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第50話(上):調和《コンコルド》

「どうもこうもないですよね」


 翌日の放課後、わたしの部屋。生徒会の仕事や準備があると言って2時間ほど待たせたメアリーの第一声がこれである。今日はカルバン様を一ヶ月で落とす作戦を練ろうという話だったはずなのだけれど……。


「何それ、どういう意味よ」


「あ、いえ、こちらの話です」


 笑って誤魔化すメアリーの不審さに「ふんっ」と鼻を鳴らす。

 彼女は体の前に両手でトートバッグのような鞄を持っていた。薄い麻布の袋が四角く引っ張られている。少し重そうだが、『準備』とはこれのことだったのかしら?


「まあ、いいわ。早く入りなさい。場所は……」


「大きめの机のある部屋が良いです」


 そう言ってメアリーは鞄を持ち上げて見せた。


「じゃ、応接室ね」


────────────────


 ウォールナット材で出来た猫脚の丸テーブルを軸に、木材の自然な色合いと染め布の気品ある深紅が調和した一室。尊い来賓のもてなしにも耐えられるよう調度に気を遣っている一室だ。

 机上、中心には赤い薔薇の入った流線型のガラスケースがあり、それを挟んで対称に紅茶が二セット並んでいる。サーブしてくれたのはサラだ。

 柑橘系の爽やかな香りが漂う紅茶を挟んで、わたしはメアリーと正対した。

 メアリーは椅子に座ると紅茶に手もつけずに両手を膝の上に置く。彼女は背筋を伸ばし、真剣な顔で口を開いた。


「あなたはカルバン様を愛していますか?」


「ええ、もちろん」


 即答してやった。

 出し抜けに何を言い出すかと思えば。当たり前すぎる。

 メアリーは返答の早さに驚いたか一瞬目を見開いたが、すぐに平静に戻り、


「では、どんなところが? 私に説明してください」


 問いを重ねた。


「あら、無粋ね。愛に理由は必要?」


「愛には不要でも、カルバン様を口説き落とすのには必要かと」


「おのれ正論を……」


 まぁ、『好きです! どこが好きとはは上手く言えないけど、全部が!』なんて告白が上手くいくとは思えないのも確かね。

 好きな理由、カルバン様の好きなとこ、ねぇ……


「まぁ、まずは容姿ね。顔がいい。カルバン様はとかく顔がいいわ。輝くような金の御髪にサファイアのように澄んだ青の瞳。精悍ながらもどこかあどけなさを感じる顔立ち。まさしく理想の王子様! お顔だけじゃなくてお身体もいいわ。程よく筋肉の付いた引き締まった体。いわゆる細マッチョね。立場に驕らず日頃の鍛錬をしっかりしてらっしゃる証拠だわ。あとあと、公爵令嬢としては下世話だけどやっぱり王子っていう血筋も魅力的なのだけれど、カルバン様のよさは肩書きだけじゃないところよね。身が伴ってるっていうか立ち振る舞い、所作の一つ一つに気品と風格が漂ってるわ。それに何より好きなのは瞳の奥の暗くも熱い──」


「ストーップ!」


 メアリーが両手を突き出して叫んだ。


「何、まだ半分も語れてないんだけど」


「はんぶっ……い、いえ、もう、大丈夫です」


 彼女は辟易したように俯いて、小声で「びっくりしましたぁ……」と呟いていた。

 あんたが言えって言うから言ったんでしょうが。


「それで? なんなのこれ?」


 聞かれたから反射的に答えちゃったけれど、そもそもこの問答はなんなのか。

 こいつのことだから何かしらの意図はあるんだろうけど、はっきりさせて欲しい。


「理由も分からず答えるわたしもわたしだけれど、さっさと目的を吐きなさい」


「そうですね……。ちょっとした試験と言いますか……」


「あら、あらあらまぁまぁ。たかが平民がこの公爵令嬢エリザベット・イジャールを試そうだなんて、偉くなったものねぇ」


「す、すいません。ですが! これは必要なことですので、ご容赦を」


「必要?」


 眉を顰めてメアリーを見る。彼女は椅子の脚にもたれかけさせていた麻布の鞄を引き寄せた。


「いいですか、私が用意したのは、エリザベット様の改善手段です」


「わたしの、改善?」


「ざっくり説明しますと、私がしようとしているのはある外伝で描かれた『エリザベット・イジャール』の掘り下げ、つまり成長イベントの先取りです。これを乗り越えればエリザベット様は人間的に一皮むけて、カルバン様とちゃんとお話し出来るようになる、はずです!」


「エリザベットが成長」


 あの性格も頭も悪い、三下悪役のエリザベット・イジャールが?

 知らないイベントだ。外伝……。わたしは『Magie(マジー) d’amour(ダムール)』の本編しかプレイしていないが、そんなイベントがあるとは。

 あれ?


「ねえ、エリザベットって『竜の心臓(ドラゴン♡ハート)』で竜に食い殺されるんじゃなかった?」


「ええっと、それは……。今は関係ありませんので、棚上げの方針で」


 メアリーは苦笑いで誤魔化しながら箱を頭上に上げるようなジェスチャーをした。随分と軽いリアクションね。わたしにとっては将来の心身の安全に関わる一大事なんですけど……。

 問い詰めたいところだが、メアリーのへらへらした様子を見るに、そう深刻な問題でもないらしい。

 うーん、じゃあ、まあ、いいか。


「まあ、いいわ。じゃ、なんだか知らないけど、早く、さくっとやりなさいよ」


「そういうわけにも行きません。」


 メアリーは首を横に振った。


「『乗り越えれば』と言いましたよね? 成長イベントとは実のところ、エリザベット様がご自身のトラウマと向き合うことに他なりません。ですから、トラウマを突きつける私には、エリザベット様にその覚悟があるか判断する責任があります」


 メアリーの表情は真剣だった。

 わたしのトラウマ……。正直あまり心当たりがないが、記憶から抹消するくらい嫌な体験が、わたしにあったってことかしら?

 それを見る覚悟があるか、とこいつは言っている。


 当然、ある。


 カルバン様と結ばれるためなら、わたしはなんだってする。


「それを確かめるためにしたのがさっきの問題だった、と。で? わたしは合格かしら?」


「そうですね、説得としては細かな好きを列挙するより一番好きなポイントに絞るべきだと思います。ですが、熱意は伝わりました」


「チッ、いちいち一言多い。じゃあ──」


 合格なのね、と言おうとしたわたしにメアリーは口を挟む。


「もう一つだけ、質問させてください」


「もう、なに」


 じれったさへの不快感を隠さず顎で先を促す。



「エリザベット様はマジダムをクリアしていらっしゃるのですよね?」


「ええ、一応全クリはしたけど」


「でしたら、ご存じのはずです」


 メアリーは手つかずだった紅茶に口を付け、「もっと早く、確認すべきだったかもしれません」と前置きして、言う。


「カルバン様がエリザベット様に無関心である、と」


「────」


 わたしは、何も言えなかった。

次回は明後日の昼に更新予定です(分路)

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