第52話(上):Cheer for you!!
『貴方の思い出』を使って過去と対峙した翌日。
「それでははじめます! エリザベット様をほめそやす会ぃー」
わたしはまばらな拍手をする『互射のキューピッド同盟』の面々に囲まれていた。
あの後もう一仕事あって忘れてかけてたけれど、そういえばこいつ『明日、本当のエリザベト様をみせてやる』なんて息巻いてたっけ。
「で、なんなのこれ」
「ですから、『エリザベット様をほめそやす会』です」
その胡乱な会合が何かって聞いてるんでしょうが……!
「あー、いいか、エリザベット」
わたしとメアリーの噛み合わない空気を見かねたのか、セレストさんが手を挙げた。
視線で発言を促す。
「私たちは君が自信がなくてカルバン様と話せないから良い所を褒めて自信をつけさせてほしいとメアリーから頼まれて来たんだ」
ふむふむ、なるほど。
おい、メアリー、
「あんた人の割とデリケートな問題を無断でペラペラと……!」
「す、すいません、すいません! でも、でもですね? ちょっと時間がありませんので段取りとして巻けるところは巻いていかないと……」
ああ、そっか。メアリーがセレストさんたちに声を掛けたのはこの分だと昨日の昼の内だ。部屋に来る前の“準備”にやたら時間がかかっていたのはアルバムを持ってくるだけじゃなくて人の予定を押さえていたからでしょう。
その時点ではわたしは自分のトラウマを自覚してなかったんだから、許可を取れるはずもない。
「だからってねぇ!」
「まあ、まあ、落ち着きなよ」
もうひと怒りしようとしていたところにノエルが水を差す。
「ここでメアリーを叱ってもいいことないでしょ?」
「それはそうですけれども」
「ね、だから今はリラックスしてドーンと構えててよ。これからみんなが君の美点を語ってくれるんだからさ。前向きに行こ?」
そう言ってノエルが「ねー」とミリアに笑いかけると、ミリアも無表情ながらコクコク頷く。
ちっこい二人がこうして戯れている姿は、なんと言うか大変ほほえましくて毒牙が抜かれる。
「そうだとも、今日の主役は貴女だ。どんな花よりも美しく、どんな星よりも輝く素質が貴女にはあると教えてあげようじゃないか!」
無駄に大仰で調子のいいことを言うのは赤髪のテオフィロだ。隣のアイリスはキメ顔で芝居腐ったことを言う彼に呆れた視線を向けながらも「まあ、そうっすね……」と消極的に同意を──
「アイリス、あんたなんでいるのよ」
「テオくんをお誘いしたときに一緒にいたのでアイリスにも声を掛けたんです」
アイリスに代わってメアリーが答えた。
へぇ、テオフィロと……。
この前会った時アイリスは『チャラ男は嫌い』みたいなこと言ってテオフィロを避けてた気がしたけど。
「いや、違うッスからね?」
好奇の視線を感じ取ったのか、まだ何も言ってないのにアイリス・ミーティが言い訳を始めた。
「ミアが話しかけてきたときは偶然、たまたま一緒にいただけッスよ? この男があんまりにもしつこく誘うッスから、義理立てに食事を一回、いや、二三、あれもうちょっと……」
「頻繁に行ってるのね」
どうもアイリスはテオフィロのナンパに押し負けて一回食事に行った後、その後もなし崩し的に食事を重ねているようだった。
人、それをデートと言う。
「いや、違うんスって、その……この男が紹介するお店、どこも美味しいし安いんッスよね……」
負け惜しみのように言うアイリスの横で、テオフィロは自慢の赤髪をかき上げてどや顔していた。うざいわ。
うざいが、相手のニーズに合った店を選んで行っているらしいあたりは流石だった。アイリスのような食事の値段を気にする貧乏貴族は上位貴族の多いこの学園では珍しい方だから、相手の事情を汲んできちんと安い店をリサーチしているのは気遣いが出来る証拠だ。
あ、いや、そもそも、
「デートの食事くらい奢りなさいよ」
「僕もそう思っているのだけどね?」
「いやいや、テオフィロに借りを作るとかないッス。マジで」
真顔で言い切るアイリス。まあ、この子バイトで自分の生計立ててるし、お金にはちゃんとしたいのかもね。
「アタシのことはいいんスよ! とにかくエリザベット様のいいところならわたしも知ってるッスからお役に立てると思います!」
アイリスバタバタと手を振る。話題を変えたいのだろう。「はいはい」とその手に乗って視線を移す。
壁際、本日の出席者、その最後の一人がいる。
サラだ。
いや、サラはメアリー付きのポートと一緒にメイドとしていつもお茶会のお茶やお菓子の準備とかをしてくれているから、彼女がいるのはいつものことなんだけど……。
「貴女、なにしてるの?」
いつも会議中は主人であるわたしたちを邪魔しないよう壁際に黙って立っているか、部屋から出ているサラ。
その彼女が今日は珍しく座っている。それもなにやら棒のようなものが覗く謎の木箱を前において。
「あ、サラさんには採点役をお願いしました」
「……採点?」
「はい。エリザベット様を誰よりも近くで見て来たサラさんに、みんなのコメントがどれくらい良い褒めだったかを採点してもらおうかと」
メアリーの言葉を肯定するように、サラが座ったままお辞儀した後、木箱から札を何本か取り出した。棒の先に丸い板がついていて、そこには3とか7とか数字が書いてあった。
なるほど、確かに前世のTVで見たような採点係だ。
「あんた、人の悩みをとうとうバラエティにし出したわね……」
ここまで来ると怒りよりも呆れが勝るわ。
「ま、まあいいわ。今日は特別に許してあげる。ほら、さっさと始めなさいよ? 褒めてくれるって言うなら聞いてあげなくもないわ」
「なんのかんのと言いつつ、結構気乗りしてるじゃないか」
セレストさんが茶々を入れてくるが、実際彼女の言うとおりではあった。思えば褒められた記憶はあまりない。まあ、家族、両親と兄たちはわたしに甘いのでべた褒めしてくるがアレは別。あの人たち、そのうち「呼吸するだけで偉い」とか言いだしそうなほどだだ甘なのよ。
だから、正直、この馬鹿げた会をちょっと楽しみにしている自分が居るわ。
というわけで、
「じゃ、そういうセレストさんから」
存分に、褒めて貰おうではないか。
「私か? うん、そうだな……。エリザベットの良い所は、やはりその一途さではないか?」
一途にカルバン様を想う気持ち。これは自分でも自信がある。
けれども、
「それを言うなら、セレストさんやミリアだってずっと一人を想っていたでしょう?」
「まあそうだが、私たちよりもエリザベットは凄いと思うぞ」
セレストは隣に座るローランの肩に手を掛ける。
「私はローランに好かれている自信があったから、自分もまたこいつを好きでいられたんだと思う」
その点、わたしはカルバン様に全く見向きもされないのに十年以上片思いをし続けている。だから凄い、とセレストは言いたいようだ。
「それ、褒めてます?」
「もちろん褒めている。見返りがなくても深く、真っ直ぐに相手のことを想える君を、私は心から素敵だと思う」
凛とした佇まいでセレストは言う。彼女の言葉は抜き身の刃のようで、真っ直ぐで澄んでいた。その切っ先を向けられたわたしは茶化すことも出来なくて、
「それは……えっと、ありがとうございます」
と、小声で例を言うだけなのだった。
分かっていたことだけれども、思ってたより恥ずかしいわね、これ……!
「10点」
「ええ、ええ。エリザベット様の健気な一途さは素敵ですよね!」
最高点の札を上げるサラと腕を組んでうんうん頷くメアリー。
ああ、そういえばメアリーはちょっと前にも似たようなことを言ってたっけ。
サラはともかく、メアリーの後方理解者面はムカつく。
「では、次は僕が行かせて貰おうかな」
テオフィロが立ち上がり、わたしの方に手を伸ばす。
「僕が思うに、エリザベット様の第一の美点は気品さ」
「気品?」
「そうとも。自覚はないのかもしれないが、貴女の立ち姿や紅茶を飲む仕草はとても上品で洗練されている。他所者の僕からすれば、『これがレアニアの貴族か』と感心するほどの美しさだったとも」
「そうッスね、田舎者のアタシから見ても、エリザベット様は他の御方より一段と貴族らしくてかっこいいッス!」
アイリスも同調してわたしを褒める。見れば、サラはまた「10点」の札を上げていた。
「そ、そう?」
ま、まあ? わたしも貴族らしく振る舞ってやろうと思って生きてきましたし?
纏う空気が尊い血筋に相応しいものになっているのも頷けるっていうか……。
むずがゆい物を感じて髪をいじっていると、アイリスが続ける。
「エリザベット様はとっても上位貴族らしくて高貴な雰囲気があるんッスけど、不思議と親しみもあるんッスよね。アタシはそれが魅力的だと思うッス」
「どういうこと?」
「言葉にするのは難しいんッスけど……」
「高嶺の花なのに近寄りがたくはない、という感じではないでしょうか?」
どう言えば良いか迷っているようだったアイリスの言葉をメアリーが継ぐ。
「それは、舐められてるってことじゃないの?」
「違うッスよ。エリザベット様はアタシみたいな弱小貴族のことも見下していない……わけではないんスけど、それでも人間としてちゃんと見てくれている気がするッス」
上位貴族の中にはその高すぎる地位のせいで下位の者や平民を人と思わないような輩もいる。前世の中世より断然平和で人権意識のようなもののあるこの世界でも、その傾向はすくなからずある。
わたしもどちらかというとそういう横暴な貴族側だと思ってるんだけど、アイリスの目にはそう映ってないらしい。
「そう、かしら」
「そうですよ! でなければ、平民の私の申し出を真面目に受け入れてこの様な場を作ったり出来ません」
いや、あんたは主人公なんだから特別でしょうが。
「10点」
「あざッス」
異議を申し立てる前に点数が確定してしまった。
「納得してないみたいだけどさ、エリザベットは結構そういうところあるよ? 人と接するセンスって言うのかな?」
「人望、ある」
自分たちの番だと言わんばかりに話し出したノエミリ。
だが、
「は? 人望? わたしに?」
今までで一番理解出来ない内容だった。
「そう、人望。わたしたちも、オリヴィエたちも、エリザベットのことが、好き」
『好き』って、この子は無表情のままなんてことを言うんでしょう。
それにしても、オリヴィエの名前が出るなんて。
「買いかぶりすぎよ。オリヴィエたちはわたしの身分に寄せられただけだし」
「それだけじゃないと思うなあ。身分だけであんなにぞろぞろと取り巻きが出来るんなら、僕らだってもっと大所帯になってるはずじゃん。カルバンやロミニドは公爵のエリザベットより上位の王族だけど、取り巻きなんて出来てないでしょ?」
「でもでも、今は彼女たちとも疎遠ですよ?」
わたしの反論に、ミリアは頷かない。
「離れたのは、エリザベット」
ぽつりと落とされたミリアの言葉に、はてそうだったかしら、と春頃のことを思い返してみる。
言われてみれば、オリヴィエを筆頭とした取り巻きズが離れていったきっかけは、前世の記憶を思い出した後にメアリーへのいじめなどの悪役令嬢的威圧行為を止めるように言ったことだった。
あ、そういえば、『わたしは大人しくするから、あんたたちは勝手にしなさい』みたいなことも言ったっけ?
確かに、取りようによっては絶交宣言にも聞こえるわね。
「僕ら貴族は人の上に立つ人間だからね、人をよく見て好かれるカリスマは他の何よりも貴族に向いてる才能だよ? 自信持ちなよ」
「ん……はい」
「10点」
そう言われては頷くしかない。反論も出てこず口元をもにょもにょさせてしまっているのを自覚する。我ながらちょっとキモい。
というか、
「サラ? あんたさっきから10点しか出してないじゃない! 採点甘いわよ!」
「申し訳ありません。ですが、お嬢様が皆様に認められていることが殊更に喜ばしく……。満点以外考えられません」
もう、サラったら。
そんな殊勝な顔で言われたら怒れないじゃない。わたしも同じ気持ちだし。
「さて、最後は……」
ほんわかとしたあたたかい空気の中、メアリーの呟きに皆の視線がローランに集まる。
「俺か」
次回の更新は明日の朝になります(分路)