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訳だけ! 十八史略+蒙求  作者: ヘツポツ斎
01-02 夏・殷

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01-02-02 夏 少康まで

 以降の夏の王について。


 子の「けい」。賢人であり、国をよく治めた。禹としては堯や舜の故事に倣って賢明なる他者である「益《えき》」を推薦したく思っていたのだが、息子が賢人であれば息子に継がせるべきだ、と臣下より言われたのだ。ただし、後に「有扈氏ゆうこし」が反乱を起こす。この反乱を鎮めて間もなく、啓は死亡。


 子の「太康たいこう」が立つも、遊びほうけて政治を省みない。そこで臣下の「羿げい」が、太康の弟である「仲康ちゅうこう」を推挙した上で政を専断、国政を荒らす。「氏」と「氏」は羿に逆らって夏への忠節を示すが、最終的には偽の王命によって派遣された「胤侯いんこう」によって討伐された。


 そうこうしているうちに、仲康が死亡。子の「しょう」が立つには立ったが、羿により追放される。すると今度は羿の部下であった「寒浞かんさく」が羿を殺害、王を自称した。


 相の妃であった「有仍氏ゆうしし」は身重の身ではあったが何とか故郷に逃げ延び、相の息子である「少康しょうこう」を産む。成長した少康は夏の旧臣らをとりまとめ、寒浞を打倒、夏を復興させた。

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