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第44話:王子のため息

「あ、あの、カルバン様! 秋翠祭(しゅうすいさい)についてなのですが!」


「……お早う御座います、エリザベット。何かご不明な点がありましたか?」


「は、はい、おはようございます。えっと、出店の審査についてなのですが──」


 最近、エリザベット・イジャールが話しかけてくるようになった。

 この一週間、毎朝私の元にやって来ては他愛もない話をして去っていく。


「──と、なっています。ご理解頂けたでしょうか?」


「ありがとうご、ございます!」


「いえいえ、また分からないことがありましたらどうぞお気軽に生徒会役員にご相談ください」


 出来れば、私以外の役員のところに。

 そう言いたいのを堪え、聴講席の階段を降りていく彼女を完璧な作り笑いで送り出す。

 まぁ、こういった人間をあしらうのには慣れているので、話しかけてくること自体は構わないのだが……。


「頑張った」


「うんうん。一週間毎日よく勇気を出したとも」


 議会の有力者であるローリー伯の娘ミリアと留学生筆頭のテオフィロ。

 教室の右手前、私が座っている奥の窓際とは五人の男女がたむろしていた。

 ミリア、テオフィロ、ローラン、端の少女は……アイリス・ミーティだったか。そして、メアリー・メーン。


「わたし、ちゃ、ちゃんと話せてたかしら?」


「……頑張りましたね!」


「頑張ったッスよ!」


「質問に答えなさい!」


 彼女たちはエリザベットを迎え入れて姦しく騒いでいる。

 そういうことは私に聞こえないようにやって欲しいものだ。

 多少の気を遣ってか距離を取ってはいるが、教室は教壇が見やすいよう傾斜がついているため後方の席からは前の彼女らが丸見えであり、大きな声のために丸聞こえである。

 こうもあからさまに好意をアピールされると流石にやりにくい。更にやりにくいことが、メアリーがエリザベットを応援している立場を明らかにしていることだ。


「エリザベット様。大事なのは結果より過程ということもありますよ?」


「結果がダメだと言いたいのなら正直に言いなさい……!」


 談笑するメアリーは私に背を向けていて、その表情は見えない。

 私はメアリーのことが好きだ。

 しかし、彼女が私を好いているエリザベットの味方に付いている以上、私からアプローチをかけることが出来ない。

 それを見越してわざとやっているのなら、タチが悪いと言わざるを得ない。


「そんな強かさも彼女の美点……と思ってしまうのは惚れた弱みですね」


 避けられている、というのは自分でも分かる。

 問題なのは避ける理由だ。

 メアリーに嫌われているのなら諦めも付くが、エリザベットに遠慮してということなら私が諦めなければいけない謂れはない。

 彼女の様子や現状から考察すると──


「希望的観測込みで後者がやや優勢、ですかね……」


 彼女個人というよりも団体(・・)としての都合である。そう判断するに足る根拠はあるのだ。


 メアリー・メーンとエリザベット・イジャールが何かをしている。


 少なくとも女子同士で助け合う互助会のようなサロンを作っているということは確実だ。

 ミリアから生徒会にサロンとしての正式な登録がなされたのは二学期に入ってからだったが、活動は五月からしていたと部屋の貸し出し記録で分かっている。

 ただの女子会なら問題視することではない。いや、所属するメンバーの家が持つ権力を鑑みればそれだけで重要度の高いサロンではあるが、それ以上に重要なのが『キメラの発見』や『メアリー誘拐』といった学園で騒動を起こした事件にも彼女らが関わっていることだ。

 特に後者については私も王子の名を使ってまで捜索に協力し、エリザベットとも直接話している。

 話した翌日、彼女がサロンの仲間とともにアンファン家の別邸でメアリーを保護したという知らせを聞いたときは、歯噛みしたものだ。

 彼女と話した際、『友人が攫われたにしては落ち着きすぎているが事件に関わっている可能性は低い』と結論付けたのは読み違いだったらしい。

 しかし、いくら調査しても彼女らの周りに不審なところはなく、誘拐事件に関してはノエル、メアリー両名と保護に立ち会った四人全員が結託して経緯や詳細を誤魔化しているため調査もはかどらない。

 今相談を持ち掛けられている創作料理の出どころも不明だ。

 だが、協力を得られそうだったミリアもあちら側についてしまったため、この不可解な問題は一時棚上げとしている。


「思考が脇に逸れていますね……」


 経緯も真意も不明ではあるが、とにかく、彼女たちは結託している。

 そして、ローラン、ノエルは彼女たちの働きでセレスト、ミリアと矢継ぎ早に付き合うこととなった。

 メアリーを争うライバルが減ったのは喜ばしいが、


「次はエリザベットの……私の番、ですか」


 今もみんなでエリザベットを励ましている。この予想は合っているのだろう。

 やはり、攻めづらい。

 メアリーがどうして協力しているのかも問題だ。身分差のために無理やり従わされている、というようには見えない。

 エリザベットに怒鳴られ、睨まれ、時には叩かれながらも、懲りずに茶化してはじゃれあうように笑っているメアリーを見る限り、彼女たちの関係は対等に近い。

 ならば、『互助』というのならば、メアリーにも意中の男がいることになる。

 そして助け合いが成立している以上、それは己ではない。

 心当たりは──、


「…………」


 心当たりは、ない(・・)

 生徒会室で、彼女が誰をよく目で追っているかを知らない。彼女が誰に一番いい笑顔を向けるかを知らない。冷たくあしらわれ続けても自分から話しかけに行く相手を、知らない。

 知らない。認めたくない。

 だって、そうだとすれば、彼女も私よりあの男のことが大事だと……。


「ふぅ……」


 良くないものが自分の中で首をもたげようとしている。

 それに蓋をするために窓の外を見て溜息を吐いた。

 木々の葉は若々しく力強い緑から、美しくも儚い黄や紅に衣替えを始めている。

 溜息をもらすには似つかわしい景色だった。


「見て、殿下がため息を吐いていらっしゃるわ!」


「この国の未来を憂いているのかしら!」


 見られていることに声で気付く。

 遠巻きに私を見ていた女生徒たちに笑いかけると、黄色い声が上がった。

 そんな御大層なことは考えていないのだが、端麗な顔で物憂げに窓の外を眺めため息を漏らす己は、彼女たちにはそう見えたのだろう。

 顔、表情、仕草、口調、服装、肩書き。

 人は表面的なことで他人を評価する。

 それが悪いこととは思わない。私自身そう思って欲しいから表面を取り繕っているのだ。文句を言うのは筋違いだろう。

 柔和に優美に、しかし媚びずに、毅然と。

 王子として求められている姿を見せれば、自ずと周囲からの評価も上がっていく。

 中身がどうであれ。

 しかし、世の中にはそんなことをせずとも、ただ己の能力で評価される者もいる。


 そう、例えば第一王子のロミニド・アーサーのように。


 ロミニドは傲岸不遜が服を着たような人間だ。

 しかし、彼の能力……魔力、頭脳、戦闘力、取り分け人を扱う手腕については王に相応しいと誰もが認めるほどである。

 故に、態度が横暴であっても次代の王の最有力候補は彼であると目されている。

 第二王子の私はそんな男と王位を争っている。

 勝ちたい、と思う。

 勝たなければならない。

 能力で劣る己がロミニドに勝つためには、彼が軽視している部分、外面や人との親密な繋がりといった武器で差を埋める必要がある。

 恋愛至上主義な教会の教義には反するが、私にとってパートナーもその一つである。

 そういう意味でも、優秀であり才能もあるが孤児院に所属し誰の息も掛かっていないメアリーは、欲しい。

 一方でエリザベットをパートナーにした場合、イジャール公爵との結びつきが強くなるのは大きいが、それだけだ。イジャール公と結びつきを作る手段は他にもある。

 彼女個人に魅力を感じない以上、パートナーにしたいとは思えない。恋愛においても政争においても。


「……ええ、やはり、そうですね」


 このまま彼女たちに流されてエリザベットと付き合うことになるのは、やはり、うまくない。

 今の私に付き合う気はないが、それでもあのサロンは侮れない。

 あのローランとノエルが丸め込まれたのだ、私もそうならないと楽観視することは出来ない。

 彼女たちが私を思い通りにしようというのなら、こちらも抵抗してやる。

 突きやすそうなのは後から参加した男性陣だろうか。そんなことを考えながら、授業を始めようとする教師に促されて解散する五人を見ていた。

 それにしても、


「ローラン……。先ほどから一言も喋っていませんでしたが馴染めていないのでしょうか……」

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