06-03-03 宋一 太祖趙匡胤 3
趙普はこのようにも語った。
「殿前の帥である石守信らは、統御の才に劣ります。他の職につけるべきでしょう」
はっとなった太祖は石守信らを召し出して宴を開いた。ややあって人払いの上、言う。
「わしがここまでになれたのは、お前たちの力あってのことに他ならん。とは言え、なんのかので枕を高くして眠れておらんのも確かなのだ。そも、こんな地位になぞ誰もがつきたくないものなのだからな」
「何を仰ります、天命は陛下のもとにもたらされました。そのお心に、どうして異を唱えましょう」
「お前たちに異心なきことは承知しておる。だが、仮にお前たちの臣下が富貴を欲した末に黄袍、すなわち皇帝の衣をお前たちに着せようとしたならば、もはや逃れたくとも叶わぬこととなるのだ」
石守信らは地に伏し、泣く。
「臣らの愚昧さでは思いもよらぬことでございました。何と言う地位に陛下が就いてしまわれたのか、と悲しくてなりませぬ。ならばせめて、我らが生きる道をお示し下さりますよう」
「人生は白馬がするりと駈け抜けゆくようなもの。富貴を好むのも、結局は金銭を多く積み、自らを厚く楽しませ、子孫に貧乏な思いをさせたくない、という心のゆえに過ぎぬ。お前たちは兵権を忘れ、大藩を守り、良き館、良き田畑を構え、子孫繁栄を図り、歌童や舞女を侍らせ、酒を飲み、日々を楽しむのだ。ああ、なんとも悪からぬことではないか」
石守信らは拝謝し、言う。
「陛下は臣らをなんと深くお思い下さっておられましたか。これぞ左伝に言う死者を蘇らせ、骨に肉を戻す、のお心に他なりませぬ」
翌日、石守信らは病と称し、退職を願い出た。