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第32話:監禁初日~虎穴に入る主人公~

「こんばんは、メアリー」


 ミリア様とお話をし、エリザベット様と分かれ、自分の部屋に戻ろうと歩いているとノエル様に声をかけられました。

 星の夜、白い小さな花をたくさん咲かせた庭園で蠱惑的に微笑む美少年は、幻想的な妖精のようにも都市伝説の怪異のようにも見えました。


「ノエル様、こんばんは。こんな遅くにどうされたのですか?」


「夜の散歩のお誘いにね。ちょっと学園を抜け出してみない?」


 ゲーム通りの展開です。私も自然とゲームと似た意味合いの言葉を口にします


「でも、外出許可を申請しませんと……」


「こういうのはこっそりやるから楽しいんだよ? ねえねえ、行こ行こ!」


 私の手を引いてノエル様は言います。

 怪しさ満点です。美男子の風貌じゃなかったら警吏を呼ばれることでしょう。


「えっと、じゃあ、少しでしたら……」


 誘う方が誘う方なら乗る方も乗る方ですね。

 『Magie(マジー) d’amour(ダムール)』をプレイしていたときには「なんでそんな怪しい誘いを受けるの!?」と歯噛みしたものです。この場面、選択肢が出ないので誘いを断ることが出来ないんですよね……。


「そうこなくちゃ! あっちに馬車を用意してるから、ついて来て」


 この後、主人公(わたし)はノエルの馬車の中で不用心にも眠ってしまいます。そして、起きたら哀れ牢の中、というわけです。

 それを分かっていて、私は不審な彼に同行します。こうすることがノエル様のトラウマを癒すことに、ノエル様とミリア様を結ぶことに、総じてよりよい結果に繋がってると信じているから。

 彼の手を取り、馬車に乗る。そのとき、はたと思いました。


 ノエルの怪しげな誘いを迷わず受けたゲームの主人公。もしかして、彼女も今の私と同じような心境だったのでしょうか?


 ────────────────


 目を覚ますと、剥き出しの寒々しい無骨な石材が視界にいっぱいに広がっていました。

 学園寮の、温かみのあるクリーム色の壁紙がきっちり貼られた天井とは似ても似つきません。

 これはまさに、


「知らない、天井だ」


 あ、結構余裕有りますね、自分!

 なんて強がり半分に思っていますと、


「おはよう、メアリー」


 優しい声がすぐ側でいたしました。ひなたぼっこでもしながら膝上の猫に話しかけるような、全くもって場違いなほどに優しい声色。


「ノエル様……。お早う御座います」


 声のする方に首だけで向くと、鈍く光る鉄格子を背景にして銀髪の少年が座っていました。

 ノエル様です。

 あどけない容姿のノエル様と物騒な牢屋、ミスマッチなはずの組み合わせですが、その顔に浮かべたほの暗い笑みが彼の存在を周囲に馴染ませています。


「驚かないんだね」


「その、状況が理解出来ていませんので……」


 嘘です。本当は分かっています。ここがどこかも、


「ここは僕の、アンファン家の別荘だよ。ごめんね、こんな部屋で」


 『こんな部屋』を見渡そうと身体を起こすと、ジャラリ。

 おお、金属製の足枷と鎖です。鎖は長めなので牢の中で動く分には不都合はなさそうですが、その反対側は壁に打ち込まれた輪っかと繋がっています。本格的に囚われの身ですね。


「ま、君ならこんな拘束は魔法で解けるんだろうけどさ、屋敷の周りは何にもないし誰もいないから脱走はやめてね?」


 足の間に両腕を入れて座面を掴み、脚をぶらぶら揺らして言うノエル様。

 鎖が繫がった壁には上部に横に細長い窓があります。窓にも嵌められた格子の間から芝生に寝転んで昼寝しているときに見えるような、低い視点から見たお昼の景色が覗けます。ここは地下牢のようです。一部地上に出ているので半地下牢でしょうか?

 ノエル様の言う通り、その気になれば脱走は出来そうな簡単な牢ですが、ご心配なさらずとも脱走なんてする気はありません。

 ここに来たのはノエル様と話すためですから。


「どうしてこんなことをなさったのですか?」


「学園にいたらメアリーが危ないから」


 即答でした。

 力強い視線が私を射抜きます。


「メアリーは平民なのに才能があるから、嫉妬してくる人もいっぱいいる。妬むだけじゃなくて本当に手を出す人だって」


 彼の目線が私の横、切り揃えられた髪に向きました。


「これは、エリザベット様の美容師さんに切り揃えてもらったもので……。どうせ切っちゃうならと遊んでいたらああなったと言いますか……」


「知ってる。ミリアがそういうことにしたことも」


 我ながら無理のある言い訳、なのでそのまま通るとは思っていませんでしたが、ミリアさんの名前が出たことに不穏さを感じました。


「でも、それって信用出来るのかな? 髪を切っただけ? 少し違えば君が血を流してたのに? 噂の上書き? それは彼女たちなら後ろ盾のないメアリーに何をしても簡単に隠蔽出来る証明じゃない?」


 髪を見たまま、ノエル様は矢継ぎ早にまくしたてました。

 彼は今、イベントに、乙女ゲームである世界に突き動かされています。だからきっと、何を言っても無駄なのでしょう。ノエル様が一週間、主人公(わたし)を監禁することは決定事項なのです。

 それでも、これだけは否定しなければいけません。


「お二人はそんなことなさりません」


「そうかなぁ、エリザベットには、ミリアだっておんなじ(・・・・)でメアリーを邪魔に思う理由はある」


 エリザベット様にとって私はカルバン様を巡る恋敵。ミリア様の私を疎ましく思う理由はその彼女と同じ。そうノエル様は言いました。

 その意味はあまりにもあからさまです。


「ノエル様のお考えは分かりました」


「うん、大丈夫。ここに居ればメアリーは大丈夫。大丈夫、僕の考えは間違ってない……」


「?」


 独り言のように「大丈夫」と繰り返すノエル様。その姿は私というより自分自身に言い聞かせているようです。

 このイベントのノエルってこんなんでしたっけ……?


「えっと、とにかく、暫くここでご厄介になろうと思います」


「あ、うん、それがいいよ。もちろん永遠にって訳じゃないからね? 魔法の研究なら学園以外でも出来るんだからさ、てきとーに時間が経ったらまた一緒に研究しよ? 僕が卒業して身を立てられるようになるか、それよりメアリーが学園を除籍される方が速いかな?」


 流石ノエル様、先のことも考えていらっしゃいます。しかし、のほほんとしていましたが具体的に未来の計画を立てられると結構恐怖を感じますね……。


「後は、メイドさんを一人置いとくから」


 なるほど、監視ですね。


「欲しいものとかあったら言ってね?」


「欲しいもの……。でしたら、夏休みの宿題を持ってきて下さいませんか?」


 どうせ暇な時間になるのです。夏休みは始まったばかりですが、早めに済ませてしまいましょう。

 そんな俗物的なお願いだったのですが、ノエル様の表情が少し曇ってしまわれました。


「──あくまで、学園に戻るつもりなんだね」


 ……確かにそういう意味になりますね。学園に戻らないのなら提出しない宿題をする意味がありませんから。失言だったかも知れません。


「ま、いっか。うん、いいよ。僕も上でやらなきゃいけないことがあって、ずっとこうしてお話出来るわけじゃないしね。暇つぶしにはちょうど良いかも」


 ノエル様はいつもの調子で明るく言いました。

 肝が冷えました……。『Magie(マジー) d’amour(ダムール)』の通りなら直接的な被害を加えられることはないはずなのですが、それでもヤミ状態のノエル様の虎の尾を踏むのは恐ろしいです。何をしでかすか分かりません。


「じゃ、また明日」


「はい、また明日」


 ノエル様は牢を出て、これ見よがしに大きな錠をしっかりと掛けて、去って行きました。

 監禁生活一日目、その後ノエル様が現れることもなく、この日は宿題をするだけで終わりました。


「ふう」


 半分ほど終わった算術のテキストを閉じて、壁の隙間のような窓からすっかり暗くなった外を見つめます。ちょうど、お月様が見えました。

 か細く頼りない月。明後日あたりが逆三日月でしょうか。この分ですと勝負の夜は新月になりそうです。

 学園のみんなもこの月を見てるのかな? なんて、センチメンタルになりながら、呟いてみます。


「エリザベット様は大丈夫でしょうか……?」

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