第45話(上):男たちのお茶会
前回までの『互射のキューピッド』!
前世の記憶を思い出し自分がゲーム『Magie d’amour』の悪役令嬢であると自覚したエリザベット・イジャールと、同じく前世の記憶持ちだったマジダムの主人公メアリー・メーンはエリザベットの叶わぬ片思いを果たすため、メアリーに集中する攻略対象の負担を分散させるため、カップル量産同盟『互射のキューピッド同盟』を結成する。
奔走の結果二組のカップルを成立させることに成功した『同盟』はいよいよエリザベットの求めるカルバン・アーサー王子の攻略に取り掛かる!
そんな彼女たちの暗躍に気付き、攻略対象のカルバン王子もまた、動き出そうとしていた……。
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学園に来てから紅茶を飲むことが増えた。
俺、ローラン・シュバリエは、差し出された紅茶を前にある種の感慨にふけっていた。
以前の俺にとって飲料とは鍛錬によって失われた水分を補給するだけのものであった。
そこに工夫も楽しみも必要ない、清潔な水さえあれば文句の付けようもない。
俺が──付け加えるなら他の家族やセレストも──そんな考えであったから、茶葉と茶器を用意し、温度や時間に気を配る手間暇をかけてまで水に味と香りをつける贅沢はほとんど別世界の文化であった。
その俺が──
「どうされましたか?」
「いや、すまない少し考え事をしていた」
急かされるようにしてカップに口をつける。
香り立ちがよく、コクの深い、王道と呼ぶにふさわしい気品のある味わい。
いつもと違う。
俺にとっての紅茶はエリザベットが『恋のキューピッド同盟』の集まりで用意してくれるものだ。その銘柄やフレーバーは度々変わっていたが、彼女の好みだろう、華やかで軽い趣は共通していた。
この一杯は選択の思想から異なっている。
嗅覚と味覚に直接訴えかける違和感は、紅茶の本来持つリラックス効果を上回る緊張をもたらしていた。
だが、何より、
「ふっ」
無骨な俺が味の違いで緊張するほど紅茶に親しんでいることが、少しおかしかった。
「どうですか? お茶の腕前はちょっとしたものだと自負していますが」
「ああ、美味しいよ」
「そうだとも!」
はす向かいに座っていた男、テオフィロが声と共に立ち上がった。
「繊細ながら力強い味わい! 琥珀を思わせる美しい色合い! これほどの紅茶を淹れられるものは我が祖国を探しても2人といまい」
身体を回し長い赤髪を靡かせながら壮大な美辞麗句を並べる。
褒め言葉もそこまで過ぎれば嫌味だが、芝居めいた仕草と合わせれば、寧ろジョークのようにコミカルな空気があった。
「『教皇の御言』と名高いキアーラからの賞賛、誠に光栄です」
「いやいや、僕は素直な感想を述べただけだとも。王子手ずからの紅茶にはそれだけの価値があるとお思い下さい」
俺たちを呼び出した主、カルバン・アーサー第二王子は、大仰に礼をするテオフィロを涼やかに受け流し、自らも席についた。
悠然と、にこやかに。しかし、僅かに攻撃的な気配をはらんだ面持ちで。
この場に呼ばれたのは俺とテオフィロ、そして先ほどから黙って紅茶を飲んでいるノエルの三人だけだった。
ホストのカルバンも合わせて男四人の茶会。いささか、いやあからさまに不自然な集まりだった。
探りを入れるか。
軽い挨拶から紅茶に最適な標高はどれほどかというところまで話を発展させていたテオフィロを遮る。
「殿下、今日はどういったご用件ですか。まさか紅茶を振る舞いたかったというだけではありますまい」
「いえいえ、それだけですよ?」
直裁な問いかけはあっさりと躱された。
「聞けばメアリーたちは女性同士で頻繁にお茶会を開いて交友を深めているそうではありませんか。私たちも男性陣もたまにはそういうことを行ってもいいと思いませんか? 特に貴方方とは同じ生徒会の仲間でありながら、私とは壁があるように感じたので」
爽やかな笑みを絶やさないカルバンの言葉は、一見穏やかだが、その実は俺たちへの詰問である。『お前たちが共謀していることを私は知っている』と暗に言っているのだ。
「……」
「まどろっこしいなぁー」
閉口した俺に変わって銀髪の少年が口を開く。
「あ、ご馳走様。紅茶は美味しかったよ」
ノエルは空になったカップを置いた。空いた両手を膝の間に入れて椅子のヘリを掴み、退屈そうに身体を揺らしながら言う。
「それで、カルバンが聞きたいのはどっちのこと?」
カルバン殿下は王子を呼び捨てにする不敬をとがめることもなく、笑みを浮かべたまま言う。
「どっち、とは。何のことでしょうか」
「だからさ、エリザベットとメアリー、どっちのことが気になってるのかなって」
「────」
今度はすぐには答えなかった。
口元を隠すように手をそえ、しばし考えた後、
「それは、同じことではありませんか?」
と、疑問を返した。
殿下の言う通り、メアリーとエリザベット、二人が協働している以上どちらかについて聞くことはもう片方の動向にも通じる。分けて考える意味はないように思える。
しかし、ノエルは首を横に振る。
「そうかもしれないけど、どっちに注目してるかは大事だよ。カルバンの意識を知りたいな」
「であれば、メアリーのことが知りたいですね」
「うわ、即答。厳しいねー」
ノエルは両隣の俺とテオフィロを見て苦笑した。
わかっている。
メアリーを好いている殿下には悪いが、俺たちの目的はエリザベットと殿下の交際を成立させることだ。
そのためにここでカルバンから有益な情報を引き出したい。あわよくばエリザベット嬢の魅力の一つでも売り込みたいところだが……。
「というかですね。ノエル、貴方の質問は早合点ですよ」
「ありゃ、違った?」
「まあ、当たらずしも遠からずではありますが……」
殿下は手のひらを上にして、ノエルと俺を順に指し示した。
「私が聞きたかったのは貴方とローラン、お二人が現在のお相手とお付き合いするようになった、その経緯です」
「何故そんなことを」
思わず聞き返していた。
「私は貴方たちをメアリーを巡る恋敵だと思っていました。ほんの数か月前までね。それが気付けば他の女性とお付き合いしていたのです。どんな心変わりかと気にもなるでしょう」
「おや?」
殿下の言葉に真っ先に反応したのは当事者の俺たちではなく、テオフィロだった。
「僕はライバルとすら思ってもらえてなかったのかな?」
「貴方はメアリー以外の女性にも声を掛けてたではありませんか。他の方に狙いを変えていても不思議在りません」
「うぅん……! それではまるで僕が尻軽のようではないか!」
天を仰ぐ伊達男を、全員が呆れた顔で見ていた。
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