第39話:エピローグ 青年
ベッドが一つあるだけの簡素な部屋。
シンプルな部屋の中で、唯一ベッドだけが数多の魔法陣により荘厳に飾り付けられている。
淡く光る幾何学模様の檻の中には美しい女性が微動だにせず横たわっていた。
アンファン夫人、ノエルの母だ。
祭壇のようなベッドの傍らには、眠れる美女とよく似た少年が跪き、その周りを彼と同年代の男女が見守るように囲む。
神聖さすら感じる静寂の中、赤のドレスを着た女が口を開いた。
────────────────
「本当によかったの? わたしたちも来ちゃって。久々のご対面なんでしょ?」
「もちろん、みんなのことも紹介したくてさ。おかあさん、遅くなってごめんね。なんとか夏休み中に会いに来れたよ」
「わたしとノエル様はあれからずっと謝罪行脚でしたからね……」
「ほんと、ほんと。色んな人に頭を下げて、怒られて。特に王子兄弟のお説教は堪えたよー。僕の研究費とメアリーの給付金も減らされちゃったし」
「あれだけの騒動を起こしたのだ。寧ろ、それだけで済んだことを幸運と思え」
「反省してます。──おかあさん、僕、ひどい間違いを犯しちゃってね。でも、彼らが間違いを正してくれたんだ。僕の自慢の、優しい友人たちだよ。えっと、誰から紹介しよう……」
「はい! 僭越ながらわたしから自己紹介させていただけませんでしょうか!」
「うん、そだね。順番としてもそれがいい」
「ノエル様のお母様。はじめまして、王都シルブ孤児院のメアリー・メーンと申します。卑賤の身ではありますが、皆様のご厚意で魔法学園に通うことが出来、ノエル様にも大変よくしていただいています」
「メアリーはすごい子だよ。貴族じゃないけど、魔力量がとっても多いし、学習意欲も高い。今はミリアと一緒に彼女に研究を手伝って貰ってるんだ。それで……これ、みんなの前で言わなきゃダメ?」
「だめ」
「禊ぎだと思って、しっかり言いなさい」
「はい……。えっと、僕はメアリーのことが好きになって、それで、彼女がいじめられてるのを助けたいなーって気持ちと、彼女を独り占めしたいなーって気持ちがない交ぜになって……攫っちゃった」
「『ちゃった』ってあんたねぇ……。というか、わたしが殺されかけた下りをカットしないでよ」
「本当に、ごめんなさい」
「フォロー、すると、殺そうとしたわけじゃ、ない、たぶん」
「なんでミリアにそんなことがわかんのよ」
「壁の痕。エリザベット、背が高いから、ノエルが頭を狙ったら、外れた魔法は屋根に当る。でも、廊下の突き当たりまで、行ったなら、斜角は平行に近い。たぶん、狙いは腕か肩」
「それでも、当れば大怪我させてたと思う。謝って赦されることじゃないけど──」
「ああ、もう、いいわよ。あんまりかしこまられてもうざいし。それじゃあ、話に出たことだし、わたしも自己紹介するわ。えっと、ノエルのお母様、確かはじめまして、だったかしら。イジャール公の第三子、エリザベット・イジャールです。お子さんには結構な迷惑をかけられましたが、もう済んだことですのでお気になさらず」
「私たちも挨拶をさせてもらおうか。リリシィ伯の長女、セレスト・リリシィです。ノエルくんとは同級生で……期末試験の時に大変お世話になりました」
「シュバリエ候の長子、ローラン・シュバリエ。11年ぶりになりますね。覚えておられるか分かりませんが、貴女に頭を撫でられたことがあります。あれから、図体ばかり大きくなってしまいました」
「有り難う。二人は凄く強いカップルでね……。森の別邸を二人だけで制圧されちゃった」
「アンファン家の財産に傷をつけたようなものです。夫人には、申し訳ない」
「いいって、悪いのは彼らを巻き込んだ僕なんだから。それに、怪我のほとんどは打撲だったし、出来るだけ傷つけないようにしてくれたんでしょ? 魔法の手錠まで使って」
「頑張って、用意した」
「うん、有り難うミリア。それでね、地下室にメアリーと一緒に閉じこもってたんだけど、彼らに突撃されて……彼女に説得されたんだ」
「ノエルのおかあさん。2年ぶり、くらいかな。ミリアです。息子さんは、頂きました」
「流石です、ミリア様……!」
「えへん。ノエルは、暴走することもあるけど、変わらず優しくて、おかあさんが大好きな、いい人です。これからは、わたしが支えていきます。いつか、ノエルと二人で……うんうん、三人で、本当に会いたいと、思います」
「『本当に』って魔法を解くの?」
「みんなが来る前におとうさんと相談したんだ。あんまり遅くなってもよくないから、いつ魔法を解くかちゃんと決めとこうって」
「孫の顔を、見せるときって、なりました」
「まあ! じゃあ『三人』はお二人のお子様のことなのですね! ふわぁ、どんな子なのでしょう、どちらに似てもきっととっても可愛いですよ!」
「ああ! 私も見てみたいなあ!」
「……ねえ、同級生のそういう話って、なんか生々しくない?」
「そうだな」
「ローラン、何を気まずそうにしている。後継者をしっかり残すのも貴族の責務。私たちだって早めにだな」
「…………そうだな」
「ふふっ、ね、面白いでしょ? この二人も最近付き合い始めたらしいんだけど、いつもこんな調子なんだよ? まあ、そういうことだから、会えるのは早くても六年後くらいになるかな? それまで、楽しみに待っててね」
「頑張る、よ」
「よし、じゃあこれで報告と紹介も終わり! そろそろ戻ろうか。おとうさんをいつまでも部屋の外で立たせてるのも悪いし」
「……!」
「……足音が遠ざかっていきましたね。あからさまに」
「魔法院院長は明るく、常に堂々とした人物と聞いていたが……」
「仕事中はともかく、うちでは結構軽い人だよ? みんなに会えることを楽しみにしてたから、今夜はきっと宴会だよー。話には付き合ってあげてね」
「ご馳走」
「楽しみですね!」
「はいはい。しかしまあ、──こうして話していると、なんだか墓前みたいだったわね……」
「縁起でもないことをおっしゃらないでください!」
「すまん、正直俺も少し思っていた」
「お前……思っていても言わないものだぞ」
「あはは、僕もちょっと思ってたし仕方ないって」
「ノエル様も!?」
────────────────
「じゃあ、また来るね、おかあさん」
────────────────
名残惜しそうな白銀の少年と彼の手を握る少女を最後に、若者たちは部屋を去って行く。
ウォルロック翁による停止魔法は完璧である。
停止した世界には何者も干渉出来ない。
故に、母を想う息子の声は、彼女に聞こえていない。
パートナーを得て、自分たちの子供のことを考えるまでになった息子の姿も見えてはいない。
ただ、彼女の心の内には停止したあの日の想いがそのままに留められている。
夫と息子を残していく不安、彼らの健やかなることを願う祈り。
そして、次に目を開けたとき、最愛の息子はどんな成長をしているのだろうかという期待が……。
『アンファン家の眠り姫』は意識すら止まったゆりかごの中で、青年と会える日を夢見ている。




