第40話:第三案件、第二王子、第一の問題
二学期。
国中の実家や避暑地に散らばっていた子息令嬢たちが翠玉の校舎に戻ってくる。貴族として必要な知識や魔法を身に着けるために。あるいは、将来のパートナーを見つけるために。
それは、わたしたちも例外ではない。
「皆様、お忙しい中お集まりいただき、誠に有り難う御座います」
一ヶ月ぶりに丸テーブルを囲む男女七人。
纏う空気も華やかな彼ら彼女らの中、もっとも簡素な身なりの女が場を仕切っている。
メアリー・メーンだ。
「セレスト様とローラン様に続いて、ミリア様とノエル様のお付き合いも成立。二つの実績とノエル様という新メンバーも加わり、『互射のキューピッド同盟』は益々盛況になりました」
名前が出た背の低い先輩、ノエル・アンファンはパチパチとやかましく拍手して演説するメアリーをはやし立てていた。
子供っぽい振る舞いを気にしなくなったのはいいことだけれど、あれだけ迷惑をかけといてこの態度は、この人も大概面の皮が厚い。
そんなノエルとは対照的な沈んだ声をこぼす男が居た。
「はぁ……。僕がイータに帰っている内にそんな面白そうなことがあったとはね……。関われなかったのは遊び人の名折れだよ」
芝居がかった仕草で空を仰ぎ、項垂れる伊達男はテオフィロ・キアーラだ。
そんな名はへし折れとけばいいと思う、バキバキに。
「テオくんが活躍する機会もこれからきっとありますよ!」
メアリーはにこやかにテオフィロを励まし、ふ、と真面目な顔をした。
一度、大きく深呼吸をして、彼女は言う。
「そう、これから、これからなのです。ある意味、これからが本番です。何故なら! 次こそがこの集まりの発起人でいらっしゃるエリザベット様の案件! 最難関と思われる本国の第二王子、カルバン・アーサー様の攻略なのですから!」
そう、いよいよ次はわたしの番だ。
いつもならわたしがしている仕切り役を彼女に譲っているのも、わたしが次の当事者だからである。
それはそれとして、
「『最難関』ってどういう意味よ」
まるでわたしが脈なしみたいじゃない。
「事実だろ」
凛とした面立ちの女性、セレスト・リリシィがわたしの不満をばっさりと切り捨てた。
隣に座る彼女の伴侶、座っていても威圧感のある緑髪を短く刈り込んだ大男、ローラン・シュバリエも気まずそうに頷いている。
「ローラン様ぁ? おっしゃりたいことが有るのなら、どうぞ遠慮なくおっしゃっていただいて構いませんのよぉ?」
努めて笑顔を作って必要以上に慇懃な口調で問いかけると、ローランは渋々といった様子で腕を組んで口を開いた。
「すまん。正直に言えば、カルバンとエリザベットが付き合っている姿が全く浮かばない」
思ったより遠慮のない意見だった。
「そうだよねー」
同意したのは、手を頭の後ろで組んで椅子ごと身体を揺らすノエルだった。
「例えばだ。ローランとセレストが付き合ったって聞いたとき、僕は『やっぱりなー』と思ったし、僕たちのことを人に報告したときも『いつか付き合うと思ってた』って顔してる人が多かったよ。でも、エリザベットとカルバンが付き合ったって聞いたらみんなびっくりするんじゃないかな。『あり得ない!』って、もう驚天動地」
「ノエル……」
あんまりにもな言い様を咎めるように、パンプキンクッキーを無言で平らげていた小動物めいた少女は彼氏の名前を呼ぶ。
いいわよ、ミリア・ローリー! その調子でなんとか言ってやって!
「……言い方、エリザベットが傷つく」
考えたすえに、内容を否定するのは諦めたようだった……。
半端な優しさは余計に人を傷つけるものだと知っておいて欲しいものね。
「あの」
溜め息吐息のわたしたちを見かねたのか、メアリーがおずおずと手を挙げた。
「そんなにエリザベット様とカルバン様の仲はよろしくないのですか?」
「うーん」と、問いに答える代わりにうなり声を上げたのはセレストだ。
彼女は柳眉を歪ませて難しい顔をする。
「いや、仲が悪い、というわけではないのだが……寧ろ、それ以前の問題というか……。メアリーは、ああ、後テオフィロも」
沈痛な面持ちの四人と比べてピンときていないようだった二人。
その共通点はレアニアの貴族ではないこと、つまり、学園に来る前のわたしたちを知らないということ。
「二人はカルバン様とエリザベットが話すところを見たことがあるか?」
「……僕はないね」
「私もこの世、あ、いえ、この目で直接見たことはありません」
『この世界』と口走りそうになったわね、こいつ。
睨んで失言を咎めると、彼女はテヘペロとわたしだけに見えるよう小さく舌を出した。かわい子ぶった仕草が似合っているだけに腹立つ。
「間接的にでも様子を知っているのなら分かると思うが」
「ですが、私が知っているのはあくまで……。いえ、なんでもありません」
メアリーはセレストに反論しようとして、すぐに止めた。
しかし、彼女はまだ納得いかなそうな顔で、今度は何かを考え込んでいる様子だった。
セレストはそんなメアリーからテオフィロに視線を移す。
「まあいい。テオフィロ。君は全く知らないんだな?」
「そうだね。言われてみれば、カルバンくんとはそれなりに親しくしているつもりだけど、彼からエリザベット様の名前を聞いたこともない。でも、接点の少なさが問題ということなら僕たちでセッティングすればいくらでも……」
「いや、そうじゃないんだ。公爵家の娘だけあって接点は多い方なんだが……。ああもう! 説明するより実際に見せた方が早いな! エリザベット!」
「はいっ!」
鋭く名前を呼ばれて、肩がビクっと跳ねた。
セレストは切れ長な目を更に細め、獲物を射抜くような視線でわたしを捕らえる。
「なんでもいいから、カルバン様と話してこい」
「え」
「セレスト、それは、鬼……」
急な司令に言葉を失うわたしをミリアが庇ってくれた。
「しかしだな、気軽に世間話でも出来ないようではこの先到底──」
「セレストは、正しい。でも、いきなりはエリザベットだって──」
セレストは凜々しく、ミリアはたどたどしく、しかし二人とも譲ることなく議論を交わす。
取り巻きのような知人はたくさん居たけど、わたしのことでこうも真剣になってくれる友人ははじめてかもしれない。
そんな感慨に浸っていると、
「聞いているのか、エリザベット」
「ぼうっとしてちゃ、だめ」
怒られた。怒られたので、真面目に想像してみる。
カルバン様、今は生徒会室でお勤めの最中かしら?
生徒会室に突入して、いや、役員のメアリーとかに呼び出して貰う方が自然かな?
どこか人気のないところでカルバン様と二人きりになって……何の話をしよう?
天気の話、つまらない女だと思われるわ。
共通の話題、メアリーの話とか、それは嫌だわ。
レアニアの政治についてとか……素人知識をひけらかして学のない女だと思われたらどうしましょう。
ああ、話したい話題が浮かんでは否定されていく。
考えていく内、頭を使ったせいか顔に熱を感じてきた。
両の手の指で額に触れ、そのまま顔全体を掌で覆う。
そもそも、
「用も無いのにわたしからカルバン様に話しかけるなんて……恥ずかしっ」
「…………」
視界を閉じていても分かるほど、場の空気がシラケていたわ。
エリザベットはカルバンが生徒会室に居ると予想していますが、この時彼は王城にいます。
生徒会の仕事があったら役員のメアリーたち三人はここにいませんから。