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訳だけ! 十八史略+蒙求  作者: ヘツポツ斎
01-11 戦国魏

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01-11-04 魏十 安釐王

 武侯《ぶこう》が死ぬと、子の「惠王《けいおう》」魏罃《ぎおう》が立つ。韓《かん》を襲撃したところ斉《せい》の孫臏《そんぴん》に後ろから攻撃されて龐涓《ほうけん》と太子の魏申《ぎしん》を失ったのがこのときだ。その後更に楚《そ》に敗れ、張儀《ちょうぎ》の策略によって秦《しん》に国土を奪われ、国力を落とした。そこで賢人を集めようとしたのだが、やって来た孟子《もうし》を採用することもできなかった。子の「襄王《じょうおう》」が立った時に、孟子は斉に去った。


 やがて「安釐王《あんきおう》」が立ったタイミングで、秦が趙《ちょう》を攻撃してきた。安釐王は救援として「晉鄙《しんぴ》」を派遣しようとしたのだが、秦の昭襄王《しょうじょうおう》は「趙に味方するやつから先に攻撃するぞ」と宣言。

 恐れた安釐王は晉鄙を「鄴《ぎょう》」に留めさせ、別に「新垣衍《しんがいえん》」を趙王の元に派遣する。内容は、ともに晋を帝として仰ごう、と言う者だった。

 すると、ここにいたのが魯仲連《ろちゅうれん》、斉で武威振るわずあえいでいた田単《でんたん》に発破を掛けた、あの人であった。

「秦は儀礼よりもいくつ首を上げたかこそを功績と考える国。そんな国に天下を取らせるというのであれば、私は海に身を投げて死んだ方がマシです」

 魯仲連の言葉に、新垣衍は意を改め、秦にかしづかないことを誓うのだった。

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