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訳だけ! 十八史略+蒙求  作者: ヘツポツ斎
01-09 田斉

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01-09-09 斉十 田建・君王后

 襄王《じょうおう》が死ぬと、子の「田建《でんけん》」が立った。母の「君王后《くんおうこう》」は賢い人であり、この頃圧倒的強国となっていた秦《しん》にもつつしんで仕え、また諸侯ともバランスを取った外交をなしていた。


 君王后が死ぬと、斉に仕える食客のほとんどは秦より賄賂を受け取ったスパイだらけとなっていた。田建に対し秦に参朝するよう勧めたり、また侵略に対する防備もさせないようにした。また戦国七雄のうち五国が秦に攻め立てられるのを見ても彼らを援助するようなこともなかった。

 こうして他国を滅ぼした秦王《しんおう》政《せい》、すなわち後の「始皇帝《しこうてい》」の軍が臨淄《りんし》に入る。田建は抵抗せず、降伏した。

 その後田建は「共《きょう》」にあるマツやカシワの林の中で餓死させられた。


 斉の人たちは歌う。


 松邪柏邪 住建共者客邪

  マツでも、カシワでもあるまい。

  田建を共に住まわせたのは、

  秦からの刺客を国内で

  放し飼いにしたせいである。



蒙求《もうぎゅう》:

齊后破環《せいこうはかん》 謝女解圍《しゃじょかいい》

 湣王が亡命の末殺され、襄王は名を偽ってとある家に匿って貰っていた。ら、その家の娘が襄王に惚れてオセッセセ。はい、のちの君王后です。襄王死後、秦《しん》から難解な知恵の輪が送られてきた。斉の知謀どんなもんじゃいというわけである。斉の臣下らが解けなくて呻吟していたところ君王后、ハンマーでぶっ壊した。お前は髙洋《こうよう》か。ともあれ彼女の指導があったため、彼女の健在中は秦もうかつには攻められなかったという。

 対するは東晋末の烈女、謝道韞。謝安の姪、謝玄の姉。王羲之の息子に嫁いだ。ある日夫の弟が議論でへこまされかかっている。なのでおっちら乗り込んで「義弟どの、あなたの包囲網を突破して差し上げましょう」と、あっさり相手を論破してしまった。

 強烈な知恵の輝く烈女二名。

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