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第1話:わたし、エリザベット・イジャールは悪役令嬢だった

 この世界(ゲーム)の中心たる少女は、ぼろぼろに泣きながらわたしの胸に飛び込んできた。


「助けで、グスッ、くだしゃい……」


 これではあべこべだ。


 主人公(あなた)に泣かされるのは悪役令嬢(わたし)の役目でしょうに。


 意味がわからない。

 嗚咽(おえつ)を漏らして泣きじゃくる少女をなだめながら、こんなことになった発端を思い起こす。

 全てはそう、きっと、あの日。夕暮れの校舎裏からはじまったのだわ……。


─────────────────


「この身の程知らずが!」


 夕暮れの学園に甲高(かんだか)い怒声が響き渡る。

 声の主はこのわたし、高貴なるイジャール公爵家の娘エリザベット・イジャール。

 目の前で縮こまっている少女はメアリー・メーン、ここ最近のストレスの元だ。栗色の髪、中肉中背、顔立ちも取り立てて美人ではないが、ぱっちりした茶色の瞳は小動物めいていて妙に庇護欲(ひごよく)をそそる。

 野に咲く花に例えていたのは誰だったか。雑草の間違いじゃないかしら。

 彼女の本性は平民の身でありながら王侯貴族のご令息を誑かすとんでもない女だ。だからこうして身の程をわきまえるよう忠告してやっている。

 罵声を浴びせられたメアリーはおびえたように身をすくませている。後ろに侍らせている取り巻きの子たちからは、下民らしく縮こまっているようにでも見えているだろう。


 でも、違う。

 目だ。

 萎縮したような姿勢を取っていても、わたしを真っ直ぐに見るその目が彼女の内心を雄弁に物語っている。


 ──なんで平民風情が、まるで、まるで憐れむような目でわたしを見ているの……!


 ──ああ、イライラする!


 怒りに任せて声を上げようとした、そのとき。


「────?」


 なんだろう、違和感があるわ。

 不可解な感覚がわたしを止めた。

 こんなことが前にもあったような……デジャブと言うやつかしら。

 でも、感じたのは既視感じゃない、違和感だ。なら、きっと何かが違うのよ。この学園で、この夕暮れ時に、こいつとわたしで、そこまではあっているのに、何かが決定的に違う……。そんな気がするわ。


 でも、何が?


 フリーズしたわたしにメアリーも小首をかしげている。こいつやっぱり余裕あるわね。

 なめた態度は腹立つけど、違和感が気持ち悪くて怒鳴りなおす気にもなれない。


「はあ……まあいいわ、今日の所はこれくらいにしておいてあげる」


「あ、ありがとうございます……?」


 彼女は困惑気味に一礼した。困惑もするだろう、わたし自身にも理由の分からない違和感で説教を中止するのだから。

 顔を上げた彼女と目が合う。本当に、妬ましいくらい可愛らしい……。

 不覚にも彼女に見入った瞬間、


「────!?」


 急に頭が痛みだした。さっきの違和感、その正体に気づいたからだ。


「エリザベット様! 大丈夫ですか!」


 しゃがみこんだわたしを心配する声も耳に入らない。ただ考えが頭を回る。


 ──違ったのは()()だ。


 彼女を見て、正確には彼女の瞳に映るわたしの姿を見て気が付いた。わたしは確かにそのアングルで、メアリーの視点からこのシチュエーションを見たことがある。馬鹿な、ありえない。わたしがエリザベット(わたし)にいじめられた経験があるとでも?

 ああ、何か大切なことを忘れている気がする。もう少しで思い出せそうなのに頭が痛んで考えがまとまらない。

 ダメね。一旦諦めるわ。

 いつまでもここにうずくまっているわけにはいかないし、自室に戻って今日はもう寝よう。幸い立てないほどの痛みではない。心配する取り巻きの子たちに大丈夫だと伝えながら自室に向かう。

 少し歩いて、あの女もわたしを心配してくれていたことを思い出す。自分に罵声を浴びせていた女に誰よりも早く声をかけ、心配していた。

 …………ほんの少し、ほんの少しだけ罪悪感を覚えて、彼女へと振り返る。


 朱に染まった美しい校舎を背景にして、メアリーがカルバン様に慰められていた。

 幻想的な光景に美男美女が映えて、それはまるでゲームの一場面のようだった。


 ──ゲーム?


「思い出した!」


 全てを思い出したと同時、耐えきれない頭痛にわたしの意識は途絶えた。


────────────────


 気が付くとベッドの上だった。学園寮に割り当てられたわたしの部屋だ。


「目を覚まされましたか」


 事務的な口調で声をかけてきたのはわたし付きのメイドである……メイドである……メイドの……


「どうされましたか?」


「いえ、その……頭がボーっとして。悪いのだけれど、貴女、名前は……?」


 そう言うと、彼女は少し驚いた顔をして、


「サラです。サラ・メイドル。改めてお見知りおきを、エリザベット様。そして、」


 そう名告った。サラ……言われてみればそんな名前だったかも。頭を押さえて呻るわたしを見てサラが続ける。


「ご安心ください。お嬢様が私の名前を憶えていらっしゃらないのは倒れたせいではありません。おそらく元々です」


「え? そうだったかしら?」


「はい。私のことを呼ばれるときは『ねえ』『貴女』『メイド』等で、名前で呼ばれたことなぞただの一度も。侍女のことなど興味がないのだと思っていました」


 それは結構酷いことだと思うのだが、説明する彼女はあくまで淡々としていた。


「そ、そう。じゃあ改めて、よろしくね、サラ」


「はい。よろしくお願いいたします。ですが、そのような些事を気にされるとは、やはり何か異常があるのかもしれません。明日にでもお医者様をお呼びしましょう」


 なんとなくディスられている気もするが、実際今のわたしは正常とは言いがたいので否定もできない。


「そうね。でも今夜は少し一人にしてもらえる? そういう気分なの」


 わかりました、と言ってサラは従順に下がってくれた。


 今のわたしには超特級の優先順位で考えなければいけないことがある。

 最後に見た光景、遠目ではあったがあれは間違いなくゲームの一場面であった。気絶しているうちに記憶が整理されたのか、今ならはっきりと思い出せる。


 前世の記憶、なのだろう。わたしはそれを思い出した。

 それだけではない、この世界はどういうわけか前世でプレイした乙女ゲーム『Magie(マジー) d'amour(ダムール)』にそっくりなのだ。エリザベットとして生きてきた16年間の記憶とゲームの設定を照らし合わせても間違いない。人も、国も、学園も、魔法も、『Magie d'amour』そのものだ。

 わたしに記憶を思い出させた光景、夕焼けのなかで見つめ合っていた2人もゲームの登場人物だった。メアリーは癪なことに主人公で、カルバン様は攻略対象の一人だ。


 そして……部屋の鏡を見れば、そこにもやはりゲームの登場人物が映っていた。

 高圧的な金髪縦ロールに吊り上がった瞳、いじわるそうな笑みが似合う悪人面(あくにんづら)

 家柄だけが取り柄の高慢な女。平民の主人公をいじめ抜き、最後には破滅するこの女は、紛れもなくゲームに出てくる悪役令嬢そのもの。


 つまり、

 わたし、エリザベット・イジャールは悪役令嬢だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感想を失礼します。 エリザベット様の悪役令嬢ぶり、気持ちいいですね。 雑草の間違いじゃないかしらは、悪役令嬢っぽくて素敵でした! 謎の記憶が頭をよぎる展開、続きが気になります。 キャラクタ…
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