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第36話:最終日~下準備~

 翌朝のことである。

 早朝。人通りのない学園を一人歩く。

 本格的に夏らしくなってきとはいえ。朝はまだ気温も上がりきってなくて、薄く出た霞が涼やかで気持ちいい。たまには早起きもするものね。

 ミリアたちと合流する前に、予約した馬車を借り受ける手続きを済ませた。

 余裕を持って起きたおかげで、集合時間にはまだ少し早い。

 でもまあ他にすることもないので、一足先に集合場所の校門に向かう。

 これは一番乗りかしら、と思ったのだけど違った。右には女神像、左には学園を表わすエメラルドのモニュメントを乗せた学園の威厳を示す校門。その前には門の豪勢さとは対照的なちょこんとした人影がある。

 ミリアだ。


「お早う、ミリア。随分早いのね?」


「おはよ。昨日、聞き忘れたことがあって」


 どうやら、彼女はわたしを待っていたらしい。


「エリザベットは、『本当の自分』って何だと思う」


「何よ、また藪から棒に」


 反射的に悪態をついてから、ああ、そういえば『本当の自分』ってノエルルートでよく出てくる単語だったわね、と思い出す。

 自分探し、アイデンティティーの確立。

 そんな感じのフォーティーンなことでノエルは悩んでいるのだ。そんなとこまで幼くならんでいいのに。

 とにかく、彼の攻略にまつわることなら、真面目に答えた方が良いのかしら……。


「うーん」


 ややこしくなるから前世のことは一旦脇に置こう。自己同一性みたいなのを考えるに当って転生やら前世やら魂やらが出てくるのはややこしいがすぎる。大体、それはわたしとメアリーにしか関係ない。

 なんで、今世のことだけで考えてみるけど、それにしても、


「分かんないわね」


「そう」


 素っ気ない答えだったが、質問者であるミリアの声に落胆の色はない。いや、彼女の感情がわかりにくいのはいつものことか。これだけじゃ回答として寂しいなとは自分でも思ったので、もうちょっと補足する。


「わたしね、結構自己評価低いのよ」


 前世の記憶を思い出したことで自覚が強くなったけど、思い返してみればその前から自分の能力の低さに対するコンプレックスを感じていたように思う。


「意外。でも、ない、かな?」


 言葉を選びながらたどたどしく言うミリアに「そうね」と小さく笑って同意する。


「セレストさんみたいに強くないし、ミリアみたいに頭も良くない、魔法だって──」


 人差し指を立てて、身体の芯から流れ出すものを意識し、指先にグッと力を入れる。すると、ライターみたいに指先から火が出た。

 これがわたしの魔法。マッチすらないこの世界では多少便利だけど、それにしたって火打ち石でもあれば事足りる程度の効果しかない。

 明るい日光のなかで頼りなく灯る火は、不確かに揺れてすぐに消えた。


「それでも、ほら、わたしったら公爵令嬢ですし? みんなちやほやしてくれるし、わたしもそれらしく振る舞ってきたつもりだけど……まあ、やっぱどこか無理してるところはあったんでしょうね。今だって」


 なんとなく偉そうに話しているけど、それは本当になんとなくそうしているだけで、実際のところ自分が他より優れてるなんて思っちゃいない。

 いえ、違うわね。だからこそ、形だけでもわたしは偉そうにしている、と言った方が正確だ。そうでなければ、わたしは自分を──

 ……いや、わたしが自分探しをはじめてどうする。


「オホン、えっと、何が言いたいかというと、『自己評価の低い卑屈なわたし』と『公爵令嬢としての偉そうなわたし』。この二つは全然違うものだけど、どっちもわたしよね? じゃあ『本当のわたし』ってなんなの? ってことよ」


 大人しくわたしの自分語りを聞いていたミリアは、ゆっくりその内容を咀嚼して、


「有り難う。ためになった」


 真摯に礼を返した。それでこの話は終わりかと思ったけど、彼女は続ける。


「でも、それだけじゃない、と思う」


「は? 何が?」


「二つって、弱さにいじけるか、弱さを隠すかってこと、だよね?」


「まあ、そうね。そう言い換えてもいいわ」


「でも、エリザベットは自分だけじゃカルバンに相手にされないと、認めて、わたしやメアリーと協力して、頑張ってる」


 ……。

 それも、きっかけは前世の記憶を思い出したことだ。それがなければ、わたしはいつまでも自分の弱さから目を背けていたでしょう。だけど、


「弱さを受け入れて、仲間と協力して、克服しようとしている貴女もいる。それは覚えていて欲しい」


 こう、評価されて悪い気はしない。

 ミリアはわたしを勇気づけるように両手をグッと握っていた。昨日「頑張れ」と言ったときと同じように。もしかしたら、彼女はわたしが思っていたよりも、わたしのことを応援してくれているのかも知れない。


「ま、まあ、とにかく、アレね。ほら、こんな風に他人から言われて気付くようなこともあるんだから、なおさら『本当の自分』なんて分かったもんじゃないのよ」


 なお真っ直ぐ見つめてくるミリアの目線が照れくさくて、頬を掻きながらそっぽを向くと、丁度こちらに向かってくる二人の姿が目に入った。

 話している間に集合の時間になっていたらしい。


「さ、与太話はこれくらいにして、さくっとあの女を助けに行きますか」


────────────────


 馬車に乗ってから、かれこれ六時間ほどが経とうとしていた。

 王侯貴族が通う学園の馬車だけあってスプリングがしっかりしていて揺れも少なく、途中休憩も一度挟んだ。とはいえ、こうも乗りっぱなしでは流石にキツくなってくる。

 これから友人の家に殴り込みに行くというだけあって、楽しくおしゃべりする気にもなれず、気まずい空気が籠の中に充満していた。



「ノエルにもメアリーの行方不明の知らせと協力要請は出しているが、反応は全くない」


 間が気まずかったのだろうか? 出し抜けに、ローランが口を開いた。

 彼は大きな体躯を行儀良くまとめて窮屈そうに席に収まっていて、ちょっと面白い。

 それにしても、このタイミングで音信不通とは。


「なによそれ、めっちゃ怪しいじゃない」


「ノエル、昔から、あんまり筆まめじゃないから」


「送った書状を何週間も放置したあげく、『ごめんごめん研究に没頭して気付かなかった!』とか平気で言うやつだよな……」


 フォローなのかなんなのかよく分からないミリアの発言に、セレストも同意する。


「そういうことだ。いつものことだから大して注目されなかった訳だな」


 それにしたって、誰か疑り掛かっても良さそうなものだけど……。この不注意も『補正』の一つかしら?


────────────────


 程なくして、馬車はノエルの別邸に着いた。

 二階建てのポピュラーな造りで、レアニアにはこれと同じような形の屋敷が何軒もある、一時期流行ったタイプなのだ。

 背景素材の使い回しとも言う。

 安全確保のために、まずは丈夫なローランが一人で行く。


「そこ、止まりなさい」


 堂々と屋敷に踏み入ろうとすると、当然のように止められた。

 邪魔者の数は二人。

 見分けが付かないくらい没個性な制服を着込み、先端が斧のようになった長槍、ハルバードを構えている。典型的な門番ね。


「俺たちはノエルの学友だ。友人の元に遊びに来ただけだ。通してくれ」


 校章の入った馬車を身分証代わりに、ローランが建前を述べる。

 遊びに来ただけ、その建前を崩さないように、セレストとローランもそれを崩さない程度の装備──軽めの皮鎧と護身用の細い剣一本のみでこの場に望んでいる。ミリアは何やら見慣れないウエストポーチをつけているが、それだけだし、わたしに至っては普段着の赤いカジュアルドレスだ。

 荒事要員の二人が思ったより軽装だったのは、正直ちょっと不安です。


「それでもお通しは出来かねます。ノエル様の命ですので」


 ノエルの学友、つまり貴族だと知りかしこまった口調にはなったものの、通してくれる気は無いようだった。

 だが、その頑なな姿勢はやましいことがあると白状しているようなものだ。


「そうか、では悪いが……押し通る」


 ローランが無造作に歩き出す。

 二人の門番は虚をつかれ固まり、次に躊躇い、しかし、最後には職務を全うした。

 長槍のリーチを活かしたシンプルな振り下ろし。

 鏡像のように見事に揃った同時攻撃だ。柄のしなりによって長さを威力へと変換した二槍が、なお足を止めぬ大男に叩き付けられる……!


「え?」


 疑問の声を漏らしたのは左右どちらの門番だったか、彼らの槍は正しくローランの双肩にヒットし、さしものローランも足を止めた。

 そしてそれだけだった。

 斧は彼を切り裂かず、肩当てのようなショルダーアーマーをわずかに傷つけただけで静止していた。


「エリザベット、君はローランが軽装なのを気にしているようだったが」


 彼氏の勇姿を見て、セレストが満足そうに言う。

 あ、バレてたのね……。


「心配は無用だ。あいつが強化すればどんな軽装もフルプレートアーマーに優る。それに、彼自身はもっと堅いぞ?」


「マジですか」


 その強度は本当に人間なんだろうか、と感じた疑問。それはますます加速する。

 ローランが腕を交差させて肩に当ったハルバードを逆側の腕で掴み、


「だぁああ……!」


 雄叫びとともに身体を回し、逆に門番の二人を振り回したのだ。

 二人の門番の被害は回転方向によって異なった。身体から離れる側に構えていた一人は槍を手放すだけで済んだ。しかし、逆側の門番は不運にも柄が身体に向かってくる側に構えていた。


「かっ」


 柄がめり込み、身体がくの字に折られ宙に浮く。

 ローランは、所有者の手を離れた槍をほっぽり出し、番兵の乗った槍を両腕でスイングした。

 180度回転させれば、その先にはもう一人の番兵がいる。


「「……!」」


 見事なダブルノックアウトであった。


「ふぅ。セレスト、もう降りてきていいぞ」


 ええ……。一仕事終えた風なローランにどん引きながら馬車を降りる。

 常識とか、てこの原理とか、そんな諸々を力でねじ伏せる。圧倒的な暴力を目にしてしまった。ローラン怖ぁ……。

 わたしの次に降りたミリアはのびている二人の元にてくてくと歩み寄っていった。


「ミリア、様」


 ああ、そっか。ノエルが誘拐中に近くに置いているってことは、彼らは信頼できるノエルの私兵のはず。ってことはミリアと面識があってもおかしくはない。


「うん、ごめんね」


 ミリアはウエストポーチから複雑な幾何学模様が彫り込まれた手錠のようなものを取り出した。


「おしゃれな手錠ね?」


「おしゃれじゃないよ。実用品」


 ミリアはローランと最後に降りたセレストに手助けされながら門番を横倒しにし、背中側に手を回させて、それをつけた。

 彼女は手錠にそっと触れながらぶつぶつ呟く。どうやら魔力を込めたようで、手錠の文様が鈍く光る。

 そして、手錠が地面にめり込んだ。


「「うっ」」


 突然の変化に苦悶の声が二つ聞こえた。それほど無理な姿勢にはなってないから苦しくはないと思うけれど、あの様子では回復してもここから動くことは出来まい。


「“重化”。効果を高める陣を刻んである、から、めっちゃ重い」


 土属性のミリアの魔法だ。

 なんか、拷問とかに使えそうな魔法ね。横倒しだからまだいいけど、膝の上に置くとか無理な姿勢を取らせるようにすれば……。ミリアも怖ぁ……。


────────────────


 それからはもう一方的だった。

 まさに鎧袖一触。屋敷に入ってからも使用人の妨害があったが、雑に堅くて強いローランが全て受け止めて押し通る。

 改めて、魔法使いの優位性というのを実感する。

 大人が何人束になっても一人の学生に適わないのだ。王国も魔法使いの確保に必死になる訳よね。


「メアリーはどこにいる」


 屋敷の者は口を割らない。なので、代わりにわたしが答えてやる。


「これはただの勘なんだけど、地下牢とかあるんじゃない?」


「地面すれすれに、細長い窓があった」


「それだ、場所は分かるか?」


 飛んできたモップを掴み取って捨てながら、ローランが応じる。モップ?


「あっち」


 ミリアの指す先に従って進むと、床よりも数段下がる短い階段と大きな閂を備えた扉に行き当たった。

 今は外れているが、外に閂があるということは、中に居るものを逃さないという意図があるということ。ビンゴね。

 ローランとセレストが廊下の両側を見張る中で、わたしは扉を開けようとする。しかし、開かない。


「中からも鍵が掛かっているみたい」


「分かった。エリザベット、少し退いてくれ」


 厳つい扉をローランが体重を乗せた、踏みつけるような蹴りでこじ開ける。

 吹き飛んだ蝶番がからんからんと落ちていく音が、扉の先、暗い空間に響いていた。

 そこに踏み入るわたしたちを、


「侵入者め!」


 しわがれた女性の声が出迎えた。

 扉の先は左に向けて一直線に廊下が伸びており、廊下の右側やや奥の方に鉄格子が見える。メアリーはきっとそこにいる。

 そして、道の突き当たり、牢の前を守るように、クラシックな侍女スタイルの中年女性が立っていた。彼女は腰を落としてエプロンの裏に両手を突っ込み、シワが隠せなくなってきた顔に不似合いな強い眼光を放っている。

 それ以上の侵入は許さない、と言うように。


「投擲か」


 ローランが盾になるように前に出る。セレストは殿として壊された扉の向こうから追っ手が来ないか見張っているようだ。


「やめな、デボラ。僕の友達だ」


 一触即発の空気は気の抜けた少年の声で霧散した。


「しかし、坊っちゃま……」


「もー、デボラは過保護なんだよ。それに、彼らがここに来た時点でどうせ詰みだよ。余罪を増やしちゃダメだって」


 ノエルの声は奥の方からするが、その姿は見えない。彼も牢の中にいるのかしら。

 デボラと呼ばれた女性と声だけのノエルはそのまま二、三言葉を交わし、彼女が折れることで決着したようだ。

 デボラは肩を落としたまままわたしたちの方に、部屋の出口に歩いてくる。


 すれ違いざま、彼女は小さく会釈をした。

 わたしの勘違いじゃなければ、特に、ミリアに向けて。


「まかせて」


 彼女の無言の願いを、小さな才女は確と受け止めた。

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