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第57話(上):紅薔薇の情熱よ

 前夜祭のそのまた前夜。遂に明日カルバン様に告白するぞという夜、わたしはメアリーを自分の部屋に招いていた。

 メアリーはわたしに気を遣っていたのか特訓中のグラウンドにはめったに来なかったから、最近はこうして夜に会うことが習慣のようになっていた。それも、今日が最後になるのかしらね。


「本当によろしかったのですね?」


「ええ。それに、今更とやかく言っても遅いでしょ」


 「確かに」とメアリーはくすくす笑う。

 何が『よろしかった』のかと言うと、カルバン様の中にある『ロミニドを助けたい』という気持ちを自覚させるのがわたしでなくてよかったのか、という話だ。

 『Magie(マジー) d’amour(ダムール)』のカルバンルートをなぞるなら、魔法大試合(トーナメント)との順番は前後することになっても、この気付きは利用した方が良い。カルバンが主人公との関係を深くするキーポイントになっていたからだ。

 けれども、わたしはそれを蹴った。

 わたしにはわたしなりの価値観があったし、何より、


「……」


「どうかされましたか? 私の顔に何か付いていますか?」


「いや、なんでもないわ」


 何より、主人公と同じことをしていては、いつまでも主人公(メアリー)に勝てないと、そう思っただけだ。


「というかねぇ、わたしが言わないからってあんたが言うことなくない? しかも、なんかいい雰囲気だったわよね!?」


「むしろ告白の前振りとしては丁度良いと思ったのです。幼いときにロミニド様へ感じた想いを自覚して、一晩考える時間があって、その上でエリザベット様の告白をぶつける。それでこそ最大限の効果が発揮されるでしょう」


 わたしの考えていることはゲームの逆張りに近い。だから、何も知らないよりゲームと同じ情報を先に与えた方が効果的なのは確かでしょう。


「後、ちょっと良い雰囲気だったのは私自身感じました。ごめんなさい」


「あん?」


 ざっけんなよ、このアマ。謝ればいいってもんじゃないわよ。


「エリザベット様、柄が、柄が悪いですよ!? 落ち着いて下さい。気品、テオくんが褒めていた気品を!」


 無言で拳を振り上げると、無礼な小娘は「きゃー」と叫んでソファーの方へ逃げていった。


「えっと、エリザベット様の告白への期待は煽っておきましたので、それで手打ちということに……なりませんかね?」


 ソファーの裏からひょっこりと顔を出してメアリーは言う。

 それ、ハードル上げただけじゃないかしら……。


 駄娘を放置して紅茶を飲むことしばらく、彼女が席に戻ってきた。

 メアリーは茶番で乱れた服装を軽く直して、場を仕切り直す。


「何はともあれ、いよいよ明日告白ですね」


 そう、泣いても笑っても明日には一ヶ月……いや、十年かけたカルバン様への片思いに結論が出てしまう。

 カタカタと音がした。

 ティーカップを摘まむ指が震えている。

 覚悟は何度も決めてきたはずなのに、告白のことを考えるとわたしはまだ竦んでしまう。


「私としては後夜祭の方がいいと思うんですけどね。イベントでテンション上がってますし、大仕事を終えた後の達成感もあって新しい関係を受け容れやすいと思うんですよ」


 こいつは今更何言って……。

 まあ、口調の軽さからするに、本気でそうすべきだと言っているわけではなく雑談程度のノリで言っているようだ。

 それはそれで腹立つわね。

 大体、告白のタイミングについてはもう散々話し合ったじゃない。


「嫌よ。カルバン様にはロミニド様との試合に集中して欲しいもの。わたしとあんたと告白の件が宙ぶらりんのまんまだと、気持ちよく試合に集中出来ないでしょうが」


 だから、カルバン様の決戦までには絶対に告白を済ませておく。それは最初から決めていたことだった。

 告白が成功してもしなくても、カルバン様に禍根を残したくはなかったのだ。


「……む」


 ああ、いけない。告白後のことまで頭が行くと不安がまた襲ってくる。もし失敗したら? 彼の口からはっきりと拒絶の言葉が出て来たら?

 いや、最悪なのは告白の前に怖じ気づいて何も出来ずに──


「流石、エリザベット様。どこまでもカルバン様が第一であらせられますね」


 そんなわたしの気を知ってか知らずか、メアリーはしみじみと感心したように呟いていた。

 他人事だからって暢気なもんね、と呆れながら紅茶を一口すする。


「……」


 湿らした唇も、カップを持つわたしの指も、今度は震えていなかった。

 …………。


「ねえ、あんたさ」


「はい? わたしがどうかしましたか?」


 なるべく、聞こえ方がキツくならないよう意識して尋ねる。


「あんた、わたしの告白をこっそり覗こうとか考えてる?」


「いえ、いえいえいえ。そんな、えへへ、ねえ? いくら私だってそこまで野暮ではありません。エリザベット様とカルバン様の神聖なる時を邪魔しようなんて、流石に」


 手と頭を横に振っていそいそとメアリーは否定する。そんなに強く否定されると返って怪しくなって見えてくるわ。

 まあ、それでもいいんだけれども。

 「もちろん、気にはなりますけど……」ともじもじしながら目を泳がす彼女に、言う。


「別に、釘を刺そうってんじゃないのよ。むしろ──」


 さっきの指の震えもそうだし、こいつと組むようになってから今までの数か月間でも度々そう感じることはあった。認めたくないことなのだけれど、どうもわたしという人間はメアリーと居る方が好調になるらしい。

 見下せる平民がいる優越感か、前世の記憶を持った同郷の仲間がいる安心感か。

 いや、きっと一番大きいのはプライドなんだと思う。悪役令嬢として主人公にだけは負けられないというちっぽけで下らない矜持だ。

 まぁ、そんなわけで、不本意ながらわたしがベストなパフォーマンスを発揮するには、彼女の存在が必要らしかった。

 だから、


「ええ、そんなに気になるならこのエリザベット・イジャールが許可してあげるわ。あんたさ、ちょっと告白、見ていてくれない?」


────────────────


 前夜祭。

 学園の大ホールでは舞踏会が開かれていた。豪華絢爛なシャンデリアの下では、調度に負けないほど華美に着飾った男女が優美に踊っている。彼ら彼女らはエメラルド学園の学生だけではなく、学園祭を見に集まった彼らの親族も交じっていた。貴族の親族は当然貴族である。公爵令嬢のわたしでさえめまいがしそうなほどの権力の坩堝だ。

 わたしとしてはこういった力を誇示する如何にも貴族的な催しは嫌いじゃないんだけれども、今日に限ってはそれどころではない。

 上の空で最低限の挨拶回りを済ませると、カルバン様の方も王子としての仕事は済んだようだった。丁度良いので彼にこっそりと声を掛け、ともに舞踏会を抜け出す。

 なんだか悪いことをしているみたいで、ちょっぴり胸が躍るわね。


 夜の学園を無言で歩く。本当は軽いおしゃべりなんかをして気分をほぐした方がいいんだろうけど、無理だわ。緊張でそれどころじゃない。

 無言故に、宮廷楽団の奏でる音楽が遠ざかっていくのがよくわかる。そして、その代わりに甘く華やかな香りが段々強くなって来た。

 薔薇の香りだ。

 秋咲きの紅薔薇に満ちた庭園。そこが、わたしが告白の舞台に選んだ場所だった。


「ほう、美しい場所ですね」


 月の銀光が照らす中、薔薇の園に入り、振り返る。

 あ、夜に見る正装のカルバン様も大人っぽくて素敵……。

 って、見とれている場合ではなく、告白告白。

 ここは最大限わたしが魅力的に見える背景としてメアリーと一緒に選んだ場所だ。目の前のカルバン様には深紅のドレスに身を包んだわたしが、周囲の薔薇に引き立てられて一層綺麗に見えている……はずだわ。

 一度深呼吸をする……よし、いくわよ。


「ッキャル──」


 噛んだ。

 え、嘘でしょわたし、この大一番で、マジで?

 ダサい、失敗した、みっともない、うっわ恥ずかし……!

 あ、いや、そうじゃなくて、こんなこと思ってる場合じゃなくて、もう告白するってカルバン様にはバレてるんだから早く取り返さないと。

 頭ではわかっていても、焦りと羞恥で言葉が出ない。焦りは余計に増していく。

 まずい、まずい、まずいまずい──。


 ガサリ、と(いばら)の絡んだ柵が不自然に動いた。


「……!」


 カルバン様の斜め右奥、暗くて見えにくいが、目を凝らせば折り重なった茨と葉の隙間に見慣れた茶髪が見えた。


「さて、誰か来てしまいましたか」


「いえ、ただの……そう小動物でした。りすでも紛れ込んだのでしょう」


 振り返ろうとするカルバン様を止める。

 とにかく、いい仕切り直しになった。メアリーに助けられてしまったわ、不覚。

 全く、わたしは何度同じことを繰り返しているんだろう。前にもこうやって、カルバン様の前で言葉が詰まって、メアリーにフォローされたことがあった。

 みんなにあんなに褒めて貰ったのに、わたしは自分に自信が持てていない。今だって、恥ずかしくてカルバン様の前から逃げ出しそうになっている。大好きなのに。


 でも、そんなわたしにも一つだけ確信出来ることがある。


「……」


 一瞬だけカルバン様から視線を外した。

 茨の柵、その向こうに潜んでいる女の方を見る。いや、睨む。

 わたしはこの世界(ゲーム)の悪役令嬢。

 優しくて、奔放で、みんなに愛されるあの女を、嫌って、腐して、楯突いて、最後にざまぁされる運命でも、それでも彼女に反抗する。

 だからこその悪役だ。

 だから!


 あいつの前で、情けない姿を見せてらんないのよ……!


 今度こそ、カルバン様の目をしっかりと見る。

 胸を張れ。偉そうにするのは得意でしょう?

 奮い立て。メアリー・メーンが見ているぞ。

 大丈夫。心にも、身体にも震えはない。


「ふふっ」


 思わず笑ってしまった。

 我ながらどうかしている。大好きな相手への恋慕より、大嫌いな相手への意地の方が強いなんて!


「どうかしましたか?」


「いえ、なんでもありませんの。ええ、本当、取るに足らない些細なことですわ」


 でも、おかげで心は軽くなった。

 いける、今ならきっといける。

 さあ、肝心なのは最初の一言よ。

 考えに考えた無数の候補。どれが一番か、ギリギリまで迷って、実は未だに決めかねていた。

 けれど、うん、もういいや。

 難しいことは考えず、今はただ正直な気持ちを、ありったけの想いを、貴方に……!


「──カルバン様、大好き!」

次回は明日の18時頃に更新します。(分路)

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