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第46話:熾火

 お茶会という名目でローランたち三人に事情を聞いた後、彼らを見送り、私は一人部屋に戻る。

 白を基調とした清潔感のある小部屋。狭い部屋でも客人が居なくなると随分物寂しく見えた。

 そう感じるということは、


「取り調べのようなお茶会でしたが、案外、私も楽しかったのでしょうか?」


 そんな余韻を感じながら、テーブルの上の食器を片付けていく。いつもならお茶の準備と片付けは執事の業務であるが、今日は内密な会合だからと断っている。

 こうして一人で作業する時間は嫌いではなかった。王子として普段人目を気にしているからかもしれませんね。

 カップ、ソーサー、クリーマー、そしてティーポッドに手を伸ばして──


「おや」


 ティーポッドを持つと少し重かった。まだ紅茶が残っているようだ。

 蓋を開けると、白磁のポッドとは対称的な暗色の紅茶が底の茶葉を覆い浸していた。茶葉に浸り続けていた紅茶はかなり濃くなっている。

 ストレーナーを介してカップに注ぐと、残っていた紅茶はカップの半分ほどだった。濃くなりすぎた分をお湯で薄めればぴったり一杯分になるだろう。

 丁度ノエルたちの話の内容を吟味したいと思っていたところでもある。


「湯を足して頂きますか」


 私だけのお茶会の続きだ。


 準備に使ったケトルと汲み取ってあった水の残りを持ってくる。ケトルに入れる水はカップ一杯に満たない少量でいい。

 この程度なら炉を使うまでもない。ケトルを左手で持ち上げ、その底に右手を添えるように差し込む。


「火よ」


 呟く声の小ささに照応するような小さな(ともしび)が掌に浮かんだ。


「覆え」


 魔力を注ぐ。火は布のように薄く、しかし大きく広がりケトルの下部を包み込む。

 火属性の基礎とも言える魔法だ。揺らめく炎を飴細工のように操っていく。もっとも、このような小規模だと魔法の修練や行使というよりは手遊びに近い。

 火を可能な限り薄く、ケトルに密着するよう意識しながら湯が沸くのを待っていると、ふと、持ち手を握る手に掛かる負担が軽くなっていることに気付いた。

 まだケトルの口から湯気は立っておらず、中の水が蒸発したわけではない。量の変化といった過程を踏まず純粋に軽く(・・)なっている。

 魔法の余波だ。


「未熟ですね……」


 魔法の四大属性はそれぞれが数多の『性質』を孕んでおり、同じ属性の魔法使いであっても中心となる『性質』は異なる。

 私の軸は『軽化』だった。

 天に昇らんとする火属性の『軽化』は、地に落ちようとする土属性の『重化』──たしかミリアがこの性質を得意としていましたね──と対をなす性質だ。

 水を熱するには不要なものだが、その性質が漏れ出してしまっているためにケトルが軽くなっているのだ。魔法の効果として表われる性質を制御し切れていない。

 未熟。


「……」


 安定していた火が揺らぐ。

 そもそも、私は自分の魔力性質があまり好きではなかった。

 『軽化』の魔法は資材の運搬などで便利ではある。しかし、火属性の魔法使いとして、王として、求められている役割は戦場の花形。

 広域を熱と光で満たし敵を滅す。圧倒的な制圧力で敵兵の戦意を砕く。その存在で味方を鼓舞する。そんな象徴的な力だ。

 それを演じるためには力強く純な火炎の性質が望ましい。そう、例えばロミニドのような──。


 ゴボッ。


「おっと」


 沸騰した泡の音で沈みかけていた思考が引き戻される。

 カップに湯を注ぐ。抽出が行き過ぎ黒く淀んだ紅茶、その水色が薄まっていき、琥珀色に澄んでいく。その様子に心地いいものを感じながら、私は苦笑した。


「羨んでも仕方のないことですね。魔力性質は生来のものですから」


 カップを口に運ぶ。残り物の紅茶は湯を足してもまだ少し濃かったが、悪くない。舌に感じる紅茶のキリリとした渋みが思考の切り替えを助けてくれるようだった。

 そう、今思案すべきはメアリーたちのことだ。


 三人の話を聞いた結論は至極シンプルだった。


 やはりメアリーたちの動きは危険である。一刻も早く私も動かねばならない。


 決定的だったのはノエルの惚気話だ。

 彼の様子に嘘や飾り気はなく、ミリアのアタックを受けて交際を始めたことがプラスになっていることは疑いようもなかった。

 ローランにしても同じだ。彼もセレストとの交際に満足している。


 だからこそいけない。


 メアリーたちの計画に私への悪意や侮りがあったのなら、私はなんなくはねのけられていただろう。

 第二王子として宮廷の暗澹たる陰謀術数を身近とし、時に巻き込まれていた私にとってそれは難しいことではない。

 しかし、彼女たちにあるのが純然たる善意であるなら、どうだ。

 “悪い”ものを拒むことは出来る。だが、“()い”ものを受け入れないことが出来るかは……分からない。

 エリザベットとの交際が私に良い影響を与えるとは未だ思えないが、メアリーが推すならそうなのだろうという妙な確信もある。

 そのような心持ちで彼女たちの計画に屈しないのは困難だろう。


「ならば、どうするべきでしょうか?」


 自問の答えは口に出さず、ただティーカップをゆっくりと回し、最後の一口を飲み込む。


「よし」


 長い思案の時を経て、私は(ようや)く立ち上がる決心をした。

次回は明日更新です(分路)

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