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第54話(上):転職しよう!

「カルバン様、貴方に贈りたい物があります」


「ほう、それは嬉しい」


 メアリーに支えられたエリザベットを前にして、心にもない言葉を口にする。

 正直、落胆していた。

 メアリーたちが暗躍しているからどんな手を使ってくるかと思えばプレゼントとは。あまりにも安直で、期待外れだ。


「貴方に贈る物、それは──」


 自分は彼女たちを過大評価していたかもしれないと、そんな断定をしかけて、


「『勝利』です」


 目を見張った。


────────────────


 翌日、わたし(・・・)たちはグラウンドのような開けた場所にいた。

 ようなというか、まんまグラウンドね。

 学園の敷地からは少し距離のある飛び地になった運動場で、その不便さから人気の少ない場所だ。わたしもはじめて来たわ。

 そんな辺鄙(へんぴ)なところにわざわざやって来た目的は一つ。

 秘密の特訓だ。


「かカルバン様、特訓をはじめる前に、昨日お話した方針について確認しましょう」


「ええ、お願いします。コンセプトをはっきりとさせておくことは大事ですからね」


 特訓の主役であるカルバン様は、運動前ということで珍しく装飾のほとんどない装いだった。いつもより一層爽やかさが際立っている。当社比二倍くらい。


「ん? そうか」


 軽く跳んだり手足を伸ばしたりしていたセレストが動きを止める。着くなりアップをはじめるのは意欲的でありがたいけど、彼女の場合は落ち着きがないだけな気もするわね。

 カルバン様、わたし、セレスト。今日の面子はこの三人だけだった。

 他のみんなはカルバン様が抜け出した穴埋めとして生徒会の仕事、特に学園祭関係の仕事を片付けるため生徒会室に詰めている。

 生徒会庶務であるメアリーも当然生徒会側に行っているので、カルバン様特訓計画の仕切りはわたしが一手に担うことになる。

 頑張って、『出来る女』なところをカルバン様に見せなくては……!


「ところで、セレストさんって生徒会の書記補佐なんですよね?」


「仕事に行かなくていいのか、と言いたいようだな。問題ない、一向に構わん。私が居たところでローラン一人でやるのと大して能率は変わらんからな!」


 ま、まあ、本人はこう言っているが、カルバン様の特訓相手にセレストさん以上の適任がいないのも事実。適材適所というやつよね。セレストさんが役立たずというわけではない、多分。


「オホン、では気を取り直して。私たちの目標は魔法大試合(トーナメント)における打倒ロミニド様です」


 王立エメラルド学園の学園祭『秋翠祭』のメインイベント、魔法大試合(トーナメント)。ゲーム『Magie(マジー) d’amour(ダムール)』では、カルバン様は絶対に兄のロミニド様に勝てない。

 よって、わたしたちが倒そうとしているのはロミニド様であるが、それ以上に、この世界(ゲーム)の運命そのものへの挑戦でもある。


「エリザベットたちの見立てでは、私はこのままでは必ずロミニド王子に負ける。そうですね?」


「……はい」


 カルバン様がかつて助けたいと願ったはずの兄を他人のように呼ぶことについては、一旦置いておく。


「しかし、その理由は単純な実力不足などではありません」


 昨日メアリーが提議し、みんなで話し合ったことだ。

 カルバン様をロミニドに勝たせるには、まず現時点では何故勝てないかを明らかにする必要がある。


「仮に、万が一、百歩譲って、ですよ? カルバン様がロミニド様に劣っているとしても、それだけなら相性や長所の押しつけで勝てる可能性があります。ですから、あの女が『絶対に勝てない』とまで言い切る根拠は──」


「私がロミニド王子の模倣を……彼の戦い方に捕らわれているから、ですね」


 今のカルバン様の戦闘スタイルは魔法杖(ワンド)を持ち、自分は一点に陣取って、敵に魔法で生み出した火炎を撃つ、オーソドックスな中長距離レンジ型だ。火力が高く放出性に優れる火属性や水属性の魔法使いに多いスタイルで、ロミニドもこの固定砲タイプである。

 しかし、同じ火属性の魔力でも純粋な『火炎』の性質が強いロミニドと『軽化』の性質が強いカルバン様では、火炎を撃つ効率が大きく異なる。

 最適ではない性質をメインとしているのに同世代でも屈指の実力者となっていること自体はカルバン様の才気の証明だけれども……。


「魔法使いの修行は己の魔力性質に合った戦闘スタイルを模索するところから始まる。不適な性質で最適な性質を持つ者と競うのは、はっきり言って愚かだ。下位互換にしかならないのだから」


「手厳しいですね。しかし、ええ、その通りだと認めねばなりません」


 顔に少し影が差したものの、割合素直にカルバン様はその事実を認めた。


「ですから、カルバン様にはご自身の魔力にあった戦い方を身につけていただきます」


「『軽化』ですね」


「はい。一昨年の宮廷王覧競技会で見せた大跳躍はお見事でした」


 ゲーム知識とこの世界の経験両方で、カルバン様の魔力の性質は『軽化』だと断言できる。

 肝心の軽化に合った戦闘法だが、それは、


「速攻重視の近接型」


 昨日メアリーが提案していた。二人きりになってから聞いたところによると、『Magie(マジー) d’amour(ダムール)』の続編、つまり今のわたしたちからすれば未来のカルバン様が開眼する戦闘法らしい。

 身体と装備を軽くすることで、通常ではあり得ないほどの加速と機動力を得る。

 要は車やミニ四駆なんかと同じね。基本的にあらゆるものは軽い方が速い。通常人間には数十キロの自重があり、武器や防具も結構な重さがあるものだが、カルバン様はそれを無視出来る。

 その動きはまさに異次元……ということらしい。


「私のような風属性『速度』の魔法使いと同じような戦い方だな。高速機動を活かしたヒットアンドアウェイ。違いとしてはカルバン様のような『軽化』型の方が自重が軽いために空気の抵抗や外乱に弱い」


「それでは、セレストの下位互換になりませんか?」


 カルバン様の疑問にセレストさんは首を横に振る。


「悪いことばかりでもありません。空を飛ぶことにかけては『軽化』は最適な性質ですから、より三次元的な戦いが出来ます。曲線的な動きも得意ですし、軽化とその解除を細かく行うことで攻撃時のインパクトを強くしたり不規則な動きを行ったりすることも出来ます。直線的な『速度』型に比べ、よりトリッキーな印象ですね」


「怜悧なカルバン様にぴったりですね!」


「……褒め言葉として受け取っておきます」


 心から讃えたのだけれど、カルバン様は微妙な表情をされていた。

 それから、彼に釣られたのかセレストさんの表情も曇る。


「ただ……問題は期間です。通常戦闘スタイルの確立は基礎の修得にも半年から一年を掛けるものです。一ヶ月で、というのは……」


 魔法使いから剣士にクラスチェンジするようなものだ。RPGなら一瞬で出来ることだけど、現実はそう簡単じゃない。それに、RPGでも転職したらレベルは1に戻ったりするわよね。そこから実戦レベルにまで鍛え直すのは容易じゃないわ。


「戦闘への本格的な応用ははじめてでも基礎の心得はあります。想定するシチュエーションを一対一の試合に絞れば」


「ステージの大きさを固定すれば必要な動きのパターンは……。回避と迎撃についても炎弾のみに絞れば良いなら……いや、私見ですが、それでも厳しい」


「足りない部分は努力でカバーしますよ。それにノエルの協力があるなら魔道具で──」


 カルバン様とセレストさんが期限に間に合うような具体的なプランを詰めて行く。正直、専門的な話になってくると素人のわたしには入る隙がない。


「よし」


 セレストさんが拍手を打つ。話はひとまずまとまったようだ。


「なんにしてもまずは基礎の確認からだ。早速訓練に入ろう。エリザベットは──」


「はい! わたしに出来ることなら何でもします!」


「いや、その……」


 セレストは言いにくそうに目をそらした。なにか困難な要求をされるのかしら?

 『何でも』は言い過ぎたかと身構えていると、目が合わないままセレストは言った。


「危ないから離れていてくれ」


 あ、はぁい……。

次回は土曜日に更新します(分路)

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