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第53話(上):軌跡の価値は

 時は少し遡る……。

「と、その前にですね」


 『本当のエリザベット様を思い知らせてあげます』などと大見得を切ったメアリーだったが、すっと熱を下げて話題を別のことへ移そうとしていた。


「あんた、さっきの威勢はどうしたのよ」


「そこはそれ、明日になってからのお楽しみということで。せっかく、『貴方の思い出(マイ・メモリー)』を出したのですから、他にもやっておきたいことがあります」


「やっておきたいこと?」


「はい、エリザベット様にはもう一つの原点を思い出していただこうと思います」


「えぇー、またぁ……?」


 渋い顔をしていると、メアリーは


「だ、大丈夫です! 今度は楽しい記憶のはずです!」


 とフォローしてきた。しかし、今までの実績からこいつの太鼓判に信用は欠片もない。


「エリザベット様の思い出ツアー第二弾は、ずばり、カルバン様に惚れた瞬間です!」


「んっ! それは、覚えてない、けど」


「ですよね。 セレスト様やミリア様はこの自分の恋愛における原点回帰イベントをやっています。わたしも同盟組むときにお話ししましたよね?」


 セレストは自分に負けても諦めず立ち向かってくるローランの姿勢。メアリーは自分を分かってくれた嬉しさ。こいつは、えっと、なんだっけ?

 あ、そうそう。入学しにきたときに助けられた優しさとかそんな甘っちょろいことだったか。


「ですが、エリザベット様はまだですよね。良い機会ですから、エリザベット様にもちゃんと自覚をしていただこうかと思います。きっとカルバン様攻略の助けにもなりますよ!」


 異論はないが、自分すら知らないわたしとカルバン様との間の事柄をメアリーが訳知り顔で話すのが、なんかムカつく。思い出せない自分が悔しい。

 カルバン様を好きになったきっかけ、ね……。確かに気になる。


「で、いつなの?」


「実は先ほどの記憶と関連しています。エリザベット様の脱走事件の数ヶ月後、王城で行われた舞踏会です」


 メアリーの言葉に導かれるかのように『貴方の思い出(マイ・メモリー)』のページが開く。

 今度の最初の写真は、


「ロリザベット様?」


 サラが口慣れない言葉を自信なさげに呟いた。って、


「ちょっとメアリー、あんたのせいでサラが変な言葉覚えちゃったじゃない」


「ごめんなさい」


 本気で悪いと思っているのか怪しい軽さでメアリーは頭を下げる。

 彼女はさておき、果たして、そこに写っていたのは幼いわたしだった。数ヶ月後、とメアリーが言っていた通り、外見年齢は脱走時の写真と変わらない。変わっているのは、今度はしっかりと子供用のドレスを着込んでいることだ。周囲には正装の大人たちや煌びやかに飾られたホールが写っているが、中心にいるわたしの表情は浮かない。


「エリザベット様は退屈そうですね」


 わたしは結構舞踏会が好きな方だ。大規模なら大規模なほどいい。こう、権威をこれでもかと見せつけて、貴族同士で無駄に堅苦しい挨拶していると、上流階級の実感がぐんぐん湧く。

 とはいえ、そう思うようになるのはある程度成長してからのことだ。


「ま、舞踏会の子供なんてそんなものよ。大人は自分のことに忙しくて子供はほっとかれるし。もう少し成長すると舞踏会の作法も色々分かってきて楽しくなるんだけどね」


 そんな退屈していたわたしが目をとめた物が、次の写真だ。


「ロリニド様……?」


「サラさん、ロミニド様は男性なのでショタニド様です」


「メーアーリィー!」


 すごんでみたけれども、流石にこれはロリの響きを気に入ってしまったらしいサラが悪いかもしれないわ。

 次の写真は大きく幼いロミニド様が写ったものだった。彼も退屈そうに見えるが、まあ彼についてはいつものことね。


「それにしても、ロミニドってこんなに小っちゃい時からハイライトがないのね……」


「ロミニド様は物心ついたときには王子としての自分に取り入って利用しようとしている周囲に気付き、人間に期待するのを諦めていたそうですから……。早熟だったのです。だから(・・・)でしょうね」


 意味深なイントネーションだった。


「なにが、『だから』なのよ」


「お気づきありませんか? 写真の右端。見切れていますが……」


 ロミニドの隣、写真の右側にはピントが合っていないが彼より少し背の低い子供が居て、彼に話しかけているようだ。

 ロミニドと同じ金髪、ロミニドが着ている服と同じ造りの袖。これは……!


「カルバン様!」


 でも、どうして見切れているんだろう?

 わたしの視点なら焦点は常にカルバン様に合っているはず……あ、いや、違うんだわ。

 メアリーはわたしがカルバン様に惚れた瞬間を教えようとしている。なら、その前段階なこの時のわたしはまだカルバン様を好きになっていないんだ。

 全く、見る目のないガキね。


「でも、じゃあなんでこのわたしはロミニドを気にしてるの?」


「共感、ですよ」


 メアリーが呟き、わたしを見る。『思い出したか』と聞かれている気がしたので首を横に振ると、彼女は話し出した。


「当時のエリザベット様は脱走事件の記憶も新しく、無自覚ですが『自分は肩書きしか求められていない』と強く感じている状態でした。それは、ロミニド様と近しいものがあります」


 王子としての自分を祭り上げようとする人間たちに絶望したロミニド。みんな自分を敬うような体を取っているけれど、王子の肩書きが欲しいだけで、本当の自分のことなんかどうでもいいんだと、きっと彼は思っていた。そんな彼にわたしは共感を覚えたんだわ。


「だから、ロミニドに注目した……」


 けれども、彼には──。


「次のシャシンもロミニド様とカルバン様で御座いますね」


 考えがまとまらぬ間に、サラが次の写真を示した。

 今度はカルバン様にもピントが合っている。ふわふわした金髪に、やわらかそうなほっぺたとお手々。天使のようだわ。

 そんなかわいい、かわいいカルバン様はロミニド様に話しかけ続けているようだったが、ロミニドはカルバン様に顔も向けない。可愛くないガキね。


「さて、サラさん、何か気付くことはありませんか?」


「そうですね……カルバン様、昔はお兄様と仲がよろしかったのですね」


「あ、そうね。そういえば」


 そうだ。昔、小さな頃のカルバン様はロミニド様に好意的だった、というかべったりだった。ロミニド様は、まあこんな子供だったのでずっと塩対応だったが、カルバン様は諦めずに話しかけていた覚えがある。


 それが変わってしまったのはいつからだったっけ?


「無視されてもロミニド様に話しかけていたカルバン様に、エリザベット様は興味を持たれたようですね」


 メアリーが右のページの一番上を指す。

 わたしとカルバン様のツーショットだった。


「これ、額に入れて飾って良いかしら」


「残念ながら、『貴方の思い出(マイ・メモリー)』には神授遺宝(アーティファクト)特有の破壊不能特性があるので写真を剥がすことも切り取ることも出来ません」


「ちぇっ」


 ロミニドの姿はない、場所も少し移動したようだ。折角のツーショットなのに、わたしは仏頂面だった。

 まーだ、好きになってないらしい。

 メアリーが再びわたしを見る。しかし、何も思い出せないわたしは首を横に振るしかない。


「エリザベット様はカルバン様に聞いたのです、なんでそっけなくされてもロミニド様に話しかけるのかって。そしたらカルバン様なんて答えたと思います?」


「……シンキングタイムを要求するわ」


 参考にならないかとちら見した次の写真はわたしの横顔だった。目を軽く見開いて、口はぽかんと開いていて、頬が紅潮したわたしの顔だった。

 自分が恋しちゃった瞬間を見るのって、なんだか気恥ずかしいわね……。

 ともかく、この写真からしてもメアリーの口ぶりからしても、その回答がわたしがカルバン様に惚れた決定打なのだろう。

 それは是非とも答えたい。

 答えたいんだけど……思い出せない。


「ギブ……」


「それでは、僭越ながら私から。カルバン様はこう答えました。『だって──』」


『だって、僕が見捨てたらお兄様は独りになってしまうじゃないですか』


 鮮烈に、カルバン様の言葉が、声が、表情までもが、わたしの脳裏に蘇った。

 そうだ、そうだったわ。

 カルバン様はお兄ちゃんを助けたかったんだ。下手に賢くて第一王子なんて地位を背負ってしまったために、人間不信で孤独になってしまった兄を。

 だから兄に勝ちたかった。勝つことで、ロミニドが万人の上に立つたった一人の孤独な王様なんかじゃないって、対等な相手がここにいるよって教えてあげたかったんだ。


 そしてこれは驚くに値しない(・・・・・・・)ことだ。

 なぜなら、


「カルバンルートってそういう話だったものね……」


 Magie(マジー) d’amour(ダムール)においてカルバン様は魔法大試合(トーナメント)でロミニドと直接ぶつかり、敗北する。

 カルバンルートの肝はその後だ。

 主人公のサポートがある万全の状態でもなおロミニドに届かなかったことで、カルバンは少しずつ荒れ始める。その結果、完璧な王子の仮面に隙が出来て、主人公は彼のより深い部分を知ることになるのだ。

 カルバンは焦りと苛立ちを主人公にぶつけてしまったり、悪魔の甘言に惑わされたりしながらも、寄り添う主人公の支えもあって、自分の兄へのライバル心が優しさから生まれたことだったと気付き、素直じゃない兄と無事に和解する。

 カルバンルートの後半はこんな感じだった。

 だから、カルバン様が本当は兄を『倒したい』んじゃなくて『救いたい』と思っているなんてことはカルバンルートをプレイしていれば誰でも知っていることだ。

 なのにわたしは、今の今までそのことを忘れていた。


「こ、こんな初歩的なことを忘れてたなんて……! カルバン様のファン失格だわ……」


「いえ、私は寧ろ凄いことだと思います」


「はあ?」


 両手で顔を覆って嘆いていると、メアリーが明るく声を掛けてきた。


「だって、それは今のエリザベット様が前世で見たカルバンルートの常識を忘れてしまうくらい、カルバン様のことを好きってことですよね? この世界で積み上げた想いが前世の知識を塗りつぶしてしまうほど大きかったからこそのうっかりです。凄いことだと思われませんか?」


「あんた、ホント、物事をいいように捉えるわよね……」


 底抜けのポジティブさに、呆れて溜め息を吐く。

 ただ、その楽観視が悲観的なわたしにはありがたいというのも、また事実だった。

 次回は明日の朝に更新します。(分路)

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