幕間2-2:遺宝とり
「神授遺宝を獲りに行きましょう!」
メアリーが朝っぱらに訪ねてきた。二日連続である。
神授遺宝、それは遥か昔、神様から人類にもたらされたと言われる不思議な道具。
例えば、絶対に正確な時を示す時計塔。
例えば、最強の制圧力を誇る王剣。
例えば、魔力特性を自在に変える万能の触媒。
魔法のあるこの世界において、なお人智を越えたマジックアイテムは一つ一つが国宝級の代物である。
それをこいつ、セミを取りに行く小学生のような気軽さで言いおって。
「暑さで頭がやられたの?」
「残暑も厳しいですからね……。ですが、ご心配なさらず! 私は元気です!」
あっそ、と彼女の明るさにうんざりしながら呆れた返事を返す。
さて、どうやって断ろうかと考えていると、メアリーがわたしの手を取った。
彼女は遠足に行く子供のようなうっきうきの表情で、
「お見せしたいものがあるので、まずは私の部屋に行きましょう!」
「……はい」
ああ、無邪気な圧を振り解けない自分の弱さが恨めしい。
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メアリーの部屋に来るのは一月ぶりになるか。
勉強机の上の棚に『白銀の少年』と刻まれた楯が増えているのを目の端で捕らえながら、彼女に連れられ部屋の奥に進む。彼女は整頓された部屋の中でその一画にだけ服やら雑貨やらが積み重なっている。彼女はそこにしゃがみ込んで「えっと、この辺に……」とがさごそし始めた。
「整頓しときなさいよ」
「隠しておきたい物もあるんです! ここはそのカモフラージュでポートさんにも触らないように──あ、ありました!」
メアリーは一冊の本を両手でしっかりと持ってわたしに掲げた。臙脂色のハードカバー、厚みはさほどないが大判であり重厚な印象を受ける。
そして、初見なはずなんだけど、なんとなく見覚えを感じる。
「なにそれ?」
彼女はわたしの問いに答える代わりに本のページを開いた。
どうやらアルバムだった一ページに三枚、見開き六枚の写真が並べられていた。いずれも攻略対象の写った写真であり主人公とのツーショットもある。
一体誰に撮らせたんだか……いや待て、これはおかしい。
この中世めいた世界に写真は存在しない。
「どういうこと……?」
わたしがまだ分かってないのを見て、メアリーは「うーん」と首を捻りながらアルバムのページをめくる。
「えっと……あ、これなら」
そして、一ページ目を開いて見せてきた。
このアルバムの最初の写真、それはエメラルド学園の正門だった。
但し、『Magie d’amour』というロゴの入った。
「あ、スチルね! これ!」
最初に見当をつけた通り、確かにこの本はアルバムだった。
しかし、それは一般的な意味でのアルバムではなく、ホームの『アルバム』機能。今までのプレイで閲覧したスチルをもう一度鑑賞するためのオプションだ。
そういえば、ゲームでもアルバムを選択するとこんな感じの本を開く演出があった気がする。
「御名答です! その名も『貴方の思い出』、ゲームのアルバム機能を担う神授遺宝です!」
「ただの演出じゃなかったのね……」
ゲームのホーム、つまり主人公の部屋で『アルバム』は閲覧出来た。それに神授遺宝であるなんて設定があれば、この世界のメアリーの部屋に同じモノがあってもおかしくない……のかしら?
「わたしも最初に見つけたときはびっくりしました。ですが、これを見て思ったのです。『貴方の思い出私の手元にあるなら、マジダムに存在した他の神授遺宝も探せば手に入るんじゃないか?』って!」
「それで神授遺宝を取りに、ね」
「はい! 二学期に入ってしまうとまた忙しくなりますし、それまでに学園にある物についてはチャレンジしてみませんか?」
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神授遺宝狩りをはじめてから5日が過ぎた。
結果報告。
『孔雀の尾羽』
失敗。研究棟の隠し部屋に挑むも三つ目のパズルが解けず断念。メアリー曰く「本来は小説でノエル様が手に入れる物なので、ノエル様並みの知力がないと難しかったですね……」とのこと。
『四つ棘の薔薇』
成功。庭師のおじさんの依頼を発端にする一連のお使いクエストの報酬。過程をすっ飛ばして「伝説の肥料のレシピは管理小屋の隠し棚」と教えてクリア。
『秘宝アレキサンドライト』
失敗。それがある地下聖堂への侵入方法が分からず断念。
他、二つの神授遺宝を探すも見つからず。
日が落ちたところで捜索を切り上げ、わたしの部屋に戻ることなった。
「うーん、ゲームの知識があっても楽々ゲットとは行きませんでしたね……」
残念そうに、でもどこか楽しげにメアリーは呟く。
「学園にあるはずの神授遺宝は今までので全部?」
「他にもいくつかありますが、残りは入手が危険なものになりますね。ダンジョンの奥とか」
わたしというお荷物を抱えてそんなところに行くわけにはいかない。
ローランたちの協力を受ければ行けそうだけど、なんでそんな場所を知っているのかと疑念を抱かれたら面倒だ
「あ、でも」
「でも?」
「一応エリザベットがいつの間にか持っていた神授遺宝があります。アンソロジーで」
「アンソロジーか……」
アンソロジー。色んな作者がMagie d’amourを舞台にして書いた話をまとめた短編集だ。
公式二次創作とでも呼ぶべき代物で、いくらこの世界がMagie d’amourそっくりでもアンソロジーまで再現されるかというと……。
「存在するか怪しいところではありますが、ある意味危険な物ですので、ピンク色の鍵を見つけたら私にご一報ください」
「はいはい。じゃあ結局、手に入ったのはこれだけね」
二人で囲む丸テーブルの中心には一輪の真っ赤な薔薇が入れられた流線型のガラスケース鎮座している。
唯一の成果である『四つ棘の薔薇』だ。
中の薔薇は満開の花と一対の葉、名前の通り四本の棘を持った茎しかなく、水に浸けてすらいないが、奇妙なことにしおれる気配がない。流石、神授遺宝。
「それで? これにはどんな効果があるの?」
「『四つ棘の薔薇』は『アムール・コレクション』の一つですが、エリザベット様は入手していませんでしたか?」
「したけど……」
アムール・コレクションは本筋の攻略やストーリーには関係ないコレクションアイテムである。
所謂収集要素。
攻略サイトを見ないと見つけられないような難しい物もあったが、お使いクエストの最終報酬である『四つ棘の薔薇』は面倒くさいだけで手間を惜しまなければ簡単な方だった。
だからわたしもゲットはしていた。けれど、コレクションアイテムは何の効果も持たない。
一応アイテム一つ一つに説明はあったけれど、
「フレーバーにちょろっと書いてある情報なんて一々覚えちゃないわよ」
「それもそうですね」
彼女は一つうなずき、
「ですが、『四つ棘の薔薇』なら私は覚えています。印象的だったので」
「ほう」
彼女は諳んじる。
「唯一無二『四つ棘の薔薇』。世界に一輪しかない薔薇。とても貴重。ガラスの覆いがある限り薔薇が傷つくことはない」
……。
「つまり、観賞用?」
「はい、そうなりますね」
「苦労して損した~~!」
机に身を投げ出して対面に座るメアリーを睨み付ける。
「で、でも、世界に一輪しかないんですよ? わざわざ説明文で強調されるくらい貴重なんですよ?」
「うっさい! 大体、世界に一つしかないってそんなのゲームの説明を知ってるわたしたちにしか分かんないじゃない! 意味ないわよ!」
「えへへ、確かに」
はぁ……。
「ああ、あー。もう明後日から二学期が始まっちゃうなー。夏休み最後の一週間くらいのんびりしたかったのになー」
投げ出した腕でぺちぺち机を叩きながら不平を訴える。
「うう……。で、ですが、見てくださいこの薔薇を! エリザベット様のカラーである赤! こちらの格式高いお部屋にも負けない存在感! しかも、不思議パワーで状態が保存されているのでずっと飾っておけます! これはエリザベット様に差し上げますので、どうかここはひとつ!」
ひんやりした机の感触を頬に感じながら横を向けば、『四つ棘の薔薇』が目の前にある。
世界に一つしかないらしいが、植物に詳しくないわたしには普通の薔薇にしか見えない。
でもまぁ、綺麗ではある。真っ赤なのも悪くない。
「そんな機嫌を取るような言い方しなくていいわよ。分かったわ。この薔薇の美しさに免じて許してあげる」
暑い中連れ回された報酬にしてはまだ不足だけど、と口には出さなかったが、不満は伝わったらしい。
メアリーは「有り難う御座います!」と頭を下げた後、続けた。
「ですが、確かに最近エリザベット様に頼りっぱなしでした。孤児院のこともあります。何かお礼をさせてください! 欲しいものとかありませんか?」
「お礼ねぇ」
そうは言っても、平民のメアリーに出来ることなんてたかが知れてる。こいつに用意出来てうちの財力で買えないものなんて……。
あ、あった。
「アイスクリーム」
金はあってもこの世界じゃ手に入らなくて、今とっても欲しいもの。
「アイスクリームが食べたい」