第34話:監禁六日目まで~悠々自適な監禁生活~
30分遅刻しましたが、ギリギリセーフです……!
そんなわけ無いですよね、申し訳ありません。(分路)
監禁四日目までは『Magie d’amour』原作とあまり変わりませんでした。
主にノエルの生い立ちを聞くパートなのでアクティブに変化させる部分がなかったのです。なお、ここの中で出来る宿題は4日目で全部終わりました。
監禁五日目。
「メアリー! 今日はこれを……なにしてるの?」
「えっと、スクワットです……」
筋トレを人に見られるのってちょっとだけ恥ずかしいですよね?
まあ、デボラさん──監視役のおばさまです──にはずっと見られてますが。
ノエル様の手には幾何学模様の描かれた板と小箱。ボードゲームのようです。
これも、ゲームと同じ展開です。重い話が続いたのでここらで一息、という訳ですね。
「これは自分の石を反対側にあるゴールまで全部運ぶゲームでね……」
ノエル様は牢に入って板を置き、説明しながら石を初期配置に置いていきます。
どうやらバックギャモンのようなゲームみたいです。そういえばバックギャモンはかなり歴史の古いタイプのゲームだと前世で聞きかじったことを思い出しました。
「メアリーはずっと静かに僕の話を聞いてくれてるよね」
来ました。
サイコロを転がしながら言ったノエル様の言葉、これはゲームにもあった台詞です。
「だから聞きたいことはこの機会に言ってみてよ? 何についてでもいいけど質問とかあるかな?」
この問いに対するゲームでの答えは三択でした。
1.ノエル様のこと
2.ノエル様のお母様のこと
3.外の様子
イベントとしては1がまあまあ、2が良し、3がダメです。
ノエルルートに入りたくない私としては素直に3でもいいのですが……。ここはちょっと興味を優先してみたいと思います。
「質問ではないのですが……ミリア様のこととかお聞きしても構いませんか?」
「この状況で他の女の子の話するぅ?」
「えへへ」と誤魔化し笑いしながら私は自分の白い石を動かします。
「まあ、いいけどさ。ミリアが面白い子ってのは同意だし」
パチンッ、ノエル様は少し強く黒い石を盤に打ちました。
「ノエル様とミリア様は親友ですものね。ノエル様から見たミリア様や昔のミリア様の話など是非是非お聞きしたいです」
「親友ね……。どうなんだろう確かに付き合いは長いけど」
ノエル様は石を動かす手を止め、首を捻ってあどけない頬をトントン指で叩きました。
「ちっちゃい頃のミリアは今よりもっと無表情でさ」
「今よりもですか?」
「そ、今は薄いけど笑ってるとか、怒ってるとか、それくらいはちゃんとわかるでしょ? でも昔はそれもない。彼女の内に感情は有っても表に出てくるものは完全に無だったよ。表情が出ないだけじゃなくて他人の表情もよく分かってなかった、いやこれは今も分かってないんじゃないかな?」
「そんな……」
絶句です。
ミリアは無口キャラでした。ですが『なんで無口になったのか?』はゲームでは説明されなかったのです。ただ、そういう個性のキャラだというだけで。
『表情が理解出来ない』、相貌失認の一種でしょうか?
そういう病気があると知っていても理解は難しいです。他人の感情が全く読み取れない世界……。世界に人間は自分しかいないようなそんな気さえするんじゃないでしょうか?
「だからミリアは凄いんだよ。彼女は直感的な理解や当然の共感じゃなくて、観察した情報を根拠にして人と交流している。アウトプットは苦手だけど、インプットの量と分析力は僕よりも数段上だと思う──ヒット!」
振り出しに戻す白の石をノエル様から受け取りながら、私は話の続きをねだります。
「ミリア様とはいつから仲良くなられたのですか?」
「いつだったかな……お母さんが眠る前だから四歳くらいかな? 交流会の隅っこで難しそうな本を読んでたミリアに僕から声をかけたんだ、『なに読んでるのー?』って」
「ノエル様は昔から優しかったのですね」
ほっこりとした気分で相づちを打つと、ノエル様の顔が曇ってしまわれました。
「そんなんじゃないよ。ただ、ミリアは面白かったから」
「面白い?」
「そ、面白い。全然表情には出ないんだけどさ、それでも無感情なわけじゃないんだから、よく観察すれば感情が読み取れるでしょ? よそ見もせずにページをめくる熱心さを見れば楽しそうなのが分かるし、髪の房を触ったりリアクションが鈍かったりしたら退屈なんだと分かる。まあ、そんな感じでね。ただのクイズ感覚だったんだよ」
私の番を終えて、今度はノエル様が賽を振ります。
そのコロコロという音に隠すように、
「だから、僕にミリアに好かれる資格なんて──」
小さな呟きが聞こえました。
────────────────
六日目。
伏せて、腕立て、足を縮めて、ジャンプ! 伏せて、腕立て、足を縮めて、ジャンプ! 伏せて……
「メアリー……? 何してるの?」
「はぁ、ちょっと、ふぅ、バーピーを……」
いよいよ明日でこの監禁生活も終わり。ですので、外に出てからちゃんと動けるよう激しめの筋トレに勤しんでいました。
「動きの名前を聞いたんじゃないんだけどな……。えっと、綺麗に曲げたね」
ノエル様は苦笑しながらベッドの上に無惨な姿で転がっている、捻れたモニュメントと化した鉄の塊に目を向けます。あ、
「すいません。ノエル様のお屋敷の備品を……。お高かったりしますか……?」
「いいよー、気にしなくて。あ、でも、どうやったかは説明して貰おうかな。採点をしてあげよう」
おお、面接の口頭試問みたいですね。
「はい。足枷を変形させた方法は、もちろん魔法です。金属のメイン元素は土ですが、水も多く含んでいます。展性や延性といった変形のしやすい性質を持つのは水の元素のおかげですね。故に、水の魔法使いである私は金属に“変形”の性質を強めるという形で干渉出来ます」
その結果がこれです、と足枷だったものを取って見せます。繫がったままの鎖がじゃらじゃら鳴りました。
「うん、満点! さっすがメアリー! へぇ、ぐるぐるに曲がってるのはメアリーの魔力が“循環”だからかな? 僕がやると──」
私が加えた魔力で口を開けるように反り返った部分をノエル様が摘まんで、そのままするすると指を滑らしました。すると、弧を描いていた鉄は定規みたいに真っ直ぐに成ります。
「私は割と時間をかけて魔力を浸透させて曲げたのですが、一瞬ですね! 流石、ノエル様!」
「へっへーん。こういうのは得意なんだ」
わざとらしく胸を張るノエル様。おどけた彼の姿に、私はくすくす笑いました。
何気なくて楽しいやり取り。ミリア様こそいらっしゃいませんが、研究室の日常のようです。
監禁初日こそ病みオーラが強めだったノエル様ですが、何日か過す内にいつもの調子に戻ってきているような気がします。
「ノエル様、なんだがさっぱりされましたか?」
「ああ……そうかもね。なんかさー、ちょっと前まで切迫感? みたいなのがあったんだけど、最近はあんまり。今の方が異常事態なのに、おかしいよね」
「切迫感……」
彼の感じていた切迫感、何かにせかされているような感覚の正体は、きっとイベントを起こそうとする世界の『補正』です。私への固執を強め、凶行へと駆り立てるような何かです。
そこに違和感を覚えているようなら、ゲームではないこの世界のノエル様は本来──
「ねえ、メアリー」
ノエル様に呼ばれて、思考は中断されました。
「はい、なんですか? ノエル様」
「突然なんだけどさ、メアリーは『本当の自分』って何だと思う?」
『本当の自分』、それはノエルのルートでキーになるワードです。
「それは……突然ですね。どうしてそのようなことを?」
問うと、ノエル様は私の手から足枷を取って、伸ばしたり曲げたり、もてあそびながら答えました。
「うーん。僕さ、君のことを独り占めしたかったんだよね」
そんなプロポーズみたいなこと言われて、私はどう反応すれば!?
と、反射的に熱くなってしまいましたが、
「過去形ですか」
「そうなんだよねー。だってさ、君を逃がしたくないなら足枷を壊されたら、なんでそんなことするんだって怒る筈だよね? でも、ぜーんぜん、そんな気にならないんだ」
明日になればこの監禁生活は終わる。
そんなことはノエル様はご存じないはずです。それなのに、イベントの終わりに応じるように監禁への意欲が薄れている。
利用している私に文句を言う資格はないのですが、それでも無自覚に人の心をゆがめる『補正』に気持ち悪さを感じずにはいられません。
「最近のこと以外でも……ああ、これはいいや。ともかく、自分らしくないなーと思うことが多くてさ。そうなると、そもそも『自分らしい』って何!? なんて思っちゃって」
「なるほど……」
難しい問題です。
特に私は転生者。前世の自分と今の自分、どっちが本当の自分なのかもあやふやです。
なので、この問いかけにはすぐには答えられない……と思いきやそうでもないのです。なぜなら、つい一週間前にもある少女から同じ問いをされたから。
そのときにまとめた答えを、私はそのまま繰り返します。
「正直に申し上げますと、そういう悩みはしたことがないので分かりません。意外に思われるかも知れませんが、私は結構場当たり的に生きていますので──」
「あ、それはなんか分かる」
あう、これでも自分では計画的でしっかりした優等生キャラのつもりなんですよ?
「で、ですので、私はその場その場で自分が善いと思ったことをしているだけです」
ミリア様と話す中で見つけた、自分の軸。
前世の僕も、記憶を取り戻す前のメアリーも、今の私も、自分と周りがよりよくなるとそう思ったことをその場でする。行き当たりばったりの善性、そんな感じのものが一貫した私のアイデンティティーなんだと思います。
「そのためでしょうか? もっといい方法があったかなと後悔することはあっても、自分らしくなかったとかそういう後悔はしたことがないのです」
「すごいね、メアリー。あるがまま、自分を疑わずに、自分でいられるって、ある意味最強だよ」
「皮肉ですか……?」
それは、ものすごく自己中心的な考え無しという意味なのでは……。
「うんうん。本気で誉めてる」
ノエル様は静かに仰いました。そして、持っていた物をベッドに放り投げて、くるりと背を向けます。
「変なこと聞いちゃったね。今日はもう戻るよ。少しだけど、話せて楽しかった」
顔を見せぬまま、ノエル様は足早に地下室を出て行きました。
たぶん、私の答えはあまりノエル様のお悩みの参考にはならなかったのでしょう。あるいは逆に追い詰めてしまったかも。
まあ、それでも構いません。だって、ノエル様の心を解きほぐすのは、私じゃなくてミリア様の役目ですから。
監禁七日目を迎えれば、ノエルルートにおける私の使命は終わったも同然です。
残りのやるべきことと言えば……。
「これ、元に戻せるかチャレンジしてみましょうか」
最早ただの棒のようになった足枷を手に、私は集中して魔力を操作するのでした。
明日も更新するようですよ?
間に合いませんでした……(8/18追記:分路)