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第31話:嘘も方便

「学園長、式辞」


 7月も残すところ一週間。月の終わりより一足先に一学期は終わる。終業式を済ませれば、みんな大好き夏休みだ。


「親愛なる王立第一魔法学園エメラルドの生徒諸君、ごきげんよう」


 学園長の挨拶、といえば退屈な式の中でも屈指のお眠ポイントだが、この学園では事情が異なる。

 なぜって? この学園は王立であり、地理的にも王城のすぐ隣にある。従って、この学園の長とは、


「本校の学園長にして、レアニア王国39代目国王。コール・アーサーである」


 国王陛下であらせられるのだ。

 不敬罪で首が飛ぶ、なんてことは流石にないが、王のスピーチ中に居眠りなんかしたら世間体がひじょーに悪い。とはいえ、国王陛下も一人のおじさん。一般的な校長先生と同じく、ご高説はさほど面白くない。

 なので、若人たちは眠気と戦わねばならない。わたしも他事を考えてなんとか眠気を覚まさんとす。


 色々あった学園最初の四半期も、これで終わり。そう思うと感慨深いものがあるわね。

 前世の記憶を思い出したり、嫌悪してた平民と仲間になったり、セレストとローランをくっつけるために奔走したり、いじめの狂言をしたせいで殺されそうになったり……。我ながら“色々あった”にも限度がないかしら?

 何もしなければ平和な日常を過ごせると思ってた5月のあの日が既に懐かしい。


 それもこれも、あの女のせいだ。


 スピーチが続く舞台の袖を見やる。式の進行をする生徒会庶務、やや明るい栗色の茶髪を、夏らしくさっぱりショートにしたメアリーが、そこにいた。


 幾人かにばっちり現場を目撃された髪切り事件、その犯人であるわたしの悪評は驚くほど広まっていない。美容師を手配しておき、3限をサボって綺麗に切り直した迅速さがよかったのもあるが、より直接的に効いたのはミリアの働きだ。

 顔の広いミリアに頼み込んで『エリザベットがお抱えの美容師にメアリーのヘアメイクをさせた』という噂を広めてもらったのだ。嘘は言ってないからセーフ。これで『エリザベットがメアリーの髪を切った』という文言が広まってもいい意味にすり替わるというわけだ。ちなみに、これもメアリーからの提案である。悪知恵が回る女ね。

 懸念していたメアリーの身もわたしの悪評もなんとかなって万々歳。不安なことがあるとすれば、頼んだときのミリアの様子か。

 ことの経緯と噂の依頼を黙って聞き、最後に「一つ、貸し」と呟いた彼女。ノエルがメアリーのためにわたしを殺しかけたと聞いて、ノエルに気がある彼女は何を思ったのだろうか……。後、あの子に貸しがあるのはなんか怖い。

 そうしているうちに、学園長のお話は終わりに差し掛かっていた。


「以上を持って式辞とする。家に戻り社交界に精を出す者、学園に残り勉学にいそしむ者、様々であるが、みなが良き休暇を過ごせることを祈っておる」


 陛下、休暇は休暇なんだからだらだら休みたいというのはダメなんですか?


 ─────────────────


 式がメインの今日は午前授業、昼食を済ませると、わたしたちは集会室に集まってお茶にしていた。食後の一服ね。生徒会の仕事も一学期分はすでに終わっているようで、なんたら同盟フルメンバーである。


「夏季休暇の間、みんなはどうするんだ?」


「俺は家に戻る」


 セレストが世間話に軽く問いかけると、ローランが即答した。それを聞いた彼女はやれやれと言うようにぐいっと背伸びをする。


「私もだ。夏季休暇くらい挨拶回りをしろと父がうるさくてな」


「それも立派な貴族の務めだ。諦めろ」


「そうなんだけどさー」とセレストはローランにしなだれかかる。

 別に悪くはないんだけど、こいつら公然といちゃつくようになったな……。


「僕なんて明日にはもう帰国の途に就かなきゃいけない。本国ももう少し余裕が持てないものかな? このテオフィロが恋しいのは仕方ないけど、ね!」


 髪をかき上げてキメ顔をする伊達男に半目を向け、わたしも答える。


「はいはい、さっさとこの国から出ていくがいいわ。まあでも、わたしもそんな感じね。あわただしいのは嫌いだし一週間くらいゆっくりしてから帰るつもりだけれど」


「……わたしも。ノエルはすぐに帰るって言ってた」


「ま、貴族はみんなそんなもんよね」


 貴族といえども懐が豊かではなく、領地が王都から遠いものは往復の旅費を惜しんで学園に残ったりもする。しかしここにいる者は貴族の中でも上位陣、そんなせせこましい事情とは無縁である。

 この場で例外はただ一人、


「私の孤児院はちょっと歩きますが王都の中にあるので結構気軽に帰れちゃいますね。学園と孤児院を行ったり来たりしようかなと思っています」


 そんな平和な夏休みにはならないと知っているだろうに、メアリーは白々しく答えた。


「みんなバラバラってことね。ノエルもすぐ帰るなら手を出せないし、2学期が始まるまで作戦は中止ね」


 まあ、白々しさで言えばわたしも同じか。


 特に話すべき議題もなく、ぱらぱらと茶会の参列者は帰っていく。最後にはわたしとメアリー、ミリア、それと片付けにサラとポートが残るだけになった。

「私もそろそろ」と立ち上がろうとしたメアリー。その袖をミリアがちょこんと摘まむ。


「メアリー、話したいことが、あるの」


「あ、はい、大丈夫です! 私なんかで良ければお付き合いさせていただきます。丁度、私もミリア様とお話出来ればと思っていたところです!」


「そう、よかった」


 メアリーは以前言っていた『ミリアがノエルの子供っぽい振る舞いをどう思っているのか』を聞くつもりだろう。その答えもだが、ミリアの話したいこととやらが気になる。


「あ、だったらわたしも──」


「エリザベット」


 立候補しようとしたわたしをミリアが遮った。

 アメジストのように澄んだ紫の瞳が真っ直ぐにわたしを見る。


「ごめん、二人で、話したい」


「そ、そうなのですか?」


 わたしを締め出すミリアの言葉にメアリーが狼狽える。二人の目が決を促すようこちらに向く。

 助けを求めるように揺れる茶色の瞳となにか強い意志を感じる紫の瞳を見比べ、わたしは、


「ミリアが二人きりが良いなら別に良いわ。わたしは外で待ってるから終わったら教えなさい」


 ま、主人公様ならわたしが付いてなくても別に構わないでしょ


 ────────────────


 エリザベット様に見捨てられ、ポートさんとサラさんにも一度部屋を出てもらって、広い部屋の中で私とミリア様は二人きりになりました。

 頭の良いミリア様と一人で対峙するのは少し緊張します。


「二つ、聞きたいことが、ある」


 ミリア様は胸の前で小さくV(ブイ)サインしながら切り出しました。

 このやり方、流行ってるのでしょうか……?

 頷きを一つ返すと、ミリア様が一つ目の話題を明かします。


「ノエルのこと」


 私とミリア様の共通点といえば、まず彼のことです。私としてもミリア様のノエル様への認識は知りたかったことですし、彼の話題になるのは願ったり叶ったりです。


「メアリーは、ノエルのこと、嫌い?」


「そんなことは決してありません! 以前も申し上げましたがお友達、研究仲間としては好きな方です」


「じゃあさ、ノエルはあんなにメアリーのことが好きなんだから、受け入れてあげたら?」


「……」


 思わず黙ってしまいました。

 か細い声で、しかし真摯に訴えるミリア様の姿で、この御方は打算も何もなく好きな人の幸せを願える人なのだと分かってしまったから。

 私も正直に自分の気持ちを晒さないといけないませんね。


「それは、あり得ません」


「ロミニド様のことが好きだから?」


 踏み込んできましたね!

 まだ公言はしてないのですが、当然のことのようにミリア様は突き込んできます。ミリア様の情報収集能力を見くびっていた訳ではありませんが、私、そんなに態度に出ていたでしょうか……?


「え、えーっと、そのこととは関係なくデスネ」


「やっぱり、ロミニド様狙いなんだ」


「あ、鎌をかけましたね!?」


 目を少し細めてどことなく満足げなミリア様。見事に引っかかったことが可笑しくて、私もクスリと笑ってしまいました。

 張り詰めていた空気が、緩んだ気がします。ひとしきり笑って、落ち着いたところで話を戻します。


「ふぅ、確かに私はロミニド様が好きです。でもそれとこれとは関係ありません。ノエル様と付き合えないのは──卑賤の身でこの様なことを言うのは不遜ですが──私ではノエル様に合わないと思うのです」


「どういうこと?」


「私は、自分で言うのも恥ずかしいですが、その、気が多い(たち)ですので……」


 これは以前から考えていたことです。実のところ、あれだけ熱烈なアプローチを受けたら「もういっそこの人と付き合っちゃおうか」とそんな未来を思い描いちゃったりしたこともあるのです。

 だけど、


「ノエル様は結構独占欲が強い節があると思います。ですので、私と付き合っても、すぐに不満が溜まって破局するのではないかと……」


 ノエルは生来の気質なのか『母の愛』に飢えているからなのか『自分だけに向けられる愛情』を欲しています。独占欲強めな性格もその表れでしょう。

「もういっそ──」なんて考えている時点で彼のパートナー失格なのです。


「そうだね。ノエルは、本当に子供っぽいところもあるから。お気に入りの玩具を、放そうとしない、小さな子みたい」


 同意して下さるミリア様の言葉、その中で、


「『本当に』ですか……」


 その言い方になんとなく含みを感じました。


「ミリア様、私から質問させていただいても良いですか?」


「うん、いいよ」


 本当があるなら嘘もあるということ、つまりノエル様の演技に気付いているということではないでしょうか?


「ミリア様はノエル様がわざと子供のように振る舞っていらっしゃることは……」


「うん、知ってる。でも確信を持てたのは最近」


「そうなのですか?」


 意外です。

 それこそ本当に子供の頃からの付き合いであるお二人なら、もっと前からノエル様の悪癖に勘付いていても良さそうなものですが。


「ノエルは器用だから」


「だから演技の粗も見つけられなかった、ということですか?」


「そう。でも最近のノエルは、ボロを出す、ことがある」


 エリザベット様が「ときどきノエルの視線が冷たくて怖い」とおっしゃっていたことを思い出します。


「ノエルが変わったのは、きっと、メアリー、貴女のため。ノエルの中で、貴女の存在がお母さんに匹敵するくらい、大きくなったから」


 自分はそんな大それた存在ではない、と咄嗟に否定しそうになりました。でも、それは間違いで、主人公である、主人公になってしまった私には、真に攻略対象(ノエル)を変えてしまうほどの影響力があるのでしょう。

 だからこそ、ミリア様は私にノエル様を託そうとしている。

 ここに来て(ようや)く、ミリア様の思慮深さとこの話の重さを実感出来た気がします。


「一つ、教えて下さい」


「うん、なに?」


「ミリア様はノエル様の演技についてどう思われているのですか? やめるべきだと思われますか?」


 この答えを聞いて、どうするか決めようと思います。攻略の都合などは一旦脇に置いて、ノエル様のことだけを考えたらどちらがパートナーに相応しいのかを。

 ミリア様は目を伏せ、ふわふわした藤色の髪を弄りながら、暫し黙考されました。そのままぽつぽつと呟くように答えます。


「やめるべき、とは思わないかな。ノエルはかわいいところもいいところ」


「でも」と彼女は続けます。


「仮面を被るのが、疲れるなら。楽にしてもいい、と思う、かな」


「子供を演じ続けても、演じるのをやめても、どっちでもいいってことですか?」


「そうだね、だって──」


 当然のことを言うように、ただただ自然にミリア様は断言します。


「どっちだって、ノエルはノエルだよ」


 くぅぅぅうううう!


「メアリー?」


「なんでもありません、持病です」


 今のは破壊力高かったです。クリーンヒット! なんという信頼、なんという懐の深さ! 私こういう関係が大好物で……ってそんなこと言ってる場合ではありませんね。


「やっぱり、ノエル様の隣は私なんかよりミリア様の方が相応しいですよ。自信を持って下さい」


「そう、かな……? ……ところで、メアリーはどう思ってるの? やめるべき、と?」


 ノエル様の演技について聞き返されました。


「そうですね……。難しい問題ですが、正直に言ってしまうと」


 変に遠慮したような答えはこの場には似つかわしくないでしょう、なので単刀直入に、


「そんなことしてもお母様との日々は帰ってこないのに無駄なことを、と……」


「……」


 いくらなんでも表現に遠慮がなさ過ぎた気がします。ミリア様も絶句してしまいました。

 でも、ゲームの主人公も簡潔にまとめると、こんな印象をノエルに持ってたんですよ?


「……手厳しい、ね」


 絞り出したようなミリア様の一言でノエル様についてのお話は一段落つきました。




「次、二つ目、ね」


「はい」


 一番の重要課題であるノエル様については方が付きました。

 だから、次の話題は気楽にしてもいいはずです。なのに、


「わたし、メアリーのことを、もっと知りたいな」


 なのに、どうしてでしょう。


「だから、教えて?」


 どうして、私の胸はこんなにざわめいているのでしょう。


「メアリーは、メアリーとエリザベットは、何者なの?」


 ────────────────


 メアリーとミリアの密談が始まってから30分くらいたったかしら?

 待つのにも疲れてうとうと船を漕いでいたわたしは、扉が開くキイという音で目を覚ました。


「エリザベット、ごめん、お待たせ」


「ん、ああ、いいのよ、別に。あいつは?」


 ミリアは室内の方を見て、一言。


「疲れたって」


「そ、中で休んでるのね。わたしはあっちに用があるから」


「じゃあ、またね」


 ミリアはこのまま帰るようだ。

 互い違いに入室すると、はたしてミリアの言った通り疲れ果てたメアリーがいた。

 彼女は椅子に座ったまま全体重を背もたれにかけ、口を間抜けに空けたまま天井を仰いで、両腕をだらんと力なく下げている。


「あんた、人目がないからってだらしなさすぎよ」


「すいません……。でも、ちょっと電源落とさせて下さい……」


 いつも無駄に元気なメアリーをここまで消耗させるとは、ミリアは一体どんな話をしたのかしら……。

 背もたれの上に乗せたまま、彼女の頭がごろんとこちらを向く。


「エリザベット様、わたしがいない間、頑張って下さいね……」


「え、ちょ、なに、どういうことなの? どういう意味よそれ!?」


 華奢な肩を掴んで揺らすと抵抗する気力もないのかメアリーの頭ががくんがくん揺れる。


「それを言えない約束もさせられてしまったのでー」


「なんなの? わたしミリアに何かされるの!?」


 怖いんですけれど!?

 その後何度問うても、揺らしても、メアリーは適当な返事しか寄越さなかった……。




 結果的に、これがメアリーの最後の目撃情報となる。

 翌日、彼女の姿は学園から忽然と消え失せたのだ。

 メアリー・メーン誘拐事件、『監禁イベント』の発生である。


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