


「何が可笑しい」


「あ、いえ。ローラン様も逞しく成られたものだな、と。わたしなんかに懺悔めいた相談をしてたのが嘘みたい」


「それは、うむ……。セレストの薫陶のおかげだな」


 少し恥ずかしそうにローランは言う。その様子がまたちょっと面白かった。

 こういう親しみ面が広まれば、彼にももっと友達が増えてぼっち観戦することもなかっただろうに……?

 うーん、本当に一緒に観戦する人っていないのかしら?


「みんな出場するって言っても、少しは大会に出ない人もいるでしょう?」


 例えば、頭脳派のノエル──は実況か。おそらくミリアもノエルの側だろう。


「テオフィロとかは?」


「彼は放送部のエースだ。ノエルたちとともに働いている」


「あったわね、そんな設定」


 『放送部』というのは風属性の中でも音・情報系の性質に適性がある学生を集めた組織だ。今日のような催事にはスピーカー代わりに駆り出される運命にある。ご苦労様ね。

 テオフィロもダメとなると残ってるのは……。


「あ、そうよ。あの平民は? 姿が見えないけど、どこにいるの? 仕事中?」


「平民……メアリーか、彼女なら……」


『準決勝第二試合! 一人目の選手はー!』


 爆音で鳴るノエルの実況がローランの言葉をかき消した。

 彼はそれに気を悪くしたような風もなく、円形に並ぶ観客席に取り囲まれたステージを(おもむ)ろに指さした。


「もう出てくる」


『孤児院出身のニューフェイス! 貴族じゃなくてもその実力は本物だよ! メアリー・メーンだぁー!』


 腰に木剣を携えたメアリーが拍手と歓声、それに野次を飛ばす観客たちにぺこぺこと頭を下げながら入場してきた。


 なにしてんの、あいつ?


 さあさあ、始まりました秋翠祭。

 まずは余興にメアリーとセレストの戦いを。


 次回の更新は明日の9時半頃になります。

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