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第35話:監禁六日目午後~追い詰められた悪役~

 ことは順調に進んでいる。

 カルバン様の来訪は嬉しいハプニングだったが、その後は特に何も無いまま時間が過ぎて、監禁イベント六日目はもうすぐ終わろうとしていた。

 長いようで短かったメアリーのいない生活も明日で終わる。


「これで、また騒がしくなるわね……」


 なんて呟いて、この一週間もひっきりなしに来客があったから別に静かでもなかったなと思い直す。まあ、イメージの問題よ、イメージの。

 窓から差し込む夕陽に目を細めながら、そろそろメアリー救出のメンバー──あまり大事にもしたくないし、わたしとミリア、それに荒事用のローセレカップルの四人だけのつもりだ──に声をかけにいこうかと思っていると、コンコンコン。

 またもや来客のようだ。

 この相手に対応したら、ミリアたちの招集に向かおう、なんて考えながら扉を開けたら、


「まあ」


「こんばんは、エリザベット」


 呼びに行こうと思っていた相手が向こうからやって来た。

 ガーリーな私服のミリアが、紙束を両腕で抱えて立っていたのだ。




「で、どうしたのよ。こんな時間に」


 腰を据えて話をしたそうな雰囲気を感じ取り、ミリアを応接間に通す。夕飯前だし、もてなしは紅茶だけにしようかとも思ったのだが、なんとなく期待のまなざしを感じたのでクッキーも追加しといた。


「うん、もぐ、あ、のね」


「食べてからでいいわよ」


 粛々とクッキーを胃袋の中に収めていくミリアを眺めながら、そういえばメアリーがいなくなってからこの子と会うのは初めてね、と気付く。わたしが重要参考人として捕らえられたときは釈放に尽力してくれたみたいなのに。

 後、ミリアに関してはなーんか忘れてる気が……。


「ごちそうさま」


「お粗末様でした」


 もやもやの正体を思い出すよりも、ミリアの食事ペースの方が早かった。

 クッキーもお茶も綺麗に平らげていた。これだけ食いっぷりが良いともてなし甲斐もあるというもの。

 彼女はサラがサーブした紅茶のお代わりを一口飲み、ようやっと、本題に入る。


「メアリーの居場所がわかった」


「本当に!?」


 予想よりも半日ほど早い成果だ。『Magie(マジー) d’amour(ダムール)』だと突入は夕暮れだったから明日の昼ぐらいまでは監禁場所は突き止められないと思っていた。


「わかったなら、すぐに──」


 あれ? でも、行方不明の友人の居場所が分かったなら普通もっと慌てないかしら?

 なんでミリアは暢気にクッキーなんか食べてたんだろう……?


「大丈夫。もう遅い、し。出発は明日の朝、ローランとセレストにはもう話してある。それでいいんだよね(・・・・・・・・・)?」


 ティーカップを摘まむ指がピクリと動き、紅の水面が波立つ。

 まるでわたしの考えを見透かしたような段取の良さ、いや、『それでいいんだよね?』なんて確認をしたということは“ような”じゃなくて本当に……。


「どうやって、メアリーを見つけたか、聞きたい?」


「い、いいえ、結構よ。興味も無いわ」


 声の震えを紅茶で誤魔化しながらミリアの提案を断る。


「そう。でも、言うね」


 じゃあ聞かないでよ!


「メアリーの捜索が、手詰まりになったとき。わたしは、ある女生徒の動向に注目した」


「へ、へえ。それで、その人は何をしてたの?」


 その女生徒に注目した理由は、怖くて聞けなかった。


「うん。調べたらね、その人はメアリーがいなくなった日、図書館に行ってたみたいだった、図書館が苦手な人なのに。何か、大事な用があったのかな? 貸出記録を調べたら、王都周辺の地図帳を借りてた。それを見てみたら──」


 ミリアは抱えてきた資料の中から一枚の紙切れを取り出す。

 そこには、センチ単位の地図上の長さと、地図の縮尺、馬車の平均速度などから移動時間を算出する計算過程が、とても見覚えのある筆跡で書かれていた。

 彼女はその決定的な証拠をわたしに見せつけながらわずかに眉を顰める。


「メモを挟んじゃダメだよエリザベット。本が汚れちゃうし、不用心」


 もう、ある女生徒とぼかすのもやめたらしい。


「反省します……」


「うん、そうして。それでね? 挟まってたページとメモに書かれた長さで、学園からノエル別邸までの道のりを計算してるのが、わかった。それで、学園の交通部に確認したら、エリザベットが6人用の馬車を明日の朝に予約してるのも、わかった」


 紅茶を飲んだばかりだと言うのに、口の中がからからに乾いていく。


「ねえ、エリザベット? わたし、貴女のことを知りたいな」


 そして、やっと何を忘れていたか思い出した。

 ミリアとお話しして疲労困憊したメアリーに忠告されたのだ、『エリザベット様も頑張ってください』と。


「だから、教えて? エリザベットは、貴女とメアリーは、何なの?」


 これのことかー!?

 なんでそこであの女の名前が出てくるのよ、なんて如何にも自分が言いそうな悪態もつけずに沈黙する。

 今更そんなことを聞くのはあまりにも無意味だわ。

 とはいえ、言い訳を考える時間が欲しい。なんか言って時間を稼がないと……。


「……ノエルとメアリーとわたしが三人で狂言誘拐を企んでる、とかそうは考えなかったの?」


「なくは、ない。でも、二人ずつなら、ともかく、三人に共通したメリットがあるとは思えない。不自然。お昼に会ったカルバン様も、エリザベットは犯人じゃないって言ってたし。それより、前から変だったメアリーとエリザベットに秘密があると思った方が自然」


「前から?」


「まず、急に仲がよくなったのが変。それに準備が、よすぎる。ウィリア森林のときも、まるで、キメラが出ることを知ってたみたい。メアリーの髪を切ったのも、意味が分からなかったけど、ノエルに誘拐させるための準備だった?」


 まずい。まずいわ。本当にまずい。

 わたしとメアリーの共謀がまるっと見抜かれてる。

 納得出来る答えを返せないと今後ミリアが協力してくれなくなるかも知れない。それどころか秘密を探ろうと敵対する可能性だってある。でも、前世の知識でずる(チート)してました、この世界はゲームの世界なんです、なんて正直に白状するわけにもいかない。

 どうしたらいいの?


「黙秘権とか、あるかしら」


「なら、髪切りのときの貸しを、使う。答えて?」


 手厳しい……!

 貴族は口約束と面子で食ってるような生業だ。貸し借りは大事にしないといけない。よって、イジャール公爵の名にかけて、ここは答えないといけない。

 助けてメアリー! って、あいつはこれから助けに行くんだった。

 ん? メアリー……?


「もしかしてだけど、同じことをメアリーにも聞いた?」


「うん、でも、メアリーの答えは内緒」


 さくっと模範解答入手、とはいかないか。

 でも、これであの女が上手くこの質問を切り抜けたことはわかった。だったら、あいつが言いそうなことを考えればいい。

 前世の記憶を持ったわたしたち、ゲームそっくりなこの学園、魔法のあるファンタジーな世界についてあいつとは何度か話し合った。そのどこかにきっとヒントが……。


『世界の正しい有り様なんて、それこそ『神のみぞ知る』でしょ』


 これだ……!


「ええ、そう、そうよ。わたしは、わたしたちは、この先何が起こるか知ってしまったのよ」


「予言系の魔法? でも、それは風属性だし、精度も──」


 首を横に振ってミリアの反論を止める。動作はゆっくりと自信ありげに。


「違うわ。魔法なんかじゃない。でも“預言”というのは良い表現よ。未来のことなんて神様にしか分からない。それを知っているのだから……」


 たっぷりと溜めて優雅に宣言する。


「全てを見通すレアノ様から、わたしたちはこの一年の間に学園で起こりうることを伝えられた。ご神託ってやつ? それがわたしとあの平民の秘密よ」


 真っ赤な嘘である。

 いや、でも、あながちデタラメでもないかも?

 部分的ではあるけれども、学園で起こりうるイベントを知っているという意味では、ゲームの知識でもご神託でも大差は無いでしょう。

 それに、唐突にわたしとメアリーに共通する何かが起こったというのも事実だ。


「メアリーはともかく、エリザベットも、イジャール家も、あんまり信心深くないのに? この前神学の授業中、寝てたよね?」


「だって、信仰の解釈とか難しいんだもの……。じゃなくて、そんなのわたしだって知らないわよ。文句があるなら愛深きレアノ様に言いなさい」


 本当に、なんでわたしなんだろう? たまたま前世が『Magie d'amour』ファンだったからとか? そんな偶然あるのかしら?

 でも──


「理由はわからないわ。けれども、選ばれたからには理由がある。奇跡ってそういうものでしょ?」


 つまりはこれも、一種の貴族の責務ノブレス・オブリージュだ。恵まれた者には責任を果たす義務がある。


「だからわたしとメアリーは学園の未来がよりよくなるように、後ついでに好きな人を捕まえられるように、二人で組んでるの。黙ってたことは申し訳ないと思うわ。でも、こんなこと軽々しく触れ回るわけにも行かないし仕方ないじゃない。貴女たちの利益になるようにしてるんだから別にいいでしょ? ローランとセレストはおかげで今幸せそうなんだし」


 わたしが本音混じりのカバーストーリーを並べ立てる間、アメジストの澄んだ瞳はじっとわたしを観察していた。ジオードのように深く、折り重なった彼女の眼を、その頭脳を、わたしなんかが誤魔化せるのだろうか?

 不安を見せたら負けだと、虚勢を張って、わたしはミリアの答えを待つ。

 ふ、と彼女が微笑んだ気がした。


「メアリーも、同じ様なこと、言ってた」


 ほっ、と胸をなで下ろす。


「でも、それが本当だったら、そんなに緊張したり、メアリー同じってわかって安堵したりする、必要も無い、よね?」


 もう嫌! この子怖い!


「でも、うん。いいよ。二人は未来をなんとなく知ってて、その事情は言えない。それ以上は、いい。二人がセレストやわたしのために頑張ってくれてるのは知ってる、から。いじめるような、訊き方になって、ごめんね」


 ギリギリだったけど、どうやら合格を貰えたらしい。


「ふん、誰が誰をいじめたですって? わたしはいじめる側であっていじめられる側なんかじゃないわ。だから、謝んなくていいわよ」


 一段落ついた気配にぐっと背を伸ばす。空になっていた紅茶のお代わりをサラに所望して、彼女にも今の話を聞かれてしまったことに気付く。まあいっか。どうせサラとは運命共同体みたいなものだ。


「それで、ね。それを踏まえた上で聞きたいんだけど」


 ミリアは自分の髪の房を触って、視線を少し落とす。


「ノエルが、メアリーを攫った理由も、二人は知ってるの?」


「モチのロンよ。でも、それをわたしが教えるわけにはいかないわ。わたしたちの、『互射(こい)のキューピッド』同盟の目的、忘れたわけじゃないわよね」


「うん」


「なら、わかってるわね? その理由は貴女がノエルから直接聞いて、貴女なりの答えを返さないと意味が無い。ええ、貴女の言う通り、決戦は明日よ。気張りなさいな」


 髪を弄る手を止めずに、ミリアは質問を続ける。


「二人の知った未来だと、わたしとノエルは付き合ってた?」


「……ノーコメント。あんまり気にしないことをオススメするわ。未来が絶対じゃないのは、わたしとあいつが必死になって走り回ってることからもわかるでしょ?」


 結果が全部わかってるなら、こんなに苦労する必要はない。


「そう、だね。うん、わかった。もう聞かない。……あ、でも、最後に、一つだけ」


「なに、もうこの際なんでも、答えてあげるけど。本当にそれが最後よ?」


「エリザベットとカルバンは?」


 痛いとこ付いてくるわね、こいつ。

 ふぅ、と細く長く息を吐いて、努めて冷静に答える。


「逆に聞くけど、ノエルと貴女、わたしとカルバン様のどっちが付き合う可能性高いと思う?」


 苛立ちが隠しきれてない嫌味のような逆質問に、ミリアは何を思ったのか、おもむろに三杯目の紅茶に口をつけた。

 そして、豊かな胸の前で両の手を握り拳にして、ただ一言、


「頑張れ」


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