幕間1-3:・──名は体を表す
ちょっと話したいことがあってメアリーを探していると、彼女はクラスメイトらしき女子と談笑していた。
彼女はわたしに気付いたようで、話しを切り上げる。
相手にバイバイと軽く手を振って分かれ、こちらにやってきた。
そういえば、こいつがわたしたち以外の女子と話してるのはじめて見た気がする。
「あんた、友達いたのね」
「お友達、と思ってもいいのかはわかりませんが、お陰様で少しずつ女子とも話せるようになりました」
はて? お陰様と言われても心当たりがないけど。
「わたし、何かしたっけ?」
「何もしていなくても、こうしてエリザベット様やセレスト様、ミリア様と一緒にいることが増えたというだけで女子からの印象が改善されるのです」
メアリーは乙女ゲームの主人公である。よって、必然的に攻略対象──イケメンの男と絡むことが多い。
特に全員を同時攻略する形になっていたこいつは4月の間ほとんど攻略対象としか交流していなかった。同性受けは最悪ね。
それがわたしたち女性キャラと協同することで改善されたのなら、まあ結構なことである。
「ふーん、それで、さっきの子。誰なの? クラスメイト?」
「あの、私のクラスメイトということはエリザベット様のクラスメイトでもあるのですが……」
「わたし、どうも人の顔を覚えるのが苦手で」
頬に手を当ててすっとぼける。
名前を覚えるのが苦手なのは本当だ。他人に興味のないだけとも言う。
「それで、結局どうなの? 彼女はどこの何さんなのよ?」
「はい、クラスメイトです。名前は……」
メアリーは名前を言おうとして、なぜか言い淀んだ。
「まさかあんた、名前忘れたの?」
「忘れてないです! むしろ、こんなに覚えやすい名前もない、と申しますか……」
そう言って、彼女はまだ言いにくそうにもじもじキョロキョロしている。
「もう、もったいぶらないでさっさと言いなさいな」
「──クラリス・メイト様」
一拍の後、メアリーはクラスメイトの名前を告げた。
「クラリス・メイト」
「はい」
「クラスメイトのクラリス・メイト」
「はい……」
あまりにもそのまんまというか分かりやす過ぎるというか、まあ忘れにくいのは確かね。
「多分、ゲームのモブだったんでしょうね……」
「この世界、そういうところあるわよね」
登場人物の名前と、性格や立ち位置・能力などがなぜか一致している。
この現象は『Magie d’amour』に限らず、ゲームやマンガ、アニメ等の創作にはままあることだ。ただ、それにしたってこのゲームは安直な部類である。
「ちなみに、あんたがよく話す人って他にはどんなのがいるの?」
「そうですね……。よくお話しさせていただいている方々は、アイリス・ミーティ様、エーヴ・モブロワ様、ビーラ・モブレール様、シービユ・モブニー様、アデール・ベルナール様、後は……」
彼女が名前を列挙していく。特に気になったのは二から四番目に挙げた3人だ。
エーヴ・モブロワ
ビーラ・モブレール
シービユ・モブニー
これは……
「モブA、モブB、モブCは酷くない?」
「エーヴ様たちですね。考えようによってはネームドモブなだけ、名前すら設定されていないと思われる当たり障りのない名前の方たちよりも良い扱いですから……」
「そうかもしれないけれど、それでも名前がモブってのはどうもね……」
生まれながらにその他大勢であることが運命付けられているようで悲しくなる。
「それに名前の安直さなら私たちも他人のことは言えませんよ?」
メアリー・メーンが自分の胸を叩く。主人公だからメーン。
「いいじゃない、あんたは安直でも意味合いがいいんだから。可哀想なのだと……ミリアかしら」
ミリア・ローリー。家名の由来は考えるまでもない。ロリだ。
「でもミリア様、背が低くて童顔ではありますがトランジスタグラマーなのでそんなにロリ感ないですよね」
背と顔、それに口数の少ないキャラに似合わず豊満なバストをお持ちなのは彼女の大きな特徴である。しかし、元男のメアリーがそれを言うのは……
「あんた今セクハラまがいなこと言ってるの分かってる? 世が世なら訴えられてるわよ?」
メアリーはそんなつもりはなかったと言うようにあわあわと手と首を振る。そして、話を逸らすように他の名前を口にした。
「ローラン・シュバリエ様とノエル・アンファン様、お二人の苗字はフランス語ですね。それぞれ『騎士』と『子供』です。王家のアーサーはそのままアーサー王ですね」
「前から思ってたんだけど、アーサー・ペンドラゴンなんだから苗字にするならペンドラゴンの方じゃないかしら?」
「うーん、ペンドラゴンも苗字というわけではありませんから、どっちでもいいんじゃないでしょうか」
そうだっけ? まあいいや。
アーサー王はイギリスの英雄、メインは英語で、ローリーは確かイギリス系。読んでたラノベに同じ苗字のイギリス人がいた。それに対してフランス語のノエルとローラン。
「元ネタの国がめちゃくちゃじゃない」
「この世界はヨーロッパを模した地形ですが、フランスもフランク王国もありません。イギリスに至ってはブリテン島自体が存在しませんからね……。気にしても仕方ありません」
「ええー、気になる」
口を尖らせて不満を言うと、メアリーは苦笑して続ける。
「仏英以外の由来もありますよ? セレスト・リリシィ様は日本語の『凛々しい』ですし、エリザベット様も、その……」
同じ日本語由来の名前としてわたしの名前を出し掛け、その意味に気付いたメアリーが口籠る。
「言いにくそうにしなくていいわ。『意地悪』を崩して『イジャール』。良いじゃない、悪役令嬢にはピッタリの……あっ」
ふと、思いついたことがあってつい声が出てしまった。
「どうされました?」
「いえ、なんでもないの」
本当になんでもない。
ただ、あるラノベのセリフを思い出しただけだ。全く、前世の記憶はどうでもいいことばっかりよく思い出せるんだから。
いつか、良い機会があったら言ってやろう。
「イジャールの姓は悪役を任ずる」なんてね。