第33話:監禁六日目午前まで~舞い上がる悪役~
メアリーが誘拐された翌日、監禁イベント初日。
この日はまだ大事にはならなかった。
メアリーが居ないと分かり誘拐の可能性が考えられなかったわけではないが、身代金目当てなら貴族の子供を誘拐した方がいいし、治癒魔法目当てなら学生のメアリーよりも本職を攫う方が余程いい。メアリーは将来有望な魔法使い見習いではあるけど、今はただの平民の小娘なのだ。
そんなわけで、申告を忘れただけだろうと、この日は楽観視されていた。
わたしは今の内にとノエルの別邸の位置を図書館の地図で確認し、一週間後の朝に出せるよう馬車の手配をした。
クロウとのエンカウントに怯えながらも図書館に一人で突入したわたしの勇姿は、まあ割愛するわ。結局クロウとは合わずに済んだし。
監禁イベント2日目。
メアリーが実家の孤児院にも友人の部屋にもいないことが判明して、学園がざわつきはじめる。
3日目。
学園側が本格的に調査に乗り出した。学園に残っていた学生もメアリーと面識のある者を中心に捜索に加わる。
どうもメアリーと最後に会ったのはわたしらしく、そのときの様子を何人かに尋ねられた。
4日目。
「エリザベット・イジャール様、申し訳ありませんが、ご同行願えますか?」
「……はい」
わたし、尋問される。
まあ、失踪したメアリーと最後に会ったのが噂の悪役令嬢ともなれば、誰がどう考えてもそいつが怪しい。
容疑者である自覚はあるので大人しく従った。
こんなことなら昨日一昨日にポーズだけでももうちょっとメアリーを探す素振りを見せればよかった……。
5日目。
この日の午後、やっとわたしは解放された。
セレストやローランたちの抗議があって早めの釈放となったらしい。彼らの家への暑中見舞いには他よりやちょっと良いものを贈ろう。
容疑者とはいえ大貴族の娘、尋問にしてはかなり遠慮のあるものだったが、それでもガタイのいい強面の警吏のおっさんに延々と質問をされるのはきつかった。
精神的にだいぶ疲れたのでこの日は一日自室に閉じこもって休んでいた。
もっとも、メアリーの話を聞きに来たりわたしが捕まったという話を確認しに来たりと来客が多くて、あんまり気は休まらなかったけれども。
6日目。
地図で確認したところメアリーが監禁されているアンファン家の別邸までは馬車で6、7時間と言ったところだった。時間的には明日の朝出発すれば丁度よさそうだけれども、さて今日の内にミリアたちに声を掛けておくべきかしら?
サラが用意した朝食を1日ぶりに楽しみながらそんなことを考えていると、コンコンコン、ここ数日ですっかり聞き慣れたノックの音が。また来客のようね。
口に運びかけていた白パンを置いて、席を立つ。いつもは貴人らしく来客の対応にはサラを挟み、直接出迎えはしなかったが、ここ数日は来客が多すぎてそれも面倒になった。ちょっと話すだけなら立ち話で済ませた方が楽だ。
「はいはい、どちら様で──」
扉を開けると気品のある出立ちの美青年が佇んでいた。
「やあ、エリザベット、久し」
バタンッ。
思わず扉を閉める。
「サラ、サラいる!?」
「はい、サラはここに。申し訳ありません、掃除中の御来客だったとはエリザベット様のお手を──」
「そんなことどうでもいいから! メイク直すの手伝って! 後、服! この前買った深紅のやつを!」
サラは興奮気味に捲し立てるように言うわたしと閉められた扉を交互に見て、「なるほど」と呟く。
「かしこまりました。すぐご用意致します。しかし、その前に」
わたしのオーダーに受けた彼女は、しかしクローゼットでも化粧台でもなく真っ直ぐこちらに歩いてきた。そして、わたしの傍をすり抜けて扉を開ける。
「貴女は確か……」
「メイドル伯の三女、エリザベット様のお付きをさせて頂いております。サラ・メイドルと申します。申し訳ありませんが、主人には準備がありますためしばしお待ちいただけますでしょうか? カルバン殿下」
「お、お待たせいたしました。さ、どうぞ中へ」
お色直しを終えて、今度こそカルバン様をお迎えする。
「いえ、少し話すだけですのでお構いなく」
「そうなのですか? それは残念です……」
がっくりと視線を下げると、彼の服装が目につく。王族らしく華美に着飾ることもあるカルバン様だったが今日は動きやすそうな軽装だ。何かこの後も活動する予定があるのかもしれない。
「それで、お話というのは」
「メアリーのことです」
「あ……」
聞きたくない名前にテンションが二段階ほど下がったわ。まあ、カルバン様が、しかもこのタイミングでわたしに会いに来るなんてメアリーの件しかないんだけれど。
こう何度も話していると手慣れてくるもので、すらすらとあの日の経緯を話す。
「──それで、メアリーは最後にミリアと二人きりで話して、お茶会の主催だったわたしに挨拶をして別れました。他の方にもお話ししましたが、特別なことはありませんでしたよ」
「そうですか……」
カルバン様が形のいい唇に指を添えて切長の目を伏せて思案顔をする。
「メアリーと急速に親密になった貴女なら何か知っているかと思ったのですが……。些細なことでもメアリーが居なくなった理由に心当たりはありませんか?」
はあ……。カルバン様……。いつ見てもいい。お顔がいい。
「エリザベット?」
「あ、はい! えっと、そうですわね……心当たりはやはりありませんわ」
カルバン様に嘘をつくのは後ろめたいが、まあ、わたしが直接メアリーに危害を加えたわけでもない。尋問で鍛えられたこともあってスムーズにとぼけられた。
「大方、不相応な場所にいるのが嫌になって逃げ出したとかでは?」
「彼女がそんなことをするとは思えませんが……。ですが、貴重な意見として胸に留めます」
信託を受けた聖騎士のように神妙な面持ちで言い、カルバン様はわたしの手を取った。
「メアリーはレアニアの将来に必要な人材です。私はこれから他の心当たりを当たってみますが、エリザベットも彼女を探してくれますか?」
言葉と共に熱意を伝えるように手をしっかりと握られる。
あ、ダメです、ダメですカルバン様。無料でこんなサービスをされては、どうしましょう、CDでも積めばいいですか?
「は、ははい! カルバン様の頼みとあらばこのエリザベット、彼女を連れ戻すことに全力を尽くします!」
「有り難う御座います」
童話に出てくる王子様のようなまばゆい笑顔をわたしに向けて、カルバン様は去って行った。
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同行している寮母にも礼を言い、エリザベットの部屋を後にする。
監視の目もあるため真っ直ぐ次の目的地を目指す。
なにより立ち止まっている時間が惜しい、考察は歩きながら行う。
話の内容に目新しい情報はなかったが、特に残念は感じていない。
身分、ルックス、性格において自分が結婚相手として優良物件である自覚はある。そのため自分をお前にすると頬を赤くして会話にならない手合いがいるのも分かっている。エリザベットもその一人だ。むしろ、今日はしっかりと話せていた方だろう。
それでも直接出向いたのはメアリーについて質問したときの反応を直接見るためだった。
以前メアリーへの虐めについて問いただしたとき、エリザベットは目に見えて動揺していた。
仮に彼女がメアリー誘拐の犯人だった場合、それを私に隠すことは出来ないだろう、とそう考えての訪問だった。
結果は、シロだ。
単純な彼女が悪事を隠していながらあれほど自然に振る舞えるとは思えない。
ただ、
「少々自然すぎましたね……」
螺旋階段を降りながら呟く。
身近な人間が誘拐され、自分に容疑が掛かっている。そんな特殊な状況で普段と何ら変わらず振る舞えるものだろうか?
メアリーに心底無関心だから?
自分が無罪だという自信があるから?
もしくは、事件について何か知っているのか?
「考えすぎですね」
学園および王家直属の職員の調べでも彼女が誘拐に関与した形跡はなかった。直接会った所感としても悪事の気配はない。となれば、このひっかかりは自分の気にしすぎだろう。
そう結論づけたところで、丁度目的地に到着した。
事前に出した申請書を寮母が見直し頷いて許可を示すのを待って、私は次の参考人、『ミリア・ローリー』のネームプレートがかかったドアをノックした。