第25話:ノエミリ!仲良し大作戦!
ノエミリ仲良し大作戦、其の一!
メアリーは言う。
「好感度を上げるもっともシンプルな方法は贈り物だと思うのです。マジダムにおいても、現実においても」
というわけで、早速ミリアに提案してみた。
「ミリア、ノエルにプレゼントを贈ってみてはどうかしら?」
「物で……釣る?」
「少しは歯に衣着せなさいよ」
「何か嬉しいことをされたら相手に良いことを返したくなったり好感を抱いたりする、『返報性の原理』というものがあります。ちょっと俗物的ですが、これも一つの戦略ですよ?」
「……わかった、やってみる」
ミリアは少しぐずったが、メアリーの説得もあり首を縦に振った。
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後日、ノエルの研究室。
「ノエル、これ」
カラフルに個包装されたお菓子の詰まった小瓶をミリアがノエルに差し出す。
『ポッピン・キャラメル』、ノエルの好感度がよく上がるプレゼントの一つだ。
記念日でもないのにプレゼントを渡すのに照れがあるのか、ミリアはうつむきがちで、彼の顔を見れてないのは御愛嬌。
「くれるの? ありがとー!」
ノエルが両手で差し出された小瓶を丁寧に受け取る。無邪気で元気なお礼の声にミリアも顔を上げ、心なしか嬉しそうに見える。
これは、いい感じでは……!
「メアリーもこっち来て! 一緒に食べよー!」
あちゃあ、そうなるのか……。
「あ、えっと、はい……」
メアリーはぎこちない返事をしてわたしの側を離れノエルとミリアの元に行く。
好きな人へのプレゼントを恋敵と分け合う少女は、いつものように無表情であった。
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ノエミリ仲良し大作戦、其の二!
メアリーは言う。
「『単純接触効果』というものがあります」
「あ、わたしも知ってるわ、それ」
元々興味がないものでも何度も接触するうちにそれを好きになっていく、みたいな感じの現象だ。
『Magie d'amour』では大した会話をしていなくても挨拶するだけでちょっとずつ好感度が上がる仕様になっていたが、それもこの効果の再現と言えるかもしれない。
メアリーが『単純接触効果』の説明を一通りミリアにした。
「──というわけですので、ミリアさんは出来るだけ高頻度でノエル様に話しかけたり接触したりして下さい」
「わかった、頑張る」
ミリアが小さな拳をきゅっと握って決意を表す。
「やりすぎるとウザがられそうだけど、まあミリアなら大丈夫でしょ。それよりこれ、かなり長期スパンの作戦よね?」
「そうですね……。着実な効果はあると思いますが、遅効性なのは否めません」
「他の作戦と並行して、頑張る」
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ノエミリ仲良し大作戦そ、其の三!
メアリーは言う。
「エリザベット様! どうしましょうネタ切れです!」
二人きりの応接間、今や我が物顔でわたしの部屋に出入りするようになってきた平民女は、栗色の髪をかきむしってへたり込んだ。
「うっそ、早くない?」
「ゲームだと頻繁に接触して、イベント会話で正解を選んで、それでも足りなければプレゼントでダメ押し。これで好感度はまず問題なかったですからね……」
まあ、それだけやって攻略失敗しても困るものね。やることやればちゃんと結果が出るのがゲームのいいところだ。
ゲーム的な攻略が出来ないとなれば現実的な恋愛テクニックを試すことになるが、わたしもこいつもリアル恋愛に関しては無力であると前に確認済みだ。
そうなれば、
「他人に頼るしかない、か」
中庭を望む開けた部屋に頼れる同盟者たちを集めた。テーブルに磁器製のティーセットとカラフルな包み、今日のお茶請けはノエルにプレゼントしたものと同じキャラメルだ。
列席者は5人で、メアリー以外が揃っている。
「平民ごときが……」
「メアリーは既に二つ提案してくれた。十分」
「まあ、ミリアがそう言うなら……」
彼女の欠席を渋々認め、本題に入る。
「というわけで、ミリアがノエルにどうアプローチすべきか、アイデアを募ります」
と、いきなり言っても活発に意見が出るわけはない。なので、
「ではセレストさん、お願いいたします」
「え、私か……?」
名指しすることで発言を強制する。
彼女は急な指名に驚いたものの、天井を仰いで「そうだなあ……」としばし考え、言った。
「殴り合う」
蛮族の発想だった。
「セレスト、それで絆が深まるのは俺と君くらいだ」
ローランの言う通りで──もしかしてこれ惚気なんだろうか……?
「ノエルくんもミリアも武闘派じゃないからね。ああでも、二人とも頭脳派だろ? 武闘派が拳を交わすように議論を交わして仲を深めるというのは?」
テオフィロがセレストのフォローを入れつつ提案する。マメな男よね、こいつも。しかし、その提案は、
「それは、もうやっている」
「おっと、そうだった」
というわけで無意味だ。テオフィロもわたしと一緒に共同で研究するノエルとミリアを見てたでしょうに。
発言が途切れ、めいめいに紅茶やお菓子へ手を伸ばす。
当のミリアもキャラメルを摘み、包みをしげしげと眺め目で楽しんだ後、おぼつかない手つきで開封し中身を口に放り込んだ。
と、包み紙が手からこぼれ落ち、彼女の胸に乗った。
「……」
男どもの視線が紙に釣られて彼女の胸に落ち、慌てて逸らされた。
「ほぉう」
「待て、セレスト、違う」
「何が違うんだ、ローラン。私は何も言っていないが」
やいのやいの言う二人を見て何を思ったのか、ミリアが自分の胸を押し上げて呟く。
「やはり、色仕掛け」
「いや、だから違うと、テオフィロも何か言ってくれ!」
からかわれるローランを愉快そうに眺めていたテオフィロは自分に話を向けられると思案するように額をトントンと叩く。
「そうだねえ……。実際、ノエルくんにはその手のアピールは効果が薄いと思うよ?」
「どうしてよ?」
「だって彼、平気でメアリーに抱きついたりするだろ?」
してたわね、確かに。
「あの女はそれについて『流石にちょっと困ってしまいますが、いやらしい感じはしません』とか偉そうなことを言ってたわ」
「だろ? 僕には信じられないが、ノエルくんは女性へのボディータッチを気にしないのさ」
性的な意図はなく、ただ親愛を表わしている。だからノエルはボディータッチの類いにためらいがないのだ。
色仕掛けもダメなら、さて次はどうしましょうか。
「ローラン様、貴方も何か提案しなさい。みんな一つは提案をしましたよ?」
「……エリザベット様もしていないだろ?」
「わたしは司会を務めているのでノーカンです」
きっぱりと断言してローランに発言を促す。
が、しかし、彼は難しい顔で黙ってしまった。レスポンスが悪いのは会議では致命的よ?
「難しく考える必要はありません。貴方がセレストさんに何をされたら嬉しいか、率直に教えてくださればいいのです」
わたしも凝った恋愛テクをこの無愛想な男に期待はしてない。むしろ、普通の男性としての視点を求めている。
「私もそれは知りたいな」
セレストがずずいと迫る。ローランをからかうことに味を占めてませんか貴女。
「月並みだが……」
彼はますます眉間の皺を濃くしながら、なんとか言葉をひねり出す。
「『好きだ』とはっきり好意を伝えられたことはとても嬉しかった」
本当に平凡な答えね。
「なんだ、そんなことで良いのか」
セレストは拍子抜けしたような顔をして、ローランの肩に手を回してさらに密着する。
「好きだぞ、ローラン」
「ああ、俺も愛しているよセレスト」
お熱いことで。
「はいはい、いちゃつくなら他所でやってください」
バカップルにはぺっぺと手の甲を振ってやる。
とはいえ、分りやすいのはいいことだ。問題は、
「付き合ってる貴方たちはいいでしょうけど、付き合ってない相手に言うのはもう告白じゃない……」
告白を成功させるための下地を作ろうとしてるのに、告白紛いのことをさせるのは如何なものか?
よって、却下と言おうとしたが、
「大丈夫、頑張る」
ミリアは乗り気だった。
「『返報性の原理』だよね?」
先日メアリーの言ったことだ。
何かをされたら同じようなことを相手に返したくなる心理効果。
つまり、好意を伝えれば相手も自分に好意を持つはず、ならばやる価値はある、そう彼女は言いたいのだろう。
学習したことを自分の身にして実践出来る。なるほど、賢い彼女らしい。
だが、理屈はあくまで理屈。机上の空論であって実際に行動するのには勇気が要る。
「本当に大丈夫? 言えるの?」
「……」
彼女は無言でわたしの袖を摘まんだ。その指は少し震えている。
「見守っていてほしい」
あぁああ! いたいけな仕草にキュンとしてしまう。こんな子を放っておくなんてノエルは見る目がない。
叫びだしそうな心を抑えてドンと胸を張る。
「エリザベット・イジャールの名において、貴女の勇気見届けてあげるわ!」
ノエミリ仲良し大作戦、其の三・改!
直接「好き」と伝える……!