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第55話(上):特訓ダイジェスト

 カルバン様の特訓の日々が始まった。


 一週目、訓練では『軽化』を使った身体に慣れることに専念しながら、ノエルとともに魔道具の開発を進めていた。

 二週目、調整した魔道具の補助を受け、炎魔法のアフターバーナーで加速しても崩れない姿勢制御を修得する。

 三週目、実戦形式の訓練をはじめる。炎弾を乱れ打ちするロミニドを想定して、水魔法を撃つノエルと『速度』の風魔法で高速の投石をするセレストの二人を相手取る。

 そして、あっと言う間に四週目。最終的なビジョンを見据えて武器を持ち替え、時間が許す限り実戦経験を重ねる。


 あ、そうそう。懸念してた秋翠祭準備の仕事については、幸いにもノエルとテオフィロが上手くやってくれて、カルバン様は特訓に集中することが出来た。なんでも、テオフィロの留学生を中心とした人脈と、ノエルとミリアが脅──お願いして集めた人員で臨時の学園祭実行委員会を作ったらしい。ノエミア、怖い。


 わたしもその間遊んでいたわけではない。

 日中はタオルとお手製のスポーツドリンクを用意してカルバン様をサポートし、夜はメアリーと告白について考えたり、カルバン様の進捗と特訓メニューを見直したり、乗りかかった船なアイリスのアイスクリーム事業を手伝ったりと忙しくしていた。

 後、何故かついでにさせられることになったセレストさん仕込みの特訓も忘れず続行されている。けれど、わたしの体力がなさ過ぎるせいでどんなトレーニングも長くは出来ないから、結局グラウンドで過す時間の大半は特訓に励むカルバン様を眺めることになっていた。目の保養にはなるわね。

 今も、彼らの模擬戦を木陰から眺めている。


「カルバン! 得物を無駄に振り回すな! 身体の芯から逸れている攻撃は軌道の微調整で避けるか無視しろ!」


「くっ……はい!」


 秋翠祭まで残すところ後二日。

 明日は前夜祭と祭りの準備で特訓の時間が取れない。今日が実質的な最後の日になるってことで、活を入れるセレストさんにも気合いが入っていた。


「数増やすよー! 追尾も入れてくからね!」


 ノエルが声を上げる。準備していた魔法が完成したのだ。十近い魔法陣がノエルとセレストの後ろに咲く。そこから放たれるのは蛇のような水流の群れ、ある物は真っ直ぐに、ある物は弧を描き蛇行しながらカルバン様を食らわんとする。


「はっ!」


 カルバン様は身を捻り、マントを盾とし、軌道を曲げて回避する。

 全てを回避したかに見えたカルバン様に、回り込んだ一筋が足をめがけて追いすがった。


「追尾もあるって言ったよね!」


 カルバン様は空中で側転するように身を回し、強引に得物で足下をなぎ払う。

 抜けた!


「やった!」


 しかし、喜んだのもつかの間。カルバン様は崩した姿勢を立て直せずに地面に肩から突っ込んだ。


「カルバン様!!」


 脇に置いたタオルとボトルを掴んで駆け寄ろうとするが、彼に手で制止された。

 カルバン様は立ち上がり、


「まだまだ、こんなもんじゃありませんよね?」


 不敵に笑って、模擬戦を続ける。

 こういった事故は何度もあった。初日から明かだったけど、姿勢制御は一番の難関だった。加速に失敗したり、軌道がぶれたり、今みたいに迎撃で無理を強いられたり、パターンも様々に何度も何度も転んだ。

 そして、その度にカルバン様は何度でも立ち上がった。


 わたしはそのお姿を見て、思うのだ。


「ああ、やっぱり好きだなぁ」


 想いを強めて、傍らにあったノートを膝上に開く。

 カルバン様を見て、こうして想いが昂ぶったときに告白の文面を考えているのだけれど、ページの上には斜線で乱雑に消した文章が幾つも並んでいるだけだった。うーん、想いを言葉にするのって難しい。

 今も取りあえず思うがままに書いてみる。

 うん、いまいち。


「エリザベットー!」


 よりよい表現はないかと首を捻っていると、セレストに呼ばれた。

 彼女とノエルの側にカルバン様が立っている。ノートに気を取られている内に、訓練がもうワンセット終わったようだった。


「はーい」


「そろそろ体力も戻っただろ。君も走れ」


「はい……」


 まあ、その、丁度告白の思案も煮詰まっていたところだったし、いい気分転換にはなるかもしれない。

 あれ、これ誤用だったかしら?


────────────────


 砂礫と水が絶え間なく襲いかかる。

 ロミニドの炎弾を模した砲撃だ。

 避けるべき攻撃の見極めを意識しながら、弾幕の間を縫うように飛ぶ。

 はじめは走ることすらままならなかった『軽化』だが、無理な動きをしなければ制御を失わない程度には慣れていた。一ヶ月弱という期間を思えば、我ながら上出来だろう。

 最後、水流に隠すように飛んできた石を叩き落としセレストとノエルの元に到達する。炎弾を捌く訓練としては一区切りだ。

 もう一度、と言う前にセレストがエリザベットの方を向く。


「エリザベットー!」


「はーい」


「そろそろ体力も戻っただろ。君も走れ」


「はい……」


 エリザベット・イジャール。彼女がここに来る意味ははっきり言って、ない。セレストやノエルのように訓練の相手にはならず、ローランやミリアのように戦術的な知識があるのでもなく、そしてメアリーのように救護のすべがあるわけでもない。

 しかし、それでも彼女は、特訓がはじまってから毎日ここに来ていた。

 私が休憩に入るとタオルと『スポーツドリンク』なる飲料を甲斐甲斐しく持ってきたり、こうして時たまセレストに声をかけられ運動したりしていた。

 そして、何よりいつも訓練する私のことを見ていた。ずっと、飽きもせず。


「そう面白いものでもないと思いますが……」


「何か言ったか?」


「いいえ、何でも」


 こうしてこのグラウンドで彼女たちと訓練するのはこれが最後だ。

 これも、いい機会かもしれない。


「セレスト、少し休んできても構いませんか?」


 逆の立場になってみれば、少しは彼女の気持ちも分かるかもしれない。

 そう思ってしまったのは、絆されている証拠だろうか?


次回は明日投稿します(分路)

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