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第28話:黒幕、地理、神話

「ふわぁ……。ねむっ」


 メアリーに『魔基礎』について叩き込まれた翌日、わたしは重い頭と重い足を引きづって皆の衆と歩いていた。


「おっきな欠伸(あくび)だね。大丈夫? これからお勉強だよ?」


 こちらの顔を覗き込んで言う銀髪の美少年に言い返す。

 いつもより少し茶髪をぼさっとさせたメアリーを指さして、


「仕方ないでしょ。昨日こいつに遅くまで勉強させられたんだから」


「すみません、エリザベット様の飲み込みが良いものですから、ついつい夜更かしさせてしまって……」


 ノエルは「それなら仕方ないねー」と頭を下げるメアリーの肩をぺしぺし叩いて笑う。

 というか、


「あんた、なんでいるのよ」


 当たり前のようについてきていたノエル。彼とミリアをくっつける作戦は一時中断という話ではなかったのか。


「ローランに誘われたからだよ?」


「セレストに勉強を教えられる者が欲しくてな」


 ローランが言うと、前を歩くセレストの歩調が乱れ、耳がほんのり赤くなった。

 ミリアのことは関係なく、純粋に頭のいい二年生として呼んだらしい。こいつも過保護な男ね。


「いいよー、教えるよー。学ぶ意思があるのはいいことだからね! ま、ちゃんと取り組んでくれるなら、だけど」


 ノエルは横目でわたしを見ながら言った。

 三人の様子を確かめるため、見学の名目で彼の研究室に行ってるのに何もしてないのを根に持ってるのかしら。


「はあ……。どうせ人を増やすならカルバン様を呼んで下さればいいのに……」


「それはだめ」


「殿下がいたら勉強どころではないだろ、君」


 マジレス凹むわー。


 話している内に図書館が見えてきた。

 この学園の図書館は立派なもので、校舎の一室ではなく、別棟を丸っと一つ使っている。前世の感覚だと学校の図書室というより市営の図書館に近いイメージ。

 図書館内には勉強用の部屋もいくつかあり、今日はその一つを借りたらしい。


「はあ……」


 図書館の扉に近づくほど足が重くなっていく。

 勉強が嫌なのもあるけど、図書館に入りたくないのはそれよりももっと気まずいもの、避けたい相手がいるからだ。


「ファイトですよエリザベット様! 最初だけ頑張れば意外と慣れるものです、堂々といきましょう」


 げんなりしてたらメアリーに励まされた。

 わたしからしたら、なんであんたは普通にしていられるのかって方が不思議よ。


 とうとう着いてしまった。

 チークで出来た重厚な扉に、先頭のセレストが手を伸ばす。


「あ、ちょっと待──」


 心の準備がまだ出来てない、とセレストさんを止めようとしたが、無意味だった。

 彼女が開けるまでもなく、中から扉が開けられたからだ。

 出てきたのは一人の男。

 彼の姿を見て、思わず身がすくんだ。


「おや、皆様、お早う御座います」


 腰まである艶やかな黒髪をなびかせた細身の優男は、モノクルをかけた糸目を弓にし微笑んだ。


「お早う御座います、マクガン先生」


 白衣のような真っ白のローブを身に纏う学者然としたこの男、その名をクロウ・マクガンという。彼はこの図書館の司書であり──


「……おはよう、ございます」


 『Magie(マジー) d’amour(ダムール)』のクライマックス、卒業式に学園を襲うテロ組織『獣法会(じゅうほうかい)』の会長でもある。

 つまり、全ての黒幕である。




「本日は部屋の使用許可を下さり有り難う御座います」


「いえいえ、常連のメーンくんとローリーくん、それと()の天才アンファンくんの頼みとあらば快くお貸ししますよ。学びの輪を広げることは素晴らしいことです」


 ローランのデカい図体に身をひそめているとメアリーとクロウが親し気に話し始めていた。

 彼女も、クロウこそが学園を襲う……いや、キメラの一件も含めれば既に襲っている事件の首謀者であると知っているはずなのにである。彼女の心臓はさぞ剛毛に違いない。


「イジャールくんは当館の利用は初めてですね?」


 びくっと肩が震える。


「貸出の方法は分かりますか? 本の分類の仕方は? 分からないことがあれば何でも聞いてくださいね?」


 何の変哲もない司書の言葉に、しかし、上手く言葉を返せない。モノクル越しの視線に心を見透かされているような錯覚を覚える。


「エリザベット様は本も勉強もお嫌いなのに私が無理を言ってお連れしたのです! ご厚意は有り難いですが、ぐいぐい来られてはお困りになってしまわれます」


 クロウとわたしの間にメアリーが割って入った。


「これは失礼を。どうか貴女にも知識を得る楽しさが伝わらんことを」


 彼は頭を下げると、懐から鍵を取り出し、メアリーに差し出した。


「では、これが自習室の鍵です。帰るときは私に直接渡すか、カウンターに返却してくださいね」


 ────────────────


「緊張した……」


 自習室の机に突っ伏すわたしを、メアリーがパタパタと木のボードで扇いでいた。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃない。というか、わたしとしてはあんたが大丈夫そうにしてる方が信じらんないんだけれど」


 言い返したわたしを見て、彼女は「大丈夫そうですね」と微笑んで続ける。


「慣れちゃえば平気ですよ? むしろ変に避けた方が不審に思われてしまいそうで怖いです」


 理屈ではそうかもしれないけど、それでも大事件を起こす男と平然と世間話出来るのは正気じゃないと思う。


「ねえねえ、何の話してるのー?」


「……」


 ノエルが話しかけてきた。後、ミリアも無言で謎の圧をかけてきた。他の人もいるここで話し込むのはまずいわね。クロウの話は早々に切り上げて、本来の目的である勉強に臨もうかしら。

 メアリーはノエル他数人と共に一旦自習室から出るようだ。


「使えそうな参考書を探してきますが、エリザベット様は……?」


「わたしはパス」


 メアリー抜きでクロウとばったり会いでもしたら今度こそ卒倒しかねない。

 教科書が入ったバッグを見せて、自分はこれを使うと意思表示。


「ではでは、読みたい本を見つけたらすぐ戻ってきて、エリザベット様のお手伝いをさせていただきますね」


 余計なお世話よ、と手で払って出ていく人たちを見送り、さて何をやろうかしらとカバンの中を物色する。

 適当に本を取り出してパラパラとページをめくっていると、クロウなんかと会った所為かしら、あるページで手が止まった。

 『王国史』、まあ社会みたいなものね。その教科書の最初にある世界地図のページだ。


 この世界は、狭い(・・)

 正確には人類の生活圏が狭い。

 手にした地図には──いささかデフォルメされ歪んでいるが──前世のヨーロッパとほぼ同じ地形が描かれている。ただし、ブリテンもアイルランドもなく、代わりというように、バルカン半島の右端から真っ直ぐ北に向かって山脈が伸びている。『ガラティア大山脈』、前世の世界には存在しない大地を区切る自然の壁だ。そして、大山脈より東、黒海からアジアが続くはずの大部分は『未開領域』として真っ黒に塗りつぶされている。アフリカがあはずの南や大西洋も同様に真っ黒。

 西ヨーロッパだけの狭い世界。

 それが『Magie(マジー) d'amour(ダムール)』世界における人類の版図だ。

 『未開領域』は魔獣の領域である。鳥の代わりにワイバーンが空を飛び、地上ではバジリスクやバイコーンが闊歩する。海に出れば、巨大な怪魚に船を一飲みされ、クラーケンに絡め取られる。

 ここより外はそんな文字通りの人外魔境だ。

 人間は純粋に弱さから狭い世界に甘んじている。

 それを良しとしない者たちこそが『獣法会』。魔獣の力をに人類のものにし、『未開領域』へ進出せんとする秘密組織である。

 人類の版図を広げようという大望は結構なことだが、そのために非人道的な手段も厭わないというのは頂けない。志を忘れ、金や権力のために魔獣を利用しようとしてる奴らもいるらしい。結局のところ、『獣法会』は典型的な悪の組織なのである。

 『獣法会』の存在はゲームの縦軸の一つだった。彼らはこのエメラルド学園に眠るとある神授遺宝(アーティファクト)を狙っており、どの攻略対象のルートでも最後のイベントは卒業式に襲ってくる彼らの撃退になる。

 だからわたしとメアリーは恋愛的な攻略に加えて、『獣法会』の対処も考えないといけないんだけど、なんかやる気が出ないのよね……。

 なぜなら、


(『獣法会』に負けて学園が滅ぶルートってないのよね……)


 まあ『Magie d’amour』唯一のBAD ENDは『獣法会』絡みで死者も出るので、全く無視もできないが、それ以外のエンディングでは問題なく彼らは撃退される。しかもメアリーや攻略対象、サブヒロインズの獅子奮迅の活躍により学園側の被害者はゼロ(・・)と作中で明言されているのだ。この世界では作中で起こったことは大体その通りになるみたいなので、ぶっちゃけ彼らは放っておいても問題ない。

 むしろヒーローの攻略を進めることが結果的に『獣法会』対策になるはずだ。とんだバタフライ効果もあったものね。


 いや、でも学園にテロ起こそうとしてる輩をそうと知りながら放置するのはやっぱり常識的に……と、頭を抱えていると、メアリーたちが帰ってきた。彼女はわたしが『王国史』の教科書を開いているのを見ると、


「うーん、『王国史』ですか……」


「文句ある?」


「文句はありませんが、今から詰め込むには新しく覚えることが多いのではないでしょうか?」


 おすすめはしない、と。


「じゃあ、やめる」


「即決ですね、流石です! 点数が取りやすい教科ですと……『神話学Ⅱ』はいかがでしょう?」


「『神話学Ⅱ』……ああ、『御覧噺(ごらんばなし)』」


 『御覧噺』とは『大いなるレアノ様は御覧になった』という共通した書き出しで始まる無数の説話の総称である。この世界においては『御覧噺』をたくさん知ってると教養があるとされていることもあり、『神話学Ⅱ』はこの説話群を学ぶ教科になっている。ちなみに『神話学Ⅰ』はこの世界の創世とかそっちの話だ。

 で、肝心の内容なんだけど、『御覧噺』では『全知のレアノ様は世界を越えて見通す目を持つ』という設定に基づき、女神レアノが見た異世界(・・・)の伝承が語られている。

 そう、つまりコレ、セレストさんの異名である“戦乙女(ワルキューレ)”や、メアリー発案の同盟『互射の“キューピッド”』、あるいはノエルの得意魔法“トリアイナ”などなど、異世界なのに何故か前世の神話由来の言葉がなぜか存在し、通じることの辻褄を合わせるための存在なのである……!

 相変わらず『Magie d’amour』を作ったやつらは妙なところを気にするわね。

 おかげさまで『神話学Ⅱ』の教科書に載ってる話は聞き覚えのある話も多い。オタクは神話モチーフが好きなのよ。

 一期の範囲は……あ、ギリシャ神話だ。すごい、ゼウスとかポセイドンとかめっちゃ聞き覚えがある……。


「確かに、これは覚えやすそうね」


「ですよね!」


 まあ、おぼろげな前世の記憶の方がこの世界で生きてきた15年あまりの経験より頼りになるのは虚しさすらある。適当に生きてきたツケかしらね?

 羽ペンを取って、今度こそ真面目に机に向かう。

 クロウや獣法会のことも気になるけど、そんな未来の巨大な敵よりも、今はとりあえず目の前の小さな敵を、定期試験をなんとかしないと。


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