↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
訳だけ! 十八史略+蒙求  作者: ヘツポツ斎
02-03 太祖高帝 劉邦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
141/600

02-03-15 漢一 韓信 4

 劉邦《りゅうほう》が「成皐《せいこう》」に到着したところで、再度楚(そ)軍よりの包囲を受けた。劉邦はここで黄河《こうが》を渡って北上、朝には趙《ちょう》の壁城《へきじょう》に入り、韓信から軍を奪い、更に韓信には趙の兵を編成して斉《せい》を討て、と命じた。

 一方では、酈食其を斉王「田広《でんこう》」の元に赴かせ説得、漢に降伏させる。この事態を受け、部下の「蒯徹《かいてつ》」が韓信に言う。

「韓王は将軍に斉を討てと言っておきながら、別に使者を発して斉を降伏させてしまいました。しかし、いつ我々に征伐中止の名が届きましたでしょうか? あの儒者が舌先三寸で斉を下したとなれば、将軍の数年間の功が、あの儒者に及ばぬと言うことになるのではありますまいか!」

 年が明けたところで、韓信は斉を強襲。田広《でんこう》は酈食其を釜ゆでとして殺した上で斉から逃走した。


 楚将の龍且《りゅうしょ》が斉の救援に出る。龍且は完全に韓信を侮った状態で川を挟み、対陣。韓信は夜のうちに人をやり、砂袋で上流をせき止めさせていた。そして朝早くに水量の少なくなった川を渡って攻撃、頃合いを見て偽装撤退を仕掛ける。龍且が追撃を掛けんと川に入ったところで、上流の砂袋を決壊させた。龍且軍の大半は川を渡ることが出来なくなり、その動揺を韓信がつき急襲、龍且を討ち取った。

 韓信はこの勝報を劉邦に伝え、かつ、仮の王として斉を鎮撫したい、と伝えてくる。劉邦は韓信のこの申し出に怒り、罵りの声を上げたが、張良《ちょうりょう》と陳平《ちんぺい》が両方から劉邦の足を踏みつけ、耳打ちする。すると劉邦も悟り、罵りの矛先を変えて言う。

「大丈夫たるもの、諸侯を従えたならばまことの王でしかあるまい! どうして仮などと言うのだ!」

 そう言うと、斉王位の印璽を韓信の元へもたらさせた。


 項羽《こうう》は龍且《りゅうしょ》が死んだと聞くと驚愕し、「項羽、劉邦《りゅうほう》、韓信の三人で天下を治めるのはいかがか」と提案。しかし韓信は言う。

「漢《かん》王は私を上将軍につけてくださり、あるときは自らの衣服を着せてくださり、あるときは自らの食を私に回してくださることもあった。こちらの進言はすべて聞き入れ、計略もすべて採用してくださった。ここで私が漢王に背くことこそが天の不祥。例え死すとも気持ちを改めようか」


 項羽軍に味方する勢力はいよいよ少なくなり、垓下《がいか》に追い込まれる。もはや兵も食糧も底を尽きていた。そこに韓信軍が襲撃。項羽は砦の中に逃げ込む。韓信軍はその周囲を何重にも包囲し、兵たちに楚の歌を歌わせた。絶望した項羽は脱出を試み、実際に脱出を果たすのだが、ついには自刃し、果てた。


 項羽が死ぬと韓信から軍を奪い取り、改めて韓信を楚《そ》王に、彭越《ほうえつ》を梁りょう王に任じた。そして劉邦自身は皇帝となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。