第53話(下):軌跡の価値は
『貴方の思い出』が写す、幼いカルバン様とその兄ロミニド様を見て思い出した。
カルバン様は兄のロミニドを救いたかったのだ。そんな彼の瞳は、ロミニドを第一王子としてしか見ていない他の人とは違って、等身大の兄自身をちゃんと見ていた。それがわかったから幼いわたしはカルバン様に惚れたんだわ。
つまり、わたしは──。
「ん?」
だから、わたしは………。
「ねえ、もしかしてわたしがカルバン様を好きになったのって……」
「はい、カルバン様なら、公爵令嬢としてではない本当のエリザベット様を見てくれる。見捨てないでくれると、そんな期待が恋に──」
「ああああああぁあああああぁあぁぁあああ」
「お、お嬢様! お気を確かに!」
「え、なんでですか!?」
椅子から転げ落ち、床にうずくまるわたしに二人が駆け寄る。
「カルバン様への想いがそんなしょうもない理由だったなんて……」
言うと、隣に人が来た気配がした。
「しょうもなくなんてないですよ」
しゃがみ込んでわたしに目線の高さを近づけたメアリーが優しい声音で言う。
「エリザベット様ご自身の芯に関わる大切な──」
「それがしょうもないって言ってんの!!」
見当外れなことを言いそうなメアリーを、何か言う前に一喝した。
「だって、それじゃ、わたしは見捨てられたくないがために! ただの我が身かわいさで! カルバン様を好きになったことになるじゃない!」
メアリーの両肩を掴んで前後に振る。
「あれだけ、お兄様に負けても諦めない反骨心とか克己心とか、ギラギラした向上心を秘めてるのが好きって言ってたのに! 本当は自分にも優しくしてくれそうってだけだったなんて! 恥よ。一生もんの大恥よ」
「あ、ああ……なるほど、そうなるのですね……」
メアリーはなされるがままにガクガクと身体を揺らしながら、どこか遠い目をしていた。
それからわたしが落ち着くまで、ティーポッドの中身が空になるほどの時間を要した。
やっとわたしが過去を受け入れはじめた頃合いを見計らって、紅茶を淹れ直していたサラが切り出す。
「それで、メアリー様とエリザベット様の今後の方針とされましては……」
わたしから解放され、席に座って一息ついていたメアリーがサラに頷きを返した。
「はい、魔法大試合と順番は前後してしまいますが、エリザベット様にはカルバン様に『貴方は本当は兄を倒したかったのではなく救いたかったのだ』ということを思い出させていただこうかと思います。カルバン様の奥底にある芯に触れる内容ですから、きっとその過程で──」
「ねえ」
メアリーを遮る。少し前、空き教室で言おうとしてカルバン様が現れてうやむやになったことだ。
どうもわたしはカルバン様の優しさに惚れたらしい。
それは認めましょう。事実なんだから仕方ない。
だからといって、兄への嫉妬や劣等感を孕みながらもそれを隠して強かに笑うカルバン様が大好きだっていうこの想いは、捨てられない。
碧い瞳の奥に秘めた暗く熱い炎、その輝きに魅せられていた十年の軌跡が間違いだったなんて認めない。
だから、
「わたしはカルバン様に勝って欲しい」
「それは……」
メアリーが呟く。その響きには否定的なニュアンスが含まれていた。
あんたは知らないんだ。
プレイヤーとして神の視点でどれだけキャラの内面に詳しくなっても、それはただの知識でしかない。
わたしは知っている。
カルバン様はわたしに見向きもしなかったたけど、わたしは誰よりカルバン様を見つめてきた。
「ええ、わたしは知っているの。カルバン様がどれだけロミニドに複雑な想いを抱えていて、どれだけ勝ちたいと望んで来たかを。好きな人の願いは成就させてあげたいでしょ?」
「お嬢様」
わたしたちが座るテーブルからは一歩離れて静観していたサラがわたしの隣に立つ。
「私も同じです。私も、エリザベット様の想いが成就して欲しいと願っております」
「そ、似たもの主従だったのね、私たち」
ほくそ笑んで、隣に立っているサラの顔を見上げると、彼女も静かに口角を上げていた。
サラはわたしの味方だ。一方で、メアリーはまだ渋い顔をしている。
「さあ、二対一よ。あんたはどうなの?」
「でも、カルバンがロミニドに勝つ展開はマジダムにはありませんよ?」
「それを言うならエリザベットがカルバン様と付き合うこともないでしょうが」
どのみち、わたしたちは不可能を可能にしなくちゃいけないんだ。
だったら不可能がひとつくらい増えてもいいんじゃないかしら。
「で、でも、カルバン様を勝たせるなんて、具体的にはどうするんですか?」
「ふ、決まってるじゃない。ノープランよ」
「ええ……」
当たり前よ。
魔法についても戦闘についても専門外。前世の知識だって朧気で、そもそも『Magie d'amour』本編しか知らないわたしの知識じゃ本編で起こってないことは起こせない。
そんなわたしにカルバン様に勝利をもたらす知恵なんてあるわけがない。
「啖呵を切っといて情けないけどね、わたしには出来ないわ。けれども、あんたには出来るんじゃないの?」
メアリーがハッと目を見開く。
「あんたは主人公なんだもの。やろうと思えばきっとなんだって出来るし、何にだってなれる。あんたは、その、この世界の中心でみんなを照らす太陽のような人なんだもの。だったら、これくらいのことはやってみせてよ」
「エリザベット様、私のことをそんな風に……!」
よほど嬉しかったのか、それとも恥ずかしいのか、メアリーは口元をによによさせながらわたしの方を見たり見なかったりと落ち着きなく視線を動かしていた。
丁度良い、わたしだって自分が言ったことが恥ずかしくて、あまり人に見せられない顔をしている。
「そこまで言われてしまっては仕方ありません! わっかりました! なんとかしてみせます!」
わたしの主人公が頼もしく宣言した。
その後は、サラの見守る中わたしとメアリーの二人で──、と言っても具体的なところはほぼメアリーが考えたんだけれど、それでも二人一緒に、夜が更けるまでカルバン様をロミニドに勝たせるための作戦を練った。
さて、ひどく遠回りをしたけれども、ここに来て漸くわたしの目指す先が、わたしの望みが見えた。
カルバン様と結ばれたい。
ロミニドに勝ちたい。
わたしだけじゃない、彼とわたし、二人の悲願を二つとも成し遂げるんだ。
次回は木曜日に更新します。(分路)