第49話(上):約束
「協議の結果、『1ヶ月後に私がカルバン様とお付き合いする』ということになりました!」
「………へ?」
「正確には『1ヶ月以内にエリザベット様がカルバン様を落とせなければ私がカルバン様とお付き合いする』ですね」
きっちり気をつけの姿勢をとりながら意味不明な申告をしてくるメアリー・メーン。彼女を前にして、わたしはこいつを頼りにしたことを心の底から後悔していた。
「まずは、ちゃんと、説明、を」
激昂しそうになるのを抑え、努めて、そう、極めて理性的にわたしは問い掛けた。
メアリーは腕を組んで、うんうんと
「ええ、ええ。この一時間、それはもう丁々発止、喧々囂々の激論を……」
「能書はいいから。要点を、手短に」
こいつ、わたしが沸騰寸前なのが分からないのかしら? 分かってなさそうね……。
「要点……。そうですね……。要点を絞るなら、この三つになると思います」
彼女は指を三本立てて見せてきた。やっと本題に入る気になったようだ。
「第一に、私の意思。第二に、カルバン様の主張。そして、第三に……いえ、これは後にしましょう」
「あんた、本当、そういうとこ……!」
重要な結論を「後で話そう」などと先延ばしにして許されるのは推理小説の名探偵だけである。
妙な気を持たせるな。さっさと言いなさい。
「ごめんなさい。でも、先に言ったら話が進まなくなりそうですので……。ええっと順番に説明しますね」
メアリーは苦笑いしながら謝った後、表情を切り替え立てた三本の指の内一番右の人差し指を握って話し出す。
「第一に、私の意思、つまり、『私には他に好きな人がいるから告白は受けられない』ということを伝えました」
「ロミニド様狙いって言ったのね?」
「いえ、名前は伏せました。ただカルバン様も薄々勘付いているようでしたので意味はないかもしれませんが……」
カルバン様は兄のロミニド様に強いライバル心を抱いている。メアリーがロミニド様の名前を出したら、既にめちゃくちゃだけれど、より一層話は拗れていたかもしれない。
実際バレてるか否かに関わらず、名前を出さなかったのは正解でしょう。
メアリーは今度は中指を握り、「そうしましたら」と続ける。
「カルバン様の反論を受けました。『それは道理に合わない』と」
「道理? どういうこと?」
「はい。カルバン様は私たちがエリザベット様とカルバン様の仲を取り持とうとしていることに気付いておいででした」
まあ、それはそうでしょう。わたしは一つ頷いて、
「聡明な御方ですもの、あれだけ露骨にやっていれば、当然お気づきになるわ」
「おっしゃる通りです。気付かせることでカルバン様と私の間に壁を作る意図も有っての作戦でしたが……それがあだになりました」
「つまり」とメアリーは指を指した。まずメアリー自身を、次にどこか遠くを、最後にわたしを。
「私たちは、わ、『私のことが好きなカルバン様に、エリザベット様の想いを』言ってしまえば、押しつけようとしているわけです」
はきはきと喋っていたメアリーだったが、『私のことが好きな』と言うところでは少しつっかえていた。ああ、こいつにも羞恥心が存在していたんだな、と少し感心する。
それはさておき、わたしにもカルバン様のおっしゃる『道理』が分かってきた。
「わたしの横恋慕をカルバン様に受け入れさせようとしている以上は、『ロミニド様のことが好きなあんたへのカルバン様の想い』を受け入れないのはダブスタだ、ってそういうことね? 流石カルバン様、完璧なカウンターだわ」
「ええ、本当に。流石です」
二人してうんうん頷くが、感心していても何にもならない。
メアリーは眉を八の字にした困り顔で続ける。
「とはいえ、この二つは矛盾しています。だって、私がカルバン様を受け入れるなら、同時にカルバン様にもエリザベット様を受け入れる義務が発生しますから。まあ、王族ですから本妻と側室の二人のパートナーが居ても問題ないのですが、カルバン様としてもそれはナシといった感じでした」
「容量を得ないわね。じゃあ、どうしろって言うの」
「結局『他の人が好きだから』は私たちの間に限っては告白を断る理由にならない、という着地点になりました。しかしそうなると、困りました。ロミニド様やエリザベット様といった他人への懸想抜きでカルバン様を拒絶しないといけなくなったのですから。私にはその理由が思いつきません。私、カルバン様のこと別に嫌いじゃないんですよねぇ……」
ものすごく、上から目線な物言いだった。
平民のメアリーが、第二王子のカルバン様に、である。
「ねえ、サラ。今の話、聞いた? この女不敬罪でふん縛った方が良いんじゃないかしら?」
「お嬢様、学園では生徒同士は対等です。例えそれが、建前であってもこの中にある限り不敬罪は適応されません」
真面目なサラだけあってエメラルド学園の理念と校則を根拠にした見事な答えだったわ。
「サラさん、結構ガチですね!」
「言葉には気をつけろってことよ平民」
「ま、まあ、そういうわけでして、しばらくは拒絶する決め手のない私と甘い言葉で絡め取ろうとするカルバン様という構図で交渉が続きました。そして千日手になりかけたとき、思い出したのです」
メアリーはまた指を三本立て、逆の手で薬指を握った。
言わなかった三つ目の要点だ。
「第三の要点、それは『エリザベット様の意向』です」
「はあ?」
「エリザベット様がおっしゃったんですよ? 『カルバン様の告白を受け入れるのは酷い、受け入れないのは身の程知らずだ』って」
確かにそんなようなことは言ったけど、それがどうして──
「ですから、中間です。私はカルバン様の告白を受け入れないけど受け入れる。そう考えたときに、最初に申し上げた妥協案を思いつきました」
『1ヶ月以内にエリザベット様がカルバン様を落とせなければ私がカルバン様とお付き合いする』
「カルバン様と私の約定は詳細にはこうです。これから一ヶ月間、つまり秋翠祭が終わるまで、カルバン様には私のことは一旦隅に置いていただき、『エリザベット様を好きになってもいい』という心構えでいて貰います。その代わり、一ヶ月の制限時間が過ぎれば、今度は私がロミニド様のことを忘れると言う約束になっています。私たちはお互いに『横恋慕を受け入れてもいい』という意識を持つことで平等としたのです」
「……あんたたち、頭良いけどなんかズレてるわよね」
こいつもカルバン様も色恋の話にしては理屈が先行しすぎていると思う。
「あぁ~~」
最初「何言ってんだこいつ」と思ったときも頭が痛かったけど、事情を理解すればするほどますます頭痛が増してくる。本当、どうしようかと頭を抱えていると、
「はい」
と、手が挙がった。
わたしでもメアリーでもない。
手を挙げたのは、いつもは脇に控えて空気に徹しているわたしのかわいい侍女。
サラだった。
次回更新は木曜の朝になります。