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第50話(下):調和《コンコルド》

 応接室。

 メアリーは、わたしを成長させる『秘策』を使うべきかと、不敬にもわたしの覚悟を試してきた。

 そして、次に


「エリザベット様はマジダムをクリアしていらっしゃるのですよね?」


「ええ、一応全クリはしたけど」


「でしたら、ご存じのはずです。カルバン様がエリザベット様に無関心である、と」


「────」


 彼女はきっと、わたしの『愛』を試そうとしている。


「お二人は知り合ってから長く、また、会う機会も王族のカルバン様と公爵の娘のエリザベット様は多かったはずです。にもかかわらず、カルバン様はエリザベット様のことをなんとも思っていない」


 メアリーの言葉に耳を傾けながら目をつぶる。

 彼女の言う通り、わたしは10年前からカルバン様と逢瀬を重ねてきた。いくつものカルバン様の笑顔がまぶたの裏に浮かぶ。今よりも随分と幼い可愛らしいお顔から、今と変わらない入学直前のお顔まで。

 そのどれもが素晴らしく、そして、そのどれもが……。


 わたし以外にも平等に向けられる、よそ行きの笑顔だった。


「王子である自分に声をかける数多の女性の一人。失礼ながら、カルバン様はエリザベット様のことをそれこそ路傍の石のように思われていると言わねばなりません」


 本当に、失礼な女だ。無遠慮に人の心を抉ってくる。

 だけど、認めないといけない。心が痛むのは、彼女の言葉が事実だからだと。


「声をかけられ続けてうっとうしいと嫌われてすら(・・)いません。全くの無関心なのです。あるいは、王子であり、無数の人間と関わらなければならないカルバン様にとっては必要な他人との距離感なのかもしれません。ですが、私はひどいことだと思います」


 『他人』、そう、カルバン様にとってのエリザベット・イジャールは赤の他人なのでしょう。


「自分のことをなんとも思ってない男を、それでも貴女は好きですか?」


「…………」


 今度は即答出来なかった。

 いや、しなかったのだ。メアリーの言っていることは、きっと大切なことだから。

 カルバン様はわたしになんの関心も持っていない。

 思い出すのは、いつだったか、メアリーをいじめていた現場に居合わせたカルバン様が、事務的にわたしを引きはがしたときのことだった。場を収めるために、メアリーを助けるために、柔和にわたしに対応したカルバン様。怒りや軽蔑の感情が全くないあの様子は、なるほど、確かに無関心のなせる技だったのでしょう。

 それを事実と受け止め、ゆっくりと咀嚼する。

 ああ、でも、それでも──


「ええ、それでも、わたしはカルバン様のことが好き」


 カルバン様にどう思われていても、わたしの中には焦がれるような熱い想いが確かにある。


「なぜです? なぜそんなに……」


「理由なんてわたしにも分かんないわよ。でもね、前世の記憶にも打ち勝った十年の恋心よ?」


 『百年の恋も冷める』なんて慣用句があるけど、わたしはきっと違うと思う。


「積年の恋はね、そう簡単に冷めたりしないの」


 言って、言い切って、顔に熱が昇ってきたのを自覚する。あ、ヤバい、ちょっと恥ずかしい。恋を語ってしまったわ……。

 そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、メアリーは納得したように頷いていた。


「ああ、なるほど、コンコルド効果」


「こん……なに? コンドル? 鷲?」


「な、なんでもありません! どうでもいいことですので、お気になさらず!」


 怪しい。なんたら効果が何かは知らないが、多分こいつは失礼なことを漏らしたのだろう。


「あはは……。でも、そうですね」


 メアリーは、ふと、視線を落とした。半目で睨むわたしから目を逸らしたのかと思ったけれど、そうではないようだ。

 彼女が見ているのは机の中心。ガラスケースに入った真っ赤な一輪の花だった。夏休みに二人で手に入れた神授遺宝(アーティファクト)『四つ棘の薔薇』だ。彼女は細い指でそっとガラスに触れる。


「カルバン様のためになくした時間が、カルバン様を大事なものにしたと、そういうこともあるかもしれませんね……」


 訳知り顔で浸ってるのがなんとなく癪に障った。


「ちょっと、やめなさいよ。指紋付くじゃない」


 水を差されたメアリーは指を離して「ごめんなさい」と照れ笑いをした。

 ちなみにガラスには汚れ一つ付いていなかった。実用性は皆無だけれど、腐っても神授遺宝(アーティファクト)ね。


 メアリーはもう一口だけ紅茶を飲んで一息吐くと、勢いよく立ち上がった。その腕には例のバッグが抱えられている。


「よし、納得出来ました! これでわたしも覚悟が決められます!」


 そこからのメアリーの動きは早かった。

 口を挟む間もなくわたしの横ににじり寄り、鞄の中身、麻布を四角くたわませていたソレを取り出す。

 臙脂色に染められた皮のハードカバーに箔押しされた金の文字が躍る1冊の本。わたしはこれを見たことがある。この世界で一度、前世では何度も。

 あれは──


「アルバム……」


「はい、『貴方の思い出(マイ・メモリー)』です。そして、私は『貴方の思い出(マイ・メモリー)』の所有権を放棄(・・・・・・)します』


「は?」


 メアリーの言葉に従うようにアルバム──『貴方の思い出(マイ・メモリー)』は一瞬淡く光った。魔法の発動を示す魔力光だ。


「はい、どうぞ」


「え、ああ、どうも」


 表紙で強く自己主張していた『メアリー・メーン』の文字が幻のように消えて行くのに意も介さず、メアリーは『貴方の思い出(マイ・メモリー)』をこちらに押しつける。

 つい受け取ってしまったわたしにメアリーがにっこり笑って言う。


「リピート、アフター、ミー。『エリザベット・イジャールが『貴方の思い出(マイ・メモリー)』の所有者である』」


「エリザベット・イジャールが、『貴方の思い出(マイ・メモリー)』の所有者で、ある……?」


 『貴方の思い出(マイ・メモリー)』がもう一度淡く光る。今度はさっきとは逆だ。表紙に『エリザベット・イジャール』の名前が刻まれていく。うわ、この文字わたしの筆跡だわ……なんか怖い。


「ふぅ、上手く譲渡出来ましたね」


 あっけにとられているわたしをよそに、メアリーは額を拭って一仕事終えた表情をしていた。こいつ──


「………だ、から」


「どうかされましたか? エリザベット様?」


 本気で分かっていないのか、メアリーはきょとんとした顔を向けてくる。

 本当に、こいつは────


「だから! なにかをする前にはちゃんと説明しなさいって言ってるでしょ、このバカ!」


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


コンコルド効果:既に行った投資(費用、時間、努力など)を惜しんで、これ以上は無意味と分かっていても投資を続けてしまう心理的な効果のこと。

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