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第29話:大体代替

「ありましたよ! エリザベット様の名前! 39位です! すごい!」


 メアリーがストレートロングの茶髪をひょこひょこ揺らしながらぴょんぴょん跳ねる。

 わたしたちは他の生徒に紛れ、掲示板に張り出された数字と名前の羅列を見ていた。

 一学期末試験の結果だ。

 この学園では生徒の順位を一位から最下位まで(つまび)らかに公開することになっている。劣等生からしたら無慈悲な仕様よね。

 メアリーが指さす先には、確かにわたしの名前がある。39位、この学年は全部で64人だから、真ん中よりやや下ってところね。


「って、平均割ってるじゃない。『すごいすごい』って嫌味か貴様」


 整然と並んだ生徒名の最も左上、そこにメアリーの名前が燦然と輝いている。なまいきにもカルバン様を2位に抑えて、堂々の1位だ。


「いえでも、学力をちゃんと上げた主人公(わたし)が一位になるのはシステムとして当たり前と言いますか、それよりも本来最下位のエリザベット様がたった一週間で大きく順位を上げられた方がすごいと申しますか……」


 この一週間、わたしは頑張った。めっちゃ頑張った。たぶん、この一週間の勉強量はエリザベットとして生きてきた15年間のそれを上回ったと思う。自分で自分にご褒美を上げたい。

 そして、一位を取ったことを当たり前なんぞと抜かしているこいつも、自分の名前を確認したとき「よっしゃ」と小さくガッツポーズをしたのをわたしは見逃さなかった。『学力を上げた』とゲームっぽく言っているが、要は普通に勉強していい成績を取ったということよね、わたしの勉強も見ながら……。

 メアリーの頭をがしがしと撫でてやる。髪サラサラね。


「エリザベット様?」


「別に、なんでもない。ほら、結果は確認したんだからもういいでしょ。戻ってノエル対策を考えるわよ」


「あ、はい! 待ってください!」


 帰り際に、メアリーの名前とは対角、本来はわたしの名前があったはずの場所を見やる。


「えっ……?」


 そこにあったのは見知った名前だった。

 オリヴィア・トライマク。

 わたしが記憶を取り戻す前、最もよく一緒にいた令嬢。取り巻き(トライマク)の姓を背負った、エリザベット一味の其の一だ。

 はて? 彼女、そんなに頭悪かったかしら……?


 ────────────


「やっぱり、『監禁イベント』を起こさせないとどうにもならないと思うのです」


 わたしの部屋の応接間で二人きりになると、出し抜けにメアリーは言った。

 『監禁イベント』、それは独占欲と過保護を拗らせたノエルが1学期が終わると同時に主人公を(かどわ)かし、一週間監禁する、彼の最大のキーイベントだ。


「でも、それじゃああんたとノエルの仲が良くなっちゃうんじゃないの?」


 監禁中は毎晩ノエルとの特殊会話が発生し、そこでいい感じにノエルのメンタルをケア出来れば彼は自分から主人公を解放する。GOOD ENDには必須のイベントだ。

 逆に言えば、


「大丈夫だと思います。適当な返事でのらりくらり過ごせば『監禁イベント』は失敗、一週間後にミリア様たちに救出される展開になるでしょう。このパターンでは逆に私はノエルルートから大きく外れることになり、ノエル様はむしろミリア様と結ばれやすくなる、と思います」


 …………。

 いや、まあ、その通りなんだけれども。こいつノエルの話を真面目に聞く気がさらさらないわね。監禁してまで側に置きたい人がこんな調子では、彼がちょっと可哀想になってくる。

 心の中で憐れみつつ、わたしは「でも」と否定を重ねる。


「その消極策ではノエルとミリアがくっつくまで一年かかるんでしょ? ダメじゃない」


「はい、なので一工夫入れたいと思います」


 料理番組の先生みたいなことを言い出した。


「『監禁イベント』はノエルの説得の成否に関わらず7日目の晩に終わります。これはよく考えたらちょっと不思議なことです」


「何が?」


「説得に成功した場合、ノエルは自分で主人公を解放します、失敗した場合はミリアたちが助けに来ます。終わり方が異なるのに終わるタイミングは同じ、というのは不思議ではありませんか?」


 監禁されてからのことは外部に影響しないはずなのに、ノエルと主人公の会話によってミリアが助けに来たり来なかったりする。まあ、確かに不思議よね。


「よって、この“7日目の晩”というのはゲームシステム的なイベントの刻限だと思われます。裏を返せば、その瞬間までは内容に関わらず『監禁イベント』は続いているはずなのです。仮にノエルとメアリーの間に他の誰かが割り込んだとしても」


 なるほど、要はセレストさんのときと同じだ。


「イベントは起こすけど、おいしいところ、ノエルの説得はミリアに任せる。そういうことね?」


 メアリーは大きく頷き、


「流石エリザベット様! 私は監禁されて動けなくなるので、エリザベット様にはミリア様たちを連れて来ていただきたいです。ノエル様は徐々に心を露わにしていくはずですから、出来ればギリギリ──7日目の夕方辺りに突入して下さい。このような作戦でいかがでしょうか?」


 彼女は最終的な可否をわたしに委ねる。

 まあ、正直対案もないし、イベントの成果を譲るという方針は実績もあるので文句はない。

 文句はないけれども……疑問はある。

 中指と人差し指を立てて見せる。


「ピース……OKということですか?」


「違う。二つ、確認したいことがあるわ」


 人差し指を曲げて、一本だけ指を残す。


「一つ目、ミリアがノエルを上手くケア出来る前提の作戦だけど、出来るの? 突入しても会話パートが失敗したら意味なくない?」


「それは……ミリア様ならきっと大丈夫と信じています。聡明なお方ですし、私たちなんかよりもノエル様のことをずっと分かっていらっしゃるはずです。口数の少なさに不安はありますが、そこは私とエリザベット様でフォローする感じで!」


「結局、出たとこ勝負じゃない」


 図星だったようで、メアリーは肩を落とした。そして弱々しく提案する。


「一応攫われるまでにヒアリングはしておきたいと思います。ノエル様が子供を演じていることをどう思っていらっしゃるか、とか」


「それがいいわ。ま、ここまでお膳立てしてカウンセリングも本音のぶつけ合いも満足に出来ないなら、そもそも結ばれる運命になかったってことでしょ」


 わたしたちの事情で無理してくっつけるよりは付き合わない方が二人のためってこともあるかもしれない。そう思って言ったが、メアリーは違う意見のようで、渋い顔をしていた。


「それは極端すぎませんか? 誰と付き合うかなんて時の巡り合わせ一つで変わるものですよ?」


 意外と冷めた恋愛観してるのね、こいつ。


 ま、この件については結局ミリア次第。わたしたちが悪い予想ばかりしていても無意味だし、次の疑問に移しましょう。


「二つ目、そもそもの話なんだけど、『監禁イベント』ちゃんと起こるの?」


「エリザベット様は起きないと思われるのですか?」


 質問に質問で返すな、と言いたいところだが、そう思った理由くらいは説明するべきか。

 このイベントはノエルの独占欲と過保護の発露である。

 前者は問題ない。ノエルからメアリーへの好感度が十分高いのはステータスを確認するまでもなく、普段の様子で分かる。

 問題は後者だ。


「ノエルが主人公を監禁する建前って『いじめられてる主人公を守るため』よね?」


「はい。平民なのに貴族の学園で幅を利かす主人公をよく思わない人は多く、日常的にいじめを受けていました。ノエルが監禁という凶行に走ったのはこのような危害からメアリーを守るためでもありますね。特に強い契機になったのはメアリーが階段から突き落とされる事件で──」


 そこまで言って、彼女はようやく見落としに気付いたようだ。

 ゲームのメアリーは夏休みの直前、彼女をよく思わないどこぞの悪役令嬢によって階段から突き落とされる。幸いにもメアリーは軽傷だったが、その現場に居合わせたノエルはメアリーを守らなきゃという意識を強くし、『監禁イベント』へと繋がるのだ。

 そしてこの傷害事件、下手人は当然のごとくエリザベット(わたし)である。


「あの、エリザベット様、近々わたしを突き落とすご予定とか、お在りですか?」


「さしものわたしも、今の関係でそんなことすると思われてるならショックだわ……」


 よよよ、と泣きまねをするとメアリーが慌てて平謝りする。ちょっと面白かったのでひとしきり揶揄ってやったわ。


 二人で紅茶を飲んで、はしゃいだ雰囲気を落ち着ける。

 一息入れた後、先に口を開いたのはメアリーだ。


「では、来週の水曜、移動教室のときに大階段から私を突き落としていただく、ということで」


 調子を取り戻した彼女は、簡単なおつかいを頼むような軽さで言った。


「そうじゃないでしょ」


 なんでそうなる。


「あんた転落事故舐めてるの? 1メートルは一命取るのよ! あの大階段5メートル以上あるじゃない、当たり所が悪かったら死よ」


「エリザベット様、私の身を案じてくれているのですか!」


「いや、わたしが殺人犯になりたくないだけ」


 彼女は何やら自分に都合のいい解釈をしたようで「またまたぁ」とニコニコしている。ちょっとムカついたけどさっきイジった分で帳消しにしてあげます。


「真面目に答えなさい」


 言うと、メアリーは腕を組んで首を傾げる。


「キメラ擬きと戦ったのに比べれば階段から落ちるくらい軽いものだと思うのですが……。ゲームで軽傷だったことから『補正』も期待出来ますし。ただ、治癒魔法は私の意識がないと使えないので万が一頭を打ったり首を折ったりで即死しちゃったらアウトなのも事実ですね……」


「ほら見なさい。嫌よ、わたしそんなことするの」


「でも、エリザベット様がやらなくても、きっと他の人がやりますよ? 具体的には、おそらくオリヴィエ様が」


「え」


 オリヴィエ・トライマク。わたしの代わりに(・・・・・・・・)テストでドベになっていた元取り巻き筆頭。まさか──


「オリヴィエ、彼女、まだあんたに嫌がらせしてるの?」


「はい。それはもうエリザベット様もかくやという熱心ぶりで」


 いじめの被害者であるはずの女は何でもないことのように平然と答えた。


「……平気そうね」


 元いじめ加害者としては触れづらい話だが、この様子はどうも気になる。


「白状しますと、何をされても『ざまぁ展開でサクッとカタルシスを稼ぐためにゲーム(世界)に愚行を強要されるなんて、この人も可哀想だな……』としか思えないのでノーダメージなのです。精神的に無敵です」


 えっへんと胸を張るメアリー。


「わたしが言うのもなんだけど、あんたのそういう態度がいじめを助長してる側面もあるから気をつけなさいね? ね?」


 閑話休題。

 とにかく、わたしの意思に関わらず突き落とし事件は起こるらしい。そうなるとオリヴィエにこれ以上いじめ……メアリーの言うところの“愚行”を重ねさせるのは、本来の悪役令嬢であるわたしとしても気が引ける。


「うーん、でもやっぱりワンチャン殺人犯はねぇ……」


「あ、ではこうしませんか?」


 何かを閃いたらしいメアリーがこちらの耳に顔をよせる。二人きりなのに内緒話をする意味は分からないが、まあ気分よね。


 耳元でごにょごにょと告げられた内容は──


「あんた、正気?」


「自分ではそのつもりです。これなら命の危険は少ないでしょう?」


「いやまあそうだけど……」


 いじめのレベルとしては悪化してないかしらね、それ……。


王立第一魔法学園エメラルド【一学期末試験順位】


一年生(全64人)

1位  メアリー・メーン

2位  カルバン・アーサー

3位  ミリア・ローリー

4位  ローラン・シュバリエ

 |

12位 テオフィロ・キアーラ

 |

39位 エリザベット・イジャール

 |

64位 オリヴィエ・トライマク


二年生(全61人)

1位  ロミニド・アーサー

2位  ノエル・アンファン

 |

30位 セレスト・リリシィ


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