第26話:難敵
ノエミリ仲良し大作戦、其の三・改!
直接「好き」と伝える!
場所は今日もノエルのラボ、勉学と研究に勤しむ秀才たちを、無能なわたしはただ見ている。
あまりにも邪魔なメアリーはもう来なければ良いのにと思うんだけど、これが三人の研究という名目になっていることと、何をしでかすか分らないノエルの性格上そうもいかない。
だからせめてノエルとミリアだけでお話出来るようメアリーを引き付けるのがわたしの役割だったんだけど、あれよあれよと言う間にノエルに取られてしまった。わたしは役立たずな女です。
そろそろ17時になる。
ここはノエルの所有する場所なので閉室時間も特にないが、それでは切りが無いし、このくらいの時間で解散するのが通例のようだ。
ミリアはまだ、彼に気持ちを伝えられていない。
「うん、今日はここまでにしようか」
「待って」
席を立とうとしたノエルをミリアが止める。
「?」
彼女はなかなか言い出せずに藤色の髪をいじっていたが、意を決して口を開く。頑張れ!
「ノエル、好き」
言ったあぁ!! 頑張った! 頑張ったわ、ミリアさん!
二人の隣に座る部外者の女も叫びだしそうな口を両手で押さえてくねくねしている。悔しいが、端から見たらわたしも似たような感じかしらね。
そして、肝心のノエルの反応はというと、さしもの彼もいきなりの告白には驚いたのか目を丸くしていた。
それからぱちくりと2,3回瞬きをすると柔和に微笑む。
「僕もミリアのことは好きだよ!」
え、両思い!?
と喜んだのもつかの間、ノエルはメアリーに振り返って続けた。
「メアリーのこともね!」
「…………」
(こんのクソボケがぁ……!)
心の中だけに留めて怒鳴らなかった自分を誉めてやりたい。
今の「好き」はそういうお友達感覚の「好き」じゃなくて男女の「好き」だったでしょうが!
ノエルは賢い。だからそのことに気付いてないはずはない。
あの野郎わざとすっとぼけやがったわね!
「え、え?」
野次馬気分だったメアリーは突然のことに事態を飲み込めていないようで、助けを求めるようにキョロキョロと首を左右させている。
頭来た、もう「ノエル様のことなんてなんとも思ってないですー」とはっきり言ってやればいいのよ。そう無言のアイコンタクトでメアリーに訴えかける。
「えっと、私は……」
しどろもどろになりながらも断ろうとする気配を見せたメアリーをノエルが遮る。
「メアリーは僕のこと、嫌い?」
捨てられた子犬のような目をしてメアリーに請う。
確信を持って言える、あいつは自分の容姿がかわいいことを分ってやっているわ。
「うぅ、ですが、その……」
「メアリー」
絆されそうになるも彼をはねのけようとしたメアリーをミリアが呼ぶ。
彼女は小さく首を横に振る。「自分のためにノエルを傷つけないで欲しい」と言うように。
「──私もノエル様のことが……ミリア様のことも、エリゼベット様のことも! 大好きです、お友達として」
「そっか! メアリーは人好きだね!」
最大限の譲歩として、八方美人な答えをメアリーは返した。ノエルが恋愛的な好きを友情的な好きにすり替えるなら、メアリーも友人として以上のことは言わないということだ。
しかし、些末なことだけれど、わたしはあんたの友達になった覚えはない。
────────────────
ここ二週間、ノエルとミリアをくっつけようといろいろ画策したが、芳しい成果は上がらなかった。直接言ってしまうという手を取ってすらダメだった。
というわけで、緊急対策会議である。
「どうしましょう、ノエルが思った以上に手強いわ」
円卓を囲む六人は揃ってうなだれる。
特にミリアはドヨンと落ち込んでいる。
「ごめんなさい。わたしの言葉が足りなくて、伝わりきらなかった」
「貴女は悪くないわ。あれはきっと確信犯よ、確信犯」
あの調子だと、友人としてではなく異性として好きだとはっきり伝えてものらりくらりと躱されただろう。
ミリアを慰めていると、隣に座るメアリーがちょんちょん突いてきた。
「エリザベット様、その使い方は誤用です」
「うっさい!」
どうでもいい指摘をするメアリーを怒鳴りつける。
まあ、しかし、
「いくらわたしでも、今回はあんたの責を問う気はないわ。とっさにしてはよく無難に乗り越えたわね」
「あ、有り難う御座います!」
誉めたのが珍しかったためか、メアリーは動揺気味に礼を言った。
「これでもダメだったか……。次はどうするか……」
セレストが呟いたのを最後に、みんな黙ってしまった。聞こえるのは「うーん」とか「むぅ」とか言ううなり声だけ。まあ、つい先日知恵は出し尽くしたのだ。新たなアイデアはそうそう出まい。
考え込む皆の衆を見て思ったことがある。
そういえば、これだけはっきりメアリーが邪魔者なのに、誰もノエルとメアリーを遠ざけようとは言い出さないのね? わたしとメアリーはゲームのノエルを知っているからそれは危ないと避けてるけど、他の人達はそんな事情知らないはずなのに。
『Magie d’amour』に味方キャラがメアリーと攻略対象の中を引き裂くような展開はなかった所為かしら?
そんな余所事を考える程度には行き詰まっていた頃、一人が手を挙げた。
意外なことに、その主はローランだった。彼女のセレストも驚いたようで、
「ローラン、打開策が思いついたのか?」
「いや、そうではないのだが」
なんだ、がっかり。でも、だったら何なのかしら?
「ノエルとミリアのことが大事なのは分っている。だが、皆──来週の定期試験は大丈夫なのか?」
定期試験。
なんだか懐かしい響きね。一瞬、前世の風景がフラッシュバックする。金属パイプに木の板をつけただけの学習机と椅子がずらっと並ぶ教室。はて、これは高校だろうか、中学だろうか。
「そんなものもあったわね……」
「あ、そのご様子では全然準備をなさっていませんね! ダメですよ! ちゃんとテストは好成績を目指しませんと!」
メアリーが小うるさい。
貴族ばかりのこの学園は、将来のパートナー探しやコネ作りという側面も大いにあるが、それでもやはり学生は学生、その本分は勉強である。よって──学習意欲がなさ過ぎてすっかり忘れていたが──定期試験も当然存在する。各学期末に1回ずつの年三回。
「いいじゃない、この学園は留年も落単もないんだから」
「それでもです! エリザベット様はカルバン王子を狙っておられますよね? でしたら身分以外にも武器はあった方が良いに決まっています! この学園の成績はそれなりに箔になると伺っていますから、頑張るべきです!」
「そう言われてもねえ……」
渋るわたしを、メアリーとは逆サイドからミリアが詰める。
「エリザベット、カルバンは有能な女性が好きなタイプ。多分」
「まあ、それはそうでしょうけど……」
あらゆる面において勉強が出来るに越したことはないのは分かっている。
分かっていてもやる気が出ないものは出ないのよ……。
「そういうあんたたちはどうなのよ? 試験勉強とかもうしてるの?」
「私はこまめに予復習していますので」
「わたしも」
この優等生どもめ……!
もっと成績が悪そうな人……セレストに視線を送る。
彼女の知力は低めに設定されていた、勉強も得意ではないだろう。
「私もあまり座学は得意ではないからな……。ミリアには悪いが、正直試験前はそちらに集中したい」
うんうん、やっぱりテストの準備なんて普段はしてないのが普通よね。
勉強苦手組にテオフィロも同調する。
「僕も二人ほど優秀じゃないから、試験勉強に不安はあるとも」
彼は続けて、良いことを思いついたと言うように手をポンと叩いた。
「そうだ! 週末はみんなで勉強会をしないかい? 僕やエリザベットが助かることはもちろん、優秀な人も復習になるだろ?」
「いいですね! やりましょう!」
テオフィロの提案にイベント好きなメアリーが食いつく。
……あれ、結局わたしも勉強させられる流れになってない?
「場所は何処にいたしましょう? いつものようにここを借りますか?」
「それもいいけど、やっぱり勉強といえば──」
「図書館」
「え!?」
あ、しまった。
ミリアの呟き、勉強会をやるなら図書館という至って普通の内容に、妙なリアクションを取ってしまった。みんなの視線が私に集まる。
「どうしたエリザベット? 図書館は嫌か?」
「あ、いや、その、まあそんな感じと言いますか……」
メアリー! ヘルプ、ヘルプ!
「えっと、エリザベット様は本が苦手ですから本に囲まれる図書館も苦手とか、そんな感じのことを以前おっしゃっていましたよね?」
「そう、そうなのよ! もう本に囲まれて勉強するとか考えるだけで目眩がするわ……」
こいつのアドリブ力は誉めてやってもいいかもしれない。よくもまあそんなにすらすらそれっぽい嘘がつけるものだわ。
「ですがエリザベット様、それはいつまでも避けられるものではありません。この機会に克服なさっては?」
「…………わかった」
悔しいが、こいつの言う通り。
あいつに会うのは不安極まりないが、卒業式まで一度も図書館に近寄らないというわけにも行かない。
はあ……。気の重い勉強と気の重い相手、二重に憂鬱だわ。
「では……今週末、明日明後日は図書館で勉強会、来週の試験まではミリアさんを応援する活動は休止ということで今日は解散で……」
────────────────
その日の夜、メアリーが一人でわたしの部屋に訪ねてきた。
「何しに来たのよ、明日は色々しんどそう今日はとっとと寝たいんだけど」
「はい、その明日のためにやらなくてはいけないことがあるので参りました」
なんのことだろう?
「黒幕のこと?」
「違います、そちらは気合いで無視していただければ問題ないはずです」
「じゃあ何?」
問うと、彼女は一冊の本を掲げた。
『魔法基礎論』と書かれた表紙。学校から支給されたものだろう、何人もの手を渡ってきたのか紙の所々に痛みが見える。
「エリザベット様、今からわたしと、ちょっとお勉強しませんか?」
え、やだ。