第52話(下):Cheer for you!!
「俺か」
『エリザベット様をほめそやす会』という嬉し恥ずかし胡乱ながらも大変に心が満たされる会合。それも終盤にさしかかっていた。
最後に残ったローランに皆の視線が注がれる。
「ぬかったわねローラン。こういうのはね、後の方に成る程言うことがなくなって困るものなのよ。セレストさんが喋ってときに適当に同調して発言義務を消化しておかなかったのを後悔することだわ!」
「君はどういう立場でそれを言っているんだ……」
ローランに向けて言ったら隣のセレストが「自分のことだぞ」と呆れていた。
自分のことだからこう言ってるんですぅ。
「出遅れたのは確かだが、心配は無用だ。エリザベット、俺も貴女に伝えたかったことがある」
ローランは冷やかすわたしにもツッコむ彼女にも動じない。その無愛想な語り口はマジな空気を感じさせる。
「以前、俺の話を聞いてくれたのを覚えているか?」
「え、ああ、はい。セレストさんに叱られた後のことでしょ?」
ローランが魔獣キメラを前に何も出来ず、無力感で凹んでいたらセレストに叱られて更にへこたれていたあのとき。わたしは彼の話を適当に聞いてやった。
「ああ、あのときのことを俺は本当に感謝している」
「ええ、それならもう聞いてますけど」
覚えている。
「礼ならメアリーとセレストに」と言ったのに、律儀なこの男はわたしにも頭を下げていた。
「そうか。あ、いや……。いかんな、口が下手だ」
ローランは迷うように短く切りそろえられた緑の髪を掻く。
「俺は貴女に救われた。言いたいのは……そう、貴女には人を救う力がある、ということだ」
「そんな、買いかぶりすぎですよ。救うだなんて、そんな大層なこと……適当に相手しただけです」
「ならば、なお凄い」
ローランは口角を上げて愉快そうに言う。
「エリザベット、貴女は意識せずとも他人を救える人だということなのだから」
「そ、そんなこと」
実感のなさと羞恥心で否定しようとしたら、
「そうですよ!」
メアリーが割り込んできた。
「私もエリザベット様にどれだけ救われたことか……」
「はぁあ?」
メアリーは自分の胸に手を当ててしみじみと言っている。
いや、本当に心当たりがないのだけれど。
「どうしたのあんた。存在しない記憶でも湧いてきた?」
「違いますよ!? 私はめちゃくちゃエリザベット様のお世話になっています!」
『世話になってます!』って自分で胸を張っていうものではないと思う。
それに、
「あんたの面倒なんか見た覚えないけど」
「もう……。口ではそうやって邪険にするようなことをおっしゃいますが、泣きついたらいつも助けてくれますよね?」
「それは協力者だからで……別に、あんたのためなんかじゃないし……あ」
言ってから気付いた。わ、わたしとしたことがこんなツンデレの見本みたいなセリフを言ってしまうなんて……!
メアリーも笑みを濃くしていて大変腹立たしい。
「それに、なんだかんだで、私が本当に落ち込んでいたり暗くなっているときは、ちゃんと慰めてくれます。そんなときの言葉に私がどれほど救われたか。自覚はないようですが、エリザベット様は大事なときにこそ、欲しい言葉をくれる御方です」
「ああ、飾り気のない君の言葉は芯に響く」
ローランは言った。自分こそ木訥を絵に描いたような男の癖に。
メアリーは当然のように10の札を上げるサラを見て満足そうに頷き、更に言葉を重ねる。
「自信を持って下さい。繰り返しですが、エリザベット様は大切な局面で欲しい言葉を言って下さいます。だから、自分を良く見せようと飾ったり気を張ったりしなくてもいいんです。ただ貴女らしくあれば、貴女の言葉はきっとカルバン様にも届きます」
まあ、その、なに。
たまには、メアリーの言うことも素直に受け取ってやろうと思う。
「……そっか、ありがと」
さて、これで一通り全員から褒められたわけだ。わたしからも締めに何か言うべきでしょう。
「皆様、本当にありがとうございました」
本当にありがたい。こんなにわたしを見て、褒めてくれる仲間が居るなんて、それこそ有ること難きことよね。
「けれど──」
だからこそ、変に遠慮したりせず、素直な気持ちを口にしようと思う。
「わたしの自己評価の低さを今すぐに全く改善しよう、なんて、そんなことは無理だと思います」
カルバン様の恋心ほどではないけれど、積み重なった劣等感の澱もそれなりに強固でしつこいものだ。すぐに消えてなくなるなんて、そんな都合の良いことはない。
「……」
みんなはただ、静かにわたしの言葉を聞いている。
彼らは皆、魔力、武力、知力、コミュ力、なにかしらに秀でた者ばかり。
当然よね、主人公が彼らに認められることでゲームのプレイヤーが満足感を得られるように、ハイスペックにデザインされているんだから。悪役のわたしとは存在価値が違う。
そんなみんなが、口々にわたしを『すごい人だ』と褒めてくれた。打算も地位も関係なく。
だったら、少しは信じてみてもいいかもしれない。
「けど、みなさんが褒めてくれたこと。それ自体は信じてみたいと思います。絶対、忘れません。ええ、自分のいいところって案外自分では気付かないものね」
結局、わたしはわたしをちょっとくらいは認められても、信じ切ることは出来ない。何をする。何かが出来ると確約するのには、わたしはまだ、力不足だと思う。
だから、精一杯の気持ちを込めて、これだけは宣言する。
「わたし、頑張ります!」
────────────────
「で、これからどうするのよ? 例の件の作戦会議でもする?」
「ああ、それもいいのですが、そろそろ……」
メアリーが外の方に目を向ける。
この部屋は中庭に向けて開けていて、やや遠くはあるが学園のシンボル“時計塔”も見える造りになっていた。
彼女の視線の先にはその時計塔があり、つまりは時間を気にしているということだ。
なぜか。
「メアリー様~。お見えになりました~」
ゆるふわっとした明るい声が入り口から聞こえる。
メアリーの世話役であるメイド、ポートの声だ。
「時間ぴったりですね。流石の完璧さです」
『お見えになりました』とは、誰が?
考えるまでもないわね。この流れでメアリーが呼ぶ相手なんてお一人しかいない。
「あんたって、本当にいつも、いつっも!」
少し見直したらすぐこれよ!
本当、勝手なやつなんだから!
「『鉄は熱いうちに打て』ですよ! さあ、次は早速実践編です!」
怒気を孕んだ声にもビビらず、いけしゃあしゃあとメアリーはのたまう。
確かに今この瞬間が人生で一番自己肯定感上がってるけど、だからってなんの相談もなしに!
「やあ、みなさんお揃いですね。遅れてしまいましたか?」
「カ、カルバン様!」
「いえいえ、時間通りです。仲間はずれにするような真似をしてしまい、申し訳ありません」
時の流れはいけずなもので、わたしの気持ちなんか待ってくれずに話は進んでいく。
案の定、メアリーが呼んでいたのはカルバン様だった。
はあ、ラフな休日仕様のカルバン様も素敵……って見とれてる場合じゃないわ!
何か、何か、言わないと──
「エリザベット様」
トン、と軽く、小さな手が腰を叩いた。
「大丈夫です、落ち着いて。みんな付いています」
「────」
カルバン様しか目に入っていなかった視野が、少し広がった。
セレストは、わたしの一途さは素敵だと言ってくれた。
テオフィロは、立ち振る舞いが美しいと、アイリスは接し方が誠実であると。
ノエルとミリアは、わたしには人を惹きつけるカリスマがあると。
ローランは、わたしは人を救えると。
「はー」
深呼吸、息を大きく吸う。
視線を挙げれば、壁際のサラが目に入る。彼女は祈るように両手を重ね、目を瞑っていた。って、あら? よく見たら彼女、ちょっと泣いてるじゃない。感極まり過ぎよ。
それほどまでにわたしを思ってくれている人がいることを再認識すると、ちょっと力が抜けて、かなり、勇気が出た。
「ふぅ」
息を吐く。
最後に、隣でわたしの腰に手を添えるメアリーを見た。
わたしを信じて疑わないといった様子の、馬鹿みたいに真っ直ぐな目をしていた。
こいつによると、わたしには人の欲しい言葉を言う才があるらしい。
「カルバン様、貴方に贈りたい物があります」
「ほう、それは嬉しい」
カルバン様はにっこりと眩しい笑みを見せてくれた。
でも、これじゃまだダメ。『贈り物を貰ったら喜ぶ』という定型通りの反応をされているようでは、カルバン様の心を何も動かせていない。
わたしには人の欲しい言葉を言う才があるらしい。
「貴方に贈る物、それは──」
なら、彼の欲する物を。
「『勝利』です」
次回更新は7/23(日)です(分路)