ブサメンと独裁政権
聖ニンゲンッテイーナ王国を襲撃する前に偵察という名目で敵地を調査させて欲しいという要求に応えてくれた合衆国は護衛を一人付けるという条件で作戦の五日前に現地に送り込んでくれた。 転送魔法は魔力レーダーに感知されやすいらしく、敵地から領地に逃げる時にはいいが敵地に乗り込む時には使いづらいらしい。 わざわざ、船で何日もかけて隣国から陸路で渡ってようやく辿りついた時には偽造パスポートと同じぐらい髭が伸びていたので検問所でも何も言われなかった。
「サンシュノーさん、ここは人類の楽園ですよ! ぜひ国のご友人にも広めて移住なさって下さい、主は人類をいつでも受け入れてくださいますよ?」
「ありがとう、ちょっと観光して品物を仕入れるだけで帰るつもりだがしばらく滞在しようと思います。」
検問所の人間は張り付いた笑顔で迎え入れてくれたが俺が何も怪しくないと確信するまで何度も俺の偽名である『サンシュノー・チーズ』のパスポートをじっと見ていた。 どうやら普通の国ではないようだ、検問所を抜けると首都らしく巨大な城がそびえ立ち権威を象徴するようなデカい立像が下々を見下ろすように城の頂上に備えられている。 アレが聖ニンゲンッテイーナ王国初代国王にして国境の開祖『ボーヤヨイコダ・ニンゲンッテイーナ一世』で代々王家が国王と教祖を歴任してして今現在で五代目らしい。 検問所で貰ったパンフレットに書いてあった。
「おい、あまり不審な行動はするなよ? この国では常に誰かが何かを監視していると思った方がいい。 現地のガイドと合流するまで大人しくしていろ、お前の護衛を任されている以上私の指示に従え。」
「分かってるよ、それより腹が減ったな。 なんか食いにでも行くか?」
「現地のガイドと合流すると言っただろう、丁度集合場所が飯屋だからそこで食うといい。 全くたるんどるぞ……」
俺の護衛をしてくれる金髪の長髪で青い目をした愛想の無い女、かつて俺が向こうの世界でパーティを組んでいた勇者に仕立て上げられていたホムンクルスの量産型で一番成績がいいが問題行動や独断専行が多い問題児のアイリス2000モデル個体名『アリス』だ。 見たところ融通が利かない以外は特に作戦行動に支障は無いがまぁ、付き合っていればどこが問題なのかは分かるだろう。 俺達はガイドを待つために待ち合わせ場所である飯屋に入る。
「いらっしゃいませ、二名様ですか? お席までご案内しますね?」
「いや、後で連れも来るから三人で頼む。 席はあの奥の席でいいか?」
「はい、後で注文を伺いますので席にお掛けになってお待ちください。」
指定された奥の座席があるようなのでアリスが席を指定すると密談にうってつけそうな暗がりの座席に座る。 しばらく店内の様子を見るが客は俺達以外にもチラホラいるようで中々繁盛している。 メニューに目をやると郷土料理が結構美味しそうで目移りしてしまいそうだ、そんな事を思っていると店の中が騒がしくなってきた。
「おい、魔族のきたねぇ体毛が入ってぞ! こんなもん食えるか、店主を呼べクソ魔族!」
「すみません旦那、アッシが店主でして…… おい、俺の料理になにきたねぇ魔族の毛を入れてやがる! 奴隷商から安値で買い叩いてやったのに配膳すらまともに出来ねぇのか!」
「すみませんご主人様! 痛い、叩かないで! 私は毛なんて入れてないのに……」
「口答えするんじゃねぇ! オメェが入れてなくても人間が入れたって言ったらお前の罪になるんだよ! 魔族は愚かな劣等種族だから人間様が飼ってやらねぇと無秩序になってドッチデモエーヤンみたいに魔族と混じった貴族のいる汚い国家になるんだよ!」
「そうだ、ドッチデモエーヤンでは魔族が人間を支配して不当な搾取を行っているらしいぞ! 我々のように魔族を分からせてやらないから人間の権利が弱まってるんだ!」
「可哀そう…… 皆でドッチデモエーヤンの人間に素晴らしい教えを布教しないとドッチデモエーヤンの人間が魔族によって支配されてしまう!」
「魔族に支配されればマルカジリみたいな無法地帯になってしまう! 今こそ人による人の為の人の世界を守るんだ! ボーヤヨイコダ様の教えを全世界に広めよう!」
「そうだな、皆で人間を讃える歌を歌おう!」
「人間最高、魔族は死ね♪ 人の文化や芸術を愛し、魔族の持ってきた文化は燃やせ♪ 人間にたてつく魔族混じりも殺せ、高潔な人間の血を多種族にばらまく性癖がこじれた人間も殺せ♪ ボーヤヨイコダを信じよ、ボーヤヨイコダ以外の宗教はクソ♪ 特にドッチデモエーヤンのモルガン教は異端であり即刻排除すべき♪ 人間の中でも最も優れているのはニンゲンッテイーナの民、それ以外の民はクソ♪ いつか全世界がニンゲンッテイーナにひれ伏す日が来る、きっと来るからその時まで戦おう♪ あぁ、我らが聖ニンゲンッテイーナ王国よ、ボーヤヨイコダの統治よ永遠なれ♪」
「おや? 歌ってない人がいるね? もしかして異端者か?」
「魔族混じりか? 殺すか? 燃やすか?」
まずい事になったな、あの狂った歌は強制参加だったのか…… 殺されそうになったら逃げるか? そう思っていると今入ってきた頭巾をかぶった女がこっちへ向かってくる。
「良かった…… 皆さん、この人達はさっきこの国に入ってきた商人で私達の教えを国外に広めて貰う協力をしてくれているサンシュノー商会の方達なの。 まだこっちに来たばかりで歌も覚えてないから歌えなかっただけなの、そうよね?」
「別に私はそんなキチゲ……、んむっ!」
「そうです、私は隣の隣の国から来たサンシュノーというケチな商人でして…… 皆様の教義に感銘を受けてこの国の教えをこの国の名産品や特産品と共に広めようと思っていまして……」
「なんだ客人か、それは悪いことをしたな。 じゃあ丁重に歓迎しないとな!」
「ここの名産の海産物を使った料理を食べていきなよ、俺が奢ってやるよ。 人族の旅人には丁重にもてなしてやらないとニンゲッテイーナ人失格だからな?」
ヤバい事を言いそうなアリスの口を押えながら精一杯愛想笑いをすると誤解が解けたようで人族と同じ見た目の俺達を厚くもてなしてくれていたが、正直配膳係の女の子が店主に殴られながら料理を運んでいるのが見るに堪えられなかった。 騒ぎになってしまったので店での話し合いはそこそこに、泊まる場所に案内してもらう事になった。
「いきなりこんな事に巻きこんで悪かったね、アタイはマチルダ・サイフパクル。 現地のガイドとしてアンタの国から雇われたしがない盗賊さ。」
「私はアリス、本国では百人隊長を率いているが今はコイツの御守だ。」
「俺はチーギュウ・クッテソーだ。 ここでの調査を元に本当に首都攻撃を加えるかどうかの判断材料にしようかと思ったがそんな事は無用だったみたいだな。」
「そうさ、ここの連中…… 特に国のトップであるボーヤヨイコダは魔族を弾圧して奴隷階級にして得た莫大な財産で贅沢三昧な上に人間に対しても一部の権力者以外にも高い税金を強いて払えなければ不信心者として弾圧する守銭奴さ。 そんな統治でも政権が崩れないのはひとえに奴が洗脳魔術の天才だからさ。」
「洗脳……、そうか! だから魔術に耐性の低い人間を洗脳して操り、魔術に抵抗のある魔族との混血や魔族を弾圧する事で国を統治していたのか…… でもこの国土中に一体どんな方法で洗脳を?」
「そりゃあ、この国の広大な国土を魔方陣で囲んで結界を作って魔法の範囲を限定してからアンテナで増幅させた魔法を国中にかけているのさ。 だからこの国にいる連中はずっと洗脳されたままだし、もし他の国と戦争になれば事情を知っている将校が魔族を連れて指揮してるのさ。」
「だが、アンテナさえ壊せば洗脳は解けそうなものだがなんで誰も壊さないんだ?」
アリスが疑問に思うのも無理はない、俺もそう思ったからだ。 マチルダはため息交じりに頭を掻いて説明する。
「アンタらも見ただろうけどこの国の一番でっかくて目立つ場所にあっただろう? あのデカい像がアンテナになってて壊そうにも壊せなかったんだよ。 そうじゃなきゃアンタらが来なくても解決する問題だったんだがねぇ、まぁどうせ五日後に壊すんだろ? そうなりゃアイツらおしまいさ! 今から楽しみだね、さぁここが我らレジスタンスのアジトがあるスラム街だよ。 臭いし狭いけどアタイの故郷さ!」
案内された場所は正にスラムといった感じで魔族や魔族混じり達が押し込められているだろう区画なのが一目で分かるほど建物の作りが他とは違って簡素な構造になっているし何よりボロい。 レジスタンスのアジトらしき建物には数人の見張りがいて俺達を警戒しているのか一回呼び止める。
「待て、合言葉を言え!」
「ボーヤヨイコダ、くたばれ! アタイだよ、後ろにいるのはドッチデモエーヤンから来たお友達だよ。」
マチルダが頭巾を取ると折れたツノが現れた、褐色の肌にツノとくれば恐らく魔族混じりなのだろう。 そりゃ、この国を売り飛ばすのに戸惑わないだろうな。 アジトに案内されると大柄な牛のようなというか頭が牛の男や、半魚人など色んな種族の魔族や魔族交じりが俺達を待っていた。
「お待ちしておりました、チーギュウ様! 同じ魔族の血が流れる者としてドッチデモエーヤンが国際会議で馬鹿にされた時から連絡を取り続けて以来、ようやくこうして我々の為に来て下さったのですね! 私はレジスタンスのリーダー、ミノバン・バンデラスと申します!」
「ちょっと待って、君バンデラスと言ったか? もしかして……」
「はい、200年前に貴方の先祖ネギタマと共に旅をしていたのは私のご先祖様です! 私の家系はミノタウロスのアイドルだった先祖がライブツアーで来たここの土地が気に入って移住して以来ここで暮らしていたのですがボーヤヨイコダの圧政によって稼業だったアイドル活動も禁止されて妹達も困っているんです!」
「そうか、ソロバンの子孫か…… よく圧政に耐えてレジスタンス活動してたな、偉いぞ!」
懐かしい名前を聞いた瞬間につい目の前の大柄の青年に抱き着き、頭を撫でながら泣いてしまった。 事情の分からない人間には多分ドン引きされる光景だが身体が勝手に動いてしまった。
「見ろ、我々の活動に感動してチーギュウ様がリーダーに労いのハグをしてくださったぞ!」
「チーギュウ様、そこまで我らの事を思って頂いてくれていたなんて…… この国を開放した暁には是非チーギュウ様に統治していただきたいです! 皆も異論はないな!」
「そうだ、200年前の縁を大切になさってここまで来てくれた勇者クッテソー様になら俺達は命を捧げます! この国はもはやニンゲンッテイーナじゃない、チーギュウ州としてドッチデモエーヤン合衆国に併合してもらおう!」
どうやらハグをした事によって合衆国に新たな州を作ってしまった、まだ世継ぎも作ってないのに国生みをしてしまったんだが?
「アタイも…… チーギュウ様をお連れしてよかった…… こんなにレジスタンスがまとまったのは結成以来だよ。 この国を今後どうするかで揉めてたけどこれなら纏まりそうで安心しちまったよ、流石貴族様だよ……」
「今までただのコネブサイクだと思っていたが、ここまで人心掌握に長けているとは思わなかった。 これからはチーギュウ様の剣と盾としてこの身を捧げよう! あ、良かれと思って五日後の作戦を変更するよう司令部に伝書鳩を飛ばしておいたぞ、宣戦布告ももうじき発表があるから出たら速攻レジスタンスと一緒に王宮に攻め込みましょう!」
しまった、ツッコミ役がいないしこのままでは襲撃どころか国家転覆まで行ってしまうが勝手にやっていいのか? 爺さんと父上助けてくれ、俺は民衆の善意で舗装された大量虐殺の道を進みそうです。 一度炊きつけられた炎は勢いを増し、邪知暴虐な王を燃やすまで決して消えない紅蓮の業火となってこの国を包み込もうとしていた。
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ここから第三部になりますがここまで書けるとは思ってなかったのでとても嬉しいです。
このお話ももう少しで完結するので最後までよろしくお願い致します。