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第47話:烈火速攻

「ねえ、今しなきゃいけないこと? これ」


 机に広げられたノートを羽ペンでトントン叩き抗議する。

 西日の差し込む使われていない空き教室。

 ほんのりカビ臭い気さえする寂れた場所の更に隅っこで、わたしはメアリーと机を挟み向かい合っていた。


「はい、もちろんです。勉強は積み重ねなのですから。二学期の期末試験はもっと順位を上げますよ!」


 ふんすと鼻を鳴らして息巻くメアリーに連れられておやつ時あたりから缶詰にされている。

 わたしの学力に関しては一学期の試験で神話や算術など前世の知識が活かせる科目はそこそこいけることがわかった。その一方で、この世界固有のもの、歴史や魔獣・魔法の知識などはからっきしのダメダメ。前回は一夜漬けである程度乗り切ったが、次こそは根本的改善をせんと、あれから度々メアリーに呼び出されてはこうして勉強をさせられているのであった。

 メアリーは主人公(ヒロイン)として忙しい中、時間を作ってわたしの面倒を見ているのだから感謝してもいいところなのだけれど……。面倒くさいものは面倒くさい。

 例えば、今日の科目は『王国史』の序盤、初代国王の誕生から六代かけて大山脈以西を統一する道のりなのだが……


「無味乾燥な出来事の羅列って全然頭に入ってこないわよね……」


「この辺りは古すぎて細かいエピソードが残っていませんから仕方ありませんね……」


 はぁ、と溜め息を漏らすと、「で、でも」とメアリーが拳を握る。


「カルバン様とエリザベット様がご結婚されれば、この文字だけの古い王様もご親戚になるんですよ? 覚えておいて損はない……と言いますか覚えていませんと大恥なのでは?」


「おのれ正論を……。ってか、そうよ、それ、カルバン様よ」


 カルバン様と結婚した後を考えるならば『王国史』で好成績を取るのは必須で、メアリーの言うことはもっともだ。けれど、それもカルバン様と付き合えなければ意味がない。

 ペン先をメアリーに向ける。


「カルバン様にとって一大イベントな魔法大試合(トーナメント)のある秋翠祭を間近に控えた今、もっと積極的にカルバン様攻略に動くべきじゃない?」


「積極的に攻められないのはほぼエリザベット様のアガリ症が原因なのですが……」


 斜め下に目線を向けてボソボソと呟くメアリーに、わたしは作り笑いを向ける。


「何か言ったかしら?」


「いえ何も」


 メアリーは首をブンブン振って否定した後、「オホン」と咳払いをして、


「そんなことおっしゃって、本当はお勉強から逃げたいだけじゃないですか? メッですよ。カルバン様が嫌なことでもちゃんと努力できるしっかりした人が好きなのはご存知でしょう?」


「むぅ」


 カルバン様を引き合いに出されるとこちらも立場が悪い。

 本当に、この女はどこまでも正しくて嫌になるわ。

 渋々ノートと教科書に向き合い直して単調な単語をなんとか体で覚えようと手を動かす。メアリーはそんなわたしの様子を満足そうに見守りながら続ける。


「まあそもそも、そんなに焦ることもありませんしね。確かに魔法大試合(トーナメント)での兄弟対決はカルバン様にとって一大事ですが、カルバン様の攻略に重要なのは試合そのものではなくその後(・・・)。落ち込んだ彼をフォローする過程ですから」


「…………」


 そう、ゲームにおける魔法大試合は女子の部こそ主人公のステータス次第で結果が変わるものの、男子の部は主人公をどう育てても、どんな選択肢を選ぼうとも、結果が変わらない──正確にはローランルートでは結果が有耶無耶になるのだけれど、それもカルバンか様が勝てないんのだから意味がない──イベントだった。

 カルバン様は兄のロミニドに絶対に負ける。

 今まで超えたいと願い続け、しかし直接的に対峙することは避けていた強大な兄。そんな相手と正面から戦い、勝てないことを思い知らされたカルバン様は強い挫折を経験する。そんなカルバン様を時に癒し、時に励ましながら仲を深めていくのがゲームの展開だった。

 主人公(メアリー)、この女、完全に人の弱みに付け込んでいる。


「エリザベット様? 言いたいことは分かりますが私はまだカルバン様に言い寄ってませんからね? 睨まれる筋合いは御座いませんからね?」


「ふんっ。“まだ”なんて言ってる時点でゲームの主人公(メアリー)もあんたも同罪よ」


「それはあんまりですよー」


 大袈裟に泣き真似をするメアリーの肩を「悪かったわね」と半笑いでぽんぽん叩く。下らない茶番だけれども、こいつとの緩いふざけ合いは、正直割と嫌いではなかった。

 ゆるく暖かな空気が流れる。

 だから、ふと、いやそんな軽い思いつきじゃなくて、本当はずっと考えていたことを言ってみようと思った。


「ねぇ──」


 ガラガラガラッ──ガッ!

 微妙に立て付けの悪い教室の扉が勢いよく開かれる。その音で、わたしの言葉は遮られた。

 タイミングの悪い闖入者(ちんにゅうしゃ)に文句の一つでも言ってやろうと振り向くと、そこにいたのは──


「カ、カカ」


「カルバン様!」


「やあ、メアリー。ああ、それにエリザベットも。探しました」


 机の間を縫ってカルバン様がわたしの元に歩み寄ってくる。艶やかな金の御髪が夕陽でキラキラと光って幻想的だ。


「どうしてこちらに?」


「無論、君に会いに。ああ、『どうしてここが分かったのか?』という意味なら教室にいたアイリスが教えてくれました」


 アイリスとはここで勉強をする前に少し話をしていた。なるほど、彼女ならわたしたちがここにいることを知っていてもおかしくない。

 いや、そんなことはどうでもいいのだ。問題はカルバン様がわざわざご自分の足を使ってまでわたしたちに会いに来たってことで……。

 いや、いいや、『わたしたち』ではない。カルバン様はメアリーを見て『君に』と言ったのだから、わたしは用なし……。


「それにしても、やはりエリザベットと一緒でしたか……」


「は、はい!」


「一緒にお勉強をさせて頂いておりました。見て下さいカルバン様! 最近のエリザベット様は苦手な勉強も頑張っていらっしゃるのですよ!」


「それはそれは、学生として素晴らしい心掛けですね」


「ひゃ、はい!」


「勉強を邪魔して申し訳ありませんが、メアリーと話があるのでエリザベットには少しの間退席を……。いえ」


 カルバン様は形の良い小さな顎に手を当て少し思案する。


「やはりエリザベットにも立ち会っていただきましょう。その方が確実です」


 にっこりと笑うカルバン様を見て、メアリーがなぜか顔つきを険しくした。


「カルバン様、まさか」


 半歩後ろに下がるメアリー。その手を流麗な動作でカルバン様が取った。

 そして、カルバン様はひざまずき──


「メアリー・メーン。貴女に交際を申し込みます」


 何かを言った。その意味が、わたしにはよく分からない。

『アナタニコウサイヲモウシコミマス?』


「やって、下さいましたね」


 メアリーの表情は硬く、動揺のためか言葉遣いもややおかしい。

『あなたにこうさいをもうしこみます?』


「ええ、こうでもしないと君は真面目に取り合ってくれないと思いましたから」


 メアリーの手を恭しく握り、うっとりするような美しいお顔でカルバン様は言った。

『貴女、に、■■、を、申し込み、ます?』


「さあ、返事を」


「えっと、私、は……」


 メアリーはどこにもない正解を探すように目を忙しなく動かしている。

 そして、わたしは──


『貴女に交際を申し込みます』


 何度も何度も反芻して、やっとカルバン様の告げた意味を理解した。


「むり」


 意識が遠のく。世界が一瞬で暗転する。


「え、エリザベット様? エリザベット様!?」


「エリザベット! 大丈夫ですか!?」


 ブラックアウトしていく意識の中、かすかに二人の声が聞こえた。

 次回の更新は木曜日になります。(分路)

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