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第45話(下):男たちのお茶会

「さて、どちらからでも構いませんが、お話をうかがえますか?」


「そうは言ってもな……」


 付き合った経緯、と言われてもどこから話せばいいのか。

 セレストと知り合った幼少期のころから……というのが求められていないのは流石に分かる。

 しかし、入学してからの話にしてもウィリア森林のことやデートでの醜態を自らの口で語らねばならないのか……。それは遠慮願いたい。俺にも羞恥心がある。

 どうしたものかと考え込んでいると、ノエルが脇を小突いてきた。


「ほら、今はカルバンの番でしょ。だから、きっとこれから自分が何をされるか気になってるんだよ」


 ノエルの隠す気のない声量に、殿下の方を一瞥する。


「……」


 殿下はにこやかなまま無言だった。

 否定されないということはノエルの推測は正しいのだろう。

 彼女たちの働きかけに絞ればいい、というのなら話は簡単だ。


「大したことはされなかったぞ。セレストと一緒にいることが増えるようにお膳立てされた程度だ」


「僕もだね。ミリアと二人っきりになるように画策されたけど、そんだけ。それだってメアリーに強く押したら結局三人でとかになったし」


「ほう」


 殿下は再び口元に手を当て、思案顔になった。


「本当にそれだけですか? 例えば、あたかもメアリーではなくセレストあるいはミリアのことが好きだったと錯覚させるように会話で誘導されたりとか」


「……」


 一瞬、雑多なケータリングで埋まったテーブルと殺風景な小部屋が脳裏によぎった。エリザベットと二人きりで話した記憶だ。

 そのわずかなこわばりを殿下は見逃してくれなかった。


「心当たりが、有るようですね?」


「ちょっと、ローラン」


 ノエルが咎めるように口を尖らせる。

 わかっている。ここで殿下が彼女たちに、エリザベットに警戒心を抱くようなことを言うのは避けたい。

 適当な嘘で誤魔化すのも難しかろう。俺は嘘が下手だ。

 何より、それは不誠実だ。

 殿下に対しても、セレストに対しても。そして、あの日無関心ながらも誠実に俺の悩みを聞いてくれたエリザベットに対しても。

 故に、正直に言う。


「俺が自分のこととセレストのことで悩んでいるときにエリザベットと二人で話したことがあった」


 俺の答えが意外だったのか、殿下は笑顔を崩さなかったもののわずかに眉間に皺を寄せた。


「エリザベットがローランの相談相手になったのですか? それも、二人きりで?」


「そうだが……。それがどうした?」


「いえ、私が知る彼女からは想像も出来ないことだったので……。すいません、続けてください」


「俺からすれば殿下を前にしたときのエリザベットの様子こそ信じがたいものなのだがな……。まあいい。ともかく、その際にセレストへの想いと……その、メアリーへの熱が冷めていることを自覚するよう促されたのは事実だ」


 一息。


「だが、それは俺が元から持っていた気持ちを自覚させられたにすぎない。そうでなくともたった数分の会話で心変わりさせられるほど、俺はやわではないつもりだ」


「そうだよ」


 ノエルが継ぐ。


「確かに彼女たちはミリアとくっつくように話を持っていこうとはしてたよ。でも、僕がミリアに靡いたのはそれとは無関係に、彼女の告白で直接口説き落とされたからだ。メアリーたちの働きはそんなに怖くも強くもないよ。洗脳のアーティファクトとか剣呑なものを使われたりもしてないっていうのは僕らを見ればわかるでしょう?」


 テオフィロが手を挙げた。


「当事者ではない僕からも証言しよう。メアリーやエリザベットたちの策謀はかわいい児戯のレベルだよ。あくまで平和裏に、主触機会を増やしたりいいデートいいプレゼントいい経験を与えたりすることで、カップルの成立をもくろんでいる。極めて平和的さ。カルバン王子が恐れられることなんて、何もない」


「別に私は怖がっているわけでは……」


 殿下は中身がほとんど残っていたカップを手に取った。

 紅茶を味わいながら暫く思案した後、殿下はおもむろに口を開く。


「なるほど、特別なことはなかった、ということは承知しました。しかし、いや、なればこそ、一般的なアプローチで二人の心変わりを成功させている手腕は驚異的です」


「まあ、俺とセレストは元から仲が良かったからな」


「僕もだね。付き合いが一番長い女子って言ったら断然ミリアだし。あ、だからエリザベットはちょっと不安ではあるね」


 ノエルは一度言葉を句切り、殿下に目配せする。


「エリザベットもカルバンと出会ってからの長さだけでいえば結構長いけどさ、カルバンは彼女のことなんとも思ってないでしょう?」


「……」


 殿下は答えない。


「否定してほしかったなー。まいっか。だから、少しは手助けしてあげたいんだよね。カルバンの聞きたいことにはもう大体答えたんだから、僕の話も少しは聞いてくれるよね?」


「ええ、構いませんよ。彼女のいいところでも教えてくれるのでしょうか」


 表情を崩さずに殿下は許可を出した。

 そんなことで自分はほだされないという態度だった。


「ううん。口で言っても嘘くさいし、それはいいや。僕から言えるのは……」


 ノエルはうつむいて言葉を溜めながらカルバンに向かって身を乗り出した


「ミリアったらね、もうめっっっちゃかわいいんだよ!」


「はい?」


「あのね、ミリアとは付き合う前から一緒にいることが多かったから、正直付き合うことになっても何も変わんないんじゃないかと思ってたんだけど、それがもう大違い。遠慮がなくなったのかな? ちょっとした隙に手を握ってきたり、隣に座ると肩を預けてきたり、後ろからもたれかかってきたり。それで『どうしたの?』って聞くと『彼氏だから』って呟いて一層身をよせたりするの! かわいいでしょ!」


「え、ああ、はい、そうですね」


「でしょ? 近くにいないときも、見かければ彼女を目で追うようになったし、それで向こうもこっちに気づいたら、小さく手を振りあったりして。前から似たようなことはやってる些細なことも、彼女とやってると思うとちょっと気分が上がるって僕は分かったよ。そうそう、この前机にノートを広げて二人で術式の組み立てを相談してた時にね──」


 砂糖とはちみつをありったけ混ぜた紅茶のような甘い甘いノエルの惚気話に、さしものカルバン殿下も圧倒されていた。


「えっと、ノエル。貴方とミリアが仲睦まじいことはよくわかりましたから、それで何が言いたいんですか?」


「ごめんごめん、ちょっと熱が入り過ぎた。それでね? そうやって可愛い彼女に色々されるとさ、今度は僕から手を握ってみようかなとか、おいしいパティスリーにでも行こうかなとか、僕もミリアの喜ぶことをしてあげたいなって思うようになったんだ」


 ノエルはキラキラとどこまでも楽しそうに語る。演じることが癖になっていると悩んでいた彼だが、この姿は演技ではないと俺は思う。


「僕はミリアに押し切られるように付き合ったんだけどね。それでも、今幸せだし、まだ付き合って一月くらいだけど、ミリアと付き合ってよかったなと思ってる。つまり、好きな相手を追いかけるのもいいけど、自分を好きな人と付き合うのも結構、いや、かなりいいよってこと!」


 さて、どうだ。

 ノエルの演説は悪くなかった。ここで俺たちが言えることとしては最良と言ってもいい。

 故に、後は殿下がそれをどう受け取るかだ。


「お話しは、大変参考になりました」


 殿下の口から出たのは模範解答のような当たり障りのない答えだった。

 ここが潮時か。

 果たして、殿下の笑みの仮面は崩せなかった。いや、むしろ──


「本当に? 本当に僕の話聞いてた?」


 殿下の表情に不安を感じたのか、ノエルが不安げに問いかける。


「ええ、もちろん。私は臣民諸侯の声に耳を傾ける王になりたいと思っていますから」


「うわ、それって『話は聞くけど反映するとは言ってない』ってやつじゃない?」


 辟易としたノエルに対して殿下は、


「どの助言を採択するか自分で判断出来ないようでは、君主もただの傀儡ですからね」


 そう平然と言ってのけた。


─────────────────


 『ホストとして後始末も自分でしたい』と言った殿下を残して、俺たち三人は岐路についていた。


「ねえ、二人とも。僕、失敗したかな」


「そんなことはないさ。付き合ってからノエルくんがミリア嬢のことをより一層好きになったことも、今の二人が幸福なことも十分伝わったよ。独り身の僕としては思わず嫉妬してしまいそうになるほどね」


 十年の月日で形成されたカルバンからエリザベットへの印象はそう簡単には覆るまい。それこそエリザベット本人にしか解決出来ない問題だ。

 それに比べれば、ノエルの実体験で殿下を乗り気にさせようというのはまだマシな方法だった。


「いやはや、僕も早くパートナーを見つけたいね」


「テオフィロの軽口はともかく」


「おや、僕も真剣だったよ?」


 真剣であっても、どこか軽薄に響くのはこの男の美点であり、欠点でもある。


「殿下の標的には俺も含まれていた。結果的にノエルが多く語ってくれたに過ぎない。失敗というのなら責任は俺にもある」


「うん、ありがと、二人とも。でも──」


 二人がかりで慰めの言葉を掛けても、ノエルの表情は晴れない。そして、不安があるのは俺とテオフィロも同じであった。


「うーん、そうだね」


「まあ、な……」


 俺たち三人は誰が言い出すでもなく、同じものを思い出していた。

 別れ際のカルバン殿下の表情。


「あれは──」


 俺たちの言葉を聞き、思慮を重ねた殿下の結論とも言えるもの。

 いつも通りの笑みで隠せぬほど、殿下の眼にはなにか強い光が宿っているように見えた。


「覚悟を決めた顔だった」

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