01-05-03 越六 勾践
呉と戦った「越」についてだ。
越王の句踐はの闔閭に勝利するも、夫差に敗北した。このとき夫差に対しては「私を臣下に加えてください、妻は妾に差し上げます」とまで言い切っての助命嘆願をなしていた。伯嚭に賄賂を投げ込んだため命は助かったが、心は屈辱に燃えていた。
国に戻ると寝室に辛い胆を掛けておき、それを舐めては「あの恥を忘れるわけにはゆかぬ」と自身を奮い立たせた。政治は大夫の「種」に一任し、自らは参謀の「范蠡」と共に練兵の日々を送る。
二十年の後、遂に軍を興して呉に進軍、打ち破る。夫差よりの降伏申し入れについてはことごとく拒否、自殺に追い込む。こうして呉を滅ぼした。
その後、范蠡は勾践の元を去った。残された種は勾践の猜疑心を浴び、殺された。
蒙求:
句踐投醪 陸抗嘗藥
勾践は人から旨い酒を貰ったとき、自分は飲まずに川に流して配下兵に飲ませた。旨い食い物を貰えばそれを兵らに分け与えた。入手した一人分の酒や食料を数千人に分け与えれば当然味もクソもないのだが、その意気に兵らは感動し、五人力、十人力の働きをしたという。
陸抗は呉末期の名将。晋の羊祜と互角の戦いを繰り広げつつ、リスペクトし合っていた。そんな陸抗が病を得たとき、羊祜から薬が送ってこられた。周囲が毒薬なのではと疑い、恐れる中、陸抗は服用。無事回復したという。
名将の、贈り物にまつわる度量であるとかを並べ讃えた感じですね。正直勾践の振る舞いどーなのよって思うけど。




