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第51話(上):価値のわからぬ者たちよ

「ばーか、ばーか、バァーカ!」


 わたしの恋心に満足して合格判定を出した後、メアリーは『貴方の思い出(マイ・メモリー)』をなんの相談もなく押しつけてきた。国宝級に希少な神授遺宝(アーティファクト)を、である。この事案を皮切りにわたしは日頃たまった鬱憤を爆発させメアリーに罵詈雑言を浴びせていた。

 途中、「ちゃんと言いましたよ! エリザベット様にはトラウマと向き合って貰うって!」などと反論されたが、「それだけで分かるわけないでしょ、バカ!」と火に油を注いだだけだったわね。


「ふぅ、ふぅ、はぁ……」


「お嬢様、こちらを」


「あ、ありがと」


 罵倒のバリエーションも尽きてきた頃、頃合いを見計らっていたのか、サラが紅茶のお代わりを差し出してきた。


「お怒りもご尤もですが、建設的なお話しをされた方が良いと具申します」


「そう……そうね。サラがそう言うなら」


 吐き出す物は吐きだしたし、そこに紅茶も合わされば、流石に気分も落ち着いてくる。

 まあ、ここで怒鳴っていても何にもならないのは確かだわ。一応わたしのためにやっているんだし、多少気に障るところがあっても、メアリーの企みに乗ってやらないと。

 わたしがそうやって自分を納得させている内に、サラはメアリーにも新しいお茶をサーブする。


「メアリー様も、あまりお嬢様を不安にさせるようなことはなさらないようにお願いいたします」


「は、はい! 申し訳ありませんでした、善処いたします」


 メアリーは深々と頭を下げていた。

 こいつ、サラの言うことは素直に聞くわね……。

 しばらくは二人して紅茶をいただき、一息吐いたところでメアリーが切り出す。


「では、まずは説明ですね」


「あんたの話、内容が飛びがちでわかりにくいのよ。あんたは頭が良いからそれで分かるんでしょうけど、わたしはそうじゃないんだから5割増しで丁寧に説明しなさい」


「あぁ……はい」


 釘を刺すわたしに、メアリーは目を細めた。しかし、わたしがその表情から意味を見いだすよりも早く、彼女はいつもの笑顔に戻る。


「そうですね。では現状の確認からいきましょうか、私たちの目的はカルバン様とエリザベット様を交際へと導くことにあります」


 メアリーは両手の人差し指をトントンと合わせて言った。

 次いで、片方の指先をわたしに向ける。


「それにあたって問題となっているのが、エリザベット様が照れてしまってカルバン様と上手くお話出来ないことです」


「む……」


 メアリーはサラに向かい笑いかけて、続ける。


「サラさんの薫陶のおかげでエリザベット様はカルバン様に話しかけられるようにはなりました」


 一週間ほど前のことだ。メアリーの企みにより、わたしはサラに転生のことをぶっちゃけるはめになった。そして、一番付き合いの長い彼女に『諦めないで欲しい』と応援されたことで、カルバン様に話しかける勇気を貰った。

 しかし……。


「大きな前進ではありましたが、話しかけた後の会話が続かないのではやはり厳しいです。エリザベット様の照れ問題は会話する場数を踏んでいけばゆっくりとでも解消出来ると考えていたのですが、カルバン様がわたしに告白なさり一ヶ月という期限がついたことでそうも言っていられなくなりました」


 そうだ、だからこそ、早急にわたしがカルバン様とお話し出来るようにならないといけない。


「さて、ここで質問です。エリザベット様はなぜご自分がカルバン様の前では上手く話せないのだと思われますか?」


「なぜって……カルバン様のことが好き過ぎるから?」


「それもあるのでしょうが、主要因ではありません。好意だけで相手と話せなくなるならセレスト様やミリア様だってお話出来ないでしょ? まずエリザベット様はその原因を認識しなければなりません」


 話が戻ってきた。つまりは、その“原因”が番外編とやらでエリザベット(わた)イジャール()が向き合うトラウマなのだろう。

 そして、そのために──


「このアルバムを使うってわけね」


「その通りです! エリザベット・イジャールの回想の内容はおおよそ覚えているのでわたしが語って聞かせてもよかったのですが、それでは臨場感に欠けると思い『貴方の思い出(マイ・メモリー)』を使うことにしました」


 確かに、メアリーの口から聞くよりはアルバムで写真としてその場面を見た方が理解が早そうだわ。まさしく百聞は一見に如かずね。


「記憶目録『貴方の思い出(マイ・メモリー)』は、マジダムの【アルバム】であると同時に一つの神授遺宝(アーティファクト)としての設定も付けられています。所有者にとって印象的な場面(スチル)を自動収集するだけでなく、所有者の想起した過去の場面も写真に起こしてくれるのです」


「あー、そういえば、スチルの中に主人公の回想シーンとかもあったわね」


 回想シーンはただカメラのように現実の風景を切り取るだけでは写せない。持ち主の頭の中まで切り出す超性能。神授遺宝(アーティファクト)は伊達じゃないってことね。

 所有権が移ったばかりでまだ一枚の画像もない真っ白なページをパラパラとめくり、ふと、気付く。


「わたしにこのアルバムの所有権を移した理由は分かったけれど、そんなことしてよかったの? マジダムのスチル全部消えちゃったわよ?」


「ええ、構いません」


 メアリーは静かに頷く。


「ま、使い終わったらあんたに返せばいいだけか」


「いいえ、恐らくですか所有権を主人公(メアリー)に戻しても【アルバム】としての機能が戻ることはないでしょう。ゲーム中で『貴方の思い出(マイ・メモリー)』の所有権が変わることはありませんでしたから、一度でも手放してしまえばゲームと全く同じ状況ではなくなります」


 彼女は平然と言っているが、それはスチルの収集度合いによってゲームの進行度や今のルートを確認出来なくなったことを意味する。メニュー画面の開けないこの世界において、アルバムのスチルは数少ないそれらの確認指標だったはずなのに。


「ですから『貴方の思い出(マイ・メモリー)』の譲渡は私としてもちょっと覚悟の要る決断でした。ですが、いいのです。エリザベット様のトラウマ克服の助けになるならお釣りが来ます!」


 彼女は目で、顔で、全身で、力強くわたしに訴えてきた、期待してるぞ、と。

 純粋な期待を掛けられていることに多少のやりにくさを感じつつ、わたしも自分のトラウマに足を踏み込む覚悟を決める。


「それで? わたしは何を思い出せばいいわけ?」


「はい。エリザベット様は小さい頃にイジャール家のお屋敷を一人で抜け出したことが御座いますね?」


「記憶にないわね」


「あれ!?」


 素っ頓狂な声を上げるメアリーを前に暫し考えてみるが、やはり思い当たる節がない。メアリーに意地悪しているとか、何かを誤魔化しているとかではなく、本当に思い出せないわ。


「あります」


 黙考するわたしと、「あれれ? そんなはずは……」と首をかしげていたメアリーにサラが口を挟んだ。


「家政婦長がよくおっしゃっていました。お嬢様は5歳の折に一度だけ屋敷から脱走したことがある、と。わたしがお嬢様にお仕えするよりも前のお話です」


 『5歳』、『家政婦長』。サラの発したいくつかの単語がわたしの記憶を刺激する。

 そして、


「おわ!?」


 手を乗せていた『貴方の思い出(マイ・メモリー)』が光り出した。

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