第27話:MAHO KISO RON
注意!
このエピソードは「この世界の住人は世界をどう認識してるの?」「この世界の魔法ってなに?」みたいなことに興味がない人にとってはぶっちゃけ退屈だと思います。
一番下に要約は書いとくのでそこまで読み飛ばしちゃって下さい!
夜に押しかけて来て勉強をしようと言いだしたメアリー。本当に嫌なんだけど、必要なことと言われれば断ることも出来ない。
彼女を部屋に通し、自分の魔法基礎論の教科書を探す。
お、あったあった。
基本的にはメアリーと同じものだけれど新品同然に綺麗なわたしの教科書。
それにしても、
「せめて『魔法』は『MAGIE』にすべきじゃないかしら? この世界、自分が『恋の魔法』ってタイトルな自覚ないの?」
「あはは……。他はローマ字なのにそこだけフランス語でも分かりにくいですから……」
彼女は仕方なさそうに小さく笑う。かと思えば、今度は真面目な顔で言ってきた。
「しかしエリザベット様、それはよい着眼点です。まさに私はそういう類いのお話をしに来たのです」
「どういうこと?」
彼女はしたり顔で一つ頷き、説明をはじめ──
「と、その前に確認したいことがあります」
いやはじめろよ。
「順序は大事なのです。特に、その……」
彼女の視線がわたしの綺麗な──つまり開かれた形跡がほとんどない──教科書に向く。
「悪かったわね、不勉強で」
「いえいえ、そんな。逆に丁度良い気がしてきました」
それはそれでムカつく。それにしても、一体こいつは何が言いたいのかしら?
「さて、エリザベット様、突然ですがここで問題です」
彼女は人差し指を立てて言う。
「『りんごはなぜ木から落ちるのでしょう?』」
質問の意図が分からない。
「何それ? 禅問答?」
「いえ、ここではあくまで自然科学的な答えを期待しています」
だったら、まあ、
「『地球の重力、万有引力で引っ張られてるから』、そうでしょ?」
わたしの答えを聞いてメアリーはにっこりと笑った。
好反応、ということは──
「はい、全然違います」
「は?」
笑顔で全否定してきおった。彼女はそのまま続けて答えを述べる。
「正解は『りんごは“土の元素”を多く含み、“土の元素”は本来の位置である“下”に向かう性質があるから』です」
「はぁ?」
何を言っているんだろうこいつは?
訝しむわたしに、彼女は真剣な顔で迫る。
「いいですか、エリザベット様。この世界では、今申し上げたような理論で世界が理解されています。ですから“重量”や“万有引力”といったこの世界には存在しない概念を使って回答してはいけません! 絶対にダメです! ダメー!」
両腕でバッテンを作って彼女は強調する。
「点数が取れないだけなら正直構わないのですが、最悪の場合私たちの秘密、『前世の記憶があり、この世界はゲームの世界である』ことが明るみにまってしまいます!」
「それは流石に心配しすぎだと思うけど……」
とはいえ、劣等生のわたしがこの世に存在しない概念を駆使して画期的な新説を唱えるのはどう考えてもおかしい。そこは同意できる。
「わかった、せいぜい気をつけるわ。でも、どうしてそれで魔法基礎論なの?」
「え」
「え?」
“魔法”はそもそも前世には実在しない概念だ。だから『魔法基礎論』とやらにも前世の知識の影響は薄いと思ったんだけど、メアリーの反応を見るとどうも違うらしい。
彼女はどこか遠いところを見るような目をして言う。
「エリザベット様、本当に一切授業を聞いていらっしゃらないのですね……」
「悪かったわね」と再度愚痴るわたしをまあまあと宥めながら、
「えっと、では、第二問です」
彼女は「デデン」と口で効果音をつけ、何か探すように周りを見渡す。あれでもないこれでもないといろいろな物を触って、最終的には持参してきた教科書を手に取った。
「例えばですね、この本は何枚ものページと表紙から出来ています。そのページは紙とインクから出来ています。その紙は木の繊維から出来ています。では、このように身の回りにある物をどんどん分解していったときに『これ以上分解出来なくなる、最小の単位とはなんでしょう?』」
さっきは前世の知識で答えたが、今度は今世で得た知識で考えてみる。
……うん、さっぱり分からない。メアリーにマウント取られるくらいなら授業をちゃんと聞いときゃよかったかしら?
今更そんなことを後悔しても仕方ない。仕方がないので、再び彼女の想定通りに引っかかってやるとする。
「『炭素とか水素とかの原子。あるいはそれを構成する電子と陽子と中性子』そう答えて欲しいんでしょ?」
「はい、円滑な説明にご協力いただき有り難う御座います。ハズレです」
間違いなのは分っていた。それでも彼女が話しやすいようわざと引っかかってやったのだ。だから悔しくはない。ないったらない。
「正解は『元素。土・水・風・火の四大元素』です」
あ、そういえばりんごの問題でも“土の元素”って言ってたわね。
「土・水・風・火、これが元素の分類以外にも何に使われているか、エリザベット様もご存じですよね?」
分かる。オタクだった前世でもモチーフとして馴染み深い四大元素、『Magie d’amour』におけるそれは、
「魔法の属性……」
「その通りです! 魔法の四属性とは、即ち世界を構成する四大元素なのです! 世界がどのような元素から出来ているか知ることは、自分の魔法属性で何が出来るのか知ることになります。なので、『魔基礎』ではまず元素論を学ぶのです」
なるほどね、なるほど。
この世界は『元素』で出来ていて、魔法はこの四大元素を使って『属性』として分類される。つまり魔法は元素を操っている……?
あれ?
「でもそれおかしくない? 元素は『それ以上分解出来ない世界の最小単位』なんでしょ? でもわたしたちは魔力を使って元素を──例えばわたしは火を、あんたは水を、生み出してるわよね? だったら『元素は魔力から出来ている』んじゃないの? 矛盾してない?」
彼女は意外なものを見たように目を見開いた。その目には光が宿っていき、彼女は息を吸って口角を上げる。
なんかちょっと怖くて甘引きするわたしの手を掴んで、彼女はグッと身を寄せてきた。
「すごいです、流石エリザベット様! 自力でそこにお気づきになるなんて!!」
「え、ええ、どうもありがとう。わかったから、あんたはちょっと落ち着きなさい」
「失礼しました」と彼女が身を引く。
「こういうお話が出来るのが楽しくて、つい興奮してしまいました。反省です」
照れ笑いで誤魔化すメアリーに手振りで先を促す。
「おっしゃる通り、先ほどの説明には幾つかを省いた不正確な部分がありました。一つはご指摘の通り、『元素は魔力で出来ている』という点です。この世界では、魔力が『温・冷』『乾・湿』という二軸の特性を得ることで、2×2の4通りの元素になると考えられています。『温かつ乾』なものが『火』といった具合ですね」
彼女は紙に図を描く。まず大きい四角形を描き、その中に各辺のまん中に接するよう45度傾けた一回り小さい四角形を描く。大きい四角形の頂点に四大元素──上から時計回りに火・土・水・風、小さい四角形の頂点に4つの特性──右上から乾・冷・湿・温、と書いた。
「これがこの世界の基本です。魔力はこの世界に現れるとき、必ずどれかの性質を得て元素に変じます。だから世界の最小単位としては魔力は考えられないわけです。ちょうど原子と電子・陽子・中性子の関係だと思ってください」
わたしたち魔法使いには魔力という概念があるが、現実に魔法を行使するときは火だとか水だとか魔法使い自身の属性に応じたものになる。純粋な魔力はこの世界に現れない、だから無視する。そういう理屈らしい。
「もう一つ、先ほどは『元素の種類が魔法の属性に使われている』と言いましたが、実際はこの二つは不可分です。この世界の歴史では、魔法を通して人々は世界の有り様を考えてきました」
メアリーは先ほど書いた図をトントンと叩く。
「元素がこの四種であると断定されたのも、魔法がおおよそこの四つで分類できるとわかったからなのです」
なんとなくだけど、分かってきた。さっきの説明は、多分、わたしに分かりやすいよう前世の話をベースにしたけど、魔法が実在するこの世界においては魔法と密接に関わる形で世界が理解されてきたとそういう話なんだろう。
「それにしても、世界のすべてが魔力から出来ているとは大きく出たわね。わたし、この世界は魔法以外元の世界と同じだと思ってたんだけど、そんな根本から違うんだ」
「あー、それはどうなんでしょう?」
わたしなりに理解した内容の感想を言ったら疑問形で返された。
「今あんた、そう説明したじゃない?」
「そうなのですが……これまでのお話はあくまで、『現時点で正しいと信じられている説』に過ぎません。『本当にこの説が正しいのか?』は、別問題なのです」
「それを言い出したら、もう何も言えないんじゃないの? 世界の正しい有り様なんて、それこそ『神のみぞ知る』でしょ」
『神のみぞ知る』、誰も知らないという意味の慣用句だけど、この世界には神様が実在している。もしかしたら、全てを見ているとされるこの世界の神、恋愛脳のレアノ様ならその答えも知っているのかな?
「疑い始めたらきりがない、おっしゃる通りです。 ですが、元の世界で築かれた理論の方が正しいかもしれない、くらいは考えてもいいと思うのです。最初の問題にしましても、本当は『土の元素の性質』なんかじゃなくて、この世界でも“重力”でりんごは落ちるのかもしれません」
「だったら、そう答えてバツにされるのも癪ね」
「仕方ありません。エリザベット様は“重力”を証明出来ますか?」
えっと、どうやるんだっけ? 確か……
「惑星の軌道を元に計算するか、ねじり天秤作る……とか?」
「え?」
メアリーは鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた。
今日はこいつの驚き顔がよく見られる日ね。気分がいいわ。
「何よその顔。あんたが聞いたから答えたのよ? あ、どうせわたしには分からないと高をくくってたんでしょう」
自分がちょうっと勉強できるからって人を馬鹿にして。
「違います! あ、いえ、確かに『本当はあっていても正しいと示せないなら仕方ないですよね』という流れで話を進めようとは思っていましたが、それはエリザベット様を侮っていたわけではなく、『重力の証明』なんてそんな方法私も知らなかったからです! 惑星から分かるんですか? ねじり天秤ってなんですか?」
「いや、わたしも具体的な機構とか計算までは……」
ケプラーさんとかキャベンディッシュさんに聞いてこないと、ちょっとよく分からない。
「あ、でもこの世界にも天文学者は居るんだから、よさげな人のパトロンになってケプラーの法則教えたら証明してくれるんじゃないかしら?」
「……本当におやりになるのですか?」
彼女の表情は暗に「やめとけ」と言っていた。
テストの数点のために社会を揺るがす発見を持ち込むのは自分でもどうかと思うし、偉大な先人が築いたものを結果だけ掠め取るようで気分も悪い。
「やめとく。ま、歴史に名でも刻みたくなったらまた検討するわ」
ほっと自分の胸を撫で下ろすメアリー。というか、わたし割と冗談のつもりで言ってたんだけど、こいつマジでわたしならやりかねないと思ってたな?
「そ、それにしても、エリザベット様はよくそのようなことをご存じでしたね……? もしかして前世ではインテリでいらっしゃった?」
眉間にしわが寄るわたしの機嫌を取るようにメアリーが言った。
「まあ、理系ではあったんでしょうね」
「あ、僕は文系でした」
男で文系はちょっと珍しい。わたしも女で理系だから人のことは言えないか。こういう意識はポリコレ的にまずいかもしれない。中世風のこの世界に男女平等なんて殊勝な概念はないけれども。
「前世の記憶はおぼろげなんだけれど、苦労しただけあって大学受験のことは結構よく思い出せるわ。どうも学部2年で死んだっぽいから、受験の記憶は比較的新しいし」
「苦労されたということは、前世のエリザベット様は、やっぱりいい大学に入られていたのでしょうかね……」
彼女は眉尻を下げた力ない視線でわたしのことを不躾に見ていた。
「『それがなんでこんな仕上がりに』と言いたげな顔ね」
メアリーは「滅相もない」とあわあわ手を振って否定しようとしたが、まあ、図星だったんでしょう。観念したように肩を落とした。
「はい……。ですが、本当に不思議です。こうしてお話していてもエリザベット様からは、なんというか、知性を感じます。なのにどうして成績は最下位近いのでしょう……?」
『Magie d’amour』において、エリザベットの1学期期末テストの成績は堂々の最下位だった。というかその後も定期テストの成績はずっとドベだ。悪役令嬢なんかになるだけあって頭が悪い。
今のわたしは前世の知識分ゲームより多少マシかもしれないが、大差はないだろう。
なんでこうなったかというと、
「あんた、わたしがいつ前世の記憶を思い出したかわかる?」
「5月の上旬ですよね? 校舎裏で倒れられたとき」
「その通りよ。確かにわたしは前世の記憶で勉強が出来そうな感じにはなったわ。でもね? 優等生のあんたには分からないでしょうけど……大抵の授業って初めの一ヶ月を聞いてないと、後から真面目に聞いてもなーんにも理解出来ないのよね……。前提がわからないから……」
「私やミリア様が最初から教えますから! これから、これから頑張っていきましょう!」
結局その晩は、「まずはここから!」と張り切って教科書を開くメアリーに遅くまで付き合わされ、魔基礎の基礎を叩きこまれたのであった……。
要約です。
・この中世風ファンタジー世界には前世(現実世界)にあった“重力”などの概念はなく、“四大元素”を使って世界が理解されています
・前世の知識をうっかり出さないためにも理科っぽいことが聞かれる教科は特によく勉強しましょう!
・ゲームでは底辺だったエリザベットの学力も、前世の記憶バフと猛勉強で改善される……かも?